第13話 「光を愛さない悪魔②」
メフィストフェレスのプライドは相当高いらしい。
俺が名前を知らないふりをしたら、言い方こそ丁寧だが、凄まじい怒りの波動を送って来たのだ。
『ふむ……ではもっと私の名を広めないといけませんね……』
『いちいち俺に同意を求めるな、勝手にしろよ』
極めて
それが相手の警戒心も解く、悪魔特有の話術なのであろう。
更に虫も殺さぬ雰囲気の柔和な笑顔。
話術と笑顔に引き込まれ、つい心を許した人間が、いつの間にか契約を結ばされる。
知らぬうちに
そんな笑顔のメフィストフェレスが尋ねて来る。
『ふふふ、じゃあ勝手にしましょう。ところでケンさん……』
『何だ?』
『貴方が戦った悪魔の名を憶えていますか?』
こいつ、俺が倒した悪魔の名を知りたいのか……
一瞬考えた。
相手はディベートの得意な悪魔だ。
素直に答えてこのヤバイ状況に拍車がかかるのかと。
だが結局、差し障りは無いと思った。
そう判断した。
なので、ズバリ答えてやる。
もしこいつがエリゴスを知っているのなら、俺の『力』を認識してくれるだろう。
そうなればこいつの出方が変わる可能性もある。
今の状況は、実力不明なこいつと、言葉による軽いジャブの応酬というところか。
『悪魔の名か? お前が知りたいのなら教えてやる。エリゴスといった筈だ』
俺が告げれば、メフィストフェレスは小さく頷く。
『ふむ! エリゴス……その悪魔なら良く存じていますよ』
『そうか、知っているのか』
『ふ、あいつは確かそこそこの強さだったと思いますが……』
「そこそこの強さだ」とメフィストフェレスは偉そうに鼻を鳴らす。
エリゴスなど雑魚です!と言わんばかりに。
山のように高いプライドをぶつけて来た。
ならば俺も、事実を偽らずに返してやろう。
『ああ、お前の言う通り、まあまあの強さだった』
『まあまあですか……成る程』
メフィストフェレスは少し遠い目をした。
そしてぽつりと言う。
『奴が最近姿を見せないと思ったら、ケンさん、貴方に倒されていたのですね』
俺とメフィストフェレスは3mくらい離れ、暫しの間、向き合っていたが……
奴は仕方がないというように苦笑し、首を横に振った。
そして息を「ふう」と大きく吐いた。
部屋に満ちていた相手の殺気があっという間に消えて行く。
『了解です。今の話を聞いて状況が変わりました』
『状況が変わっただと?』
『そうです。残念ですが、
『また次の機会? ほう、それは何故だ』
『簡単です。誰が考えても分かります』
『簡単?』
『はい、ケン・ユウキさん、戦士型の悪魔エリゴスを容易に倒した貴方は……』
『…………』
『多分勇者レベルの人間でしょう。それもとんでもない高レベルの』
『…………』
『そんな大層な相手と今ここで派手にやらかすと間違いなく目立ちますよ』
『だろうな』
確かにここで俺とこいつがまともにぶつかれば、大騒ぎとなる。
そこいらのドラゴンを相手にしたより遥かに上の、凄まじい戦いになるだろうから。
俺が同意すると、メフィストフェレスは舌打ちをした。
何故か、嬉しそうに。
ひとさし指も横に振る。
『ちっちっち。……それはまずい。非常にまずいのです』
『まずい? 目立つとまずいのか?』
『そうですよ』
『お前の雰囲気からして、派手に目立つのはとても好きそうな感じだけどな』
『はは、言いますね、ケンさん。しかし私の存在が広く知られれば、この世界の住人へ余計なバイアスがかかる事となる。それは私の
『主? 方針?』
『はい! 私が仕える大いなる主です。怒るととても怖~い方なので……叱られるのは御免です』
『…………』
『私が推察したところ……勇者の貴方もエリクサーの件では目立ちたくないというお考えは同じようですね』
『…………』
『で、あれば今回は痛み分け。貸しという事で、ここは私が退きましょう』
『貸し? 俺が悪魔に借りだと? 冗談は勘弁してくれ』
『ははは、ジョークではありません。ズバリ図星、貴方のお望み通りの展開でしょう?』
むうう……
こいつ、流石だ。
今の状況、これまでの俺とのやりとりを完全に把握して、瞬時に判断。
スパッと方針と行動を切り替えるなんて。
さて俺はどうするか……
悪魔に借りなどは論外だ。
しかし、ここで大立ち回りを演じて、大騒動になるのは愚策。
こいつの言う通り、ごめんだ。
かと言って……
このままこいつを逃がせば、後でどんな
今回のエリクサー密輸事件の真相も完全には解明出来ないだろうし、一体どう転ぶのか分からない。
万が一、事件が発覚し、兄アウグストが裁かれ、断罪されたとして……
それに人間が絡んでいると知れたら……
アマンダの両親は大いに嘆き悲しみ、人間をますます憎むだろう。
当然、人間の俺とアマンダの結婚の許しも出ないと思う。
彼女の両親にも俺達の結婚を心から祝福して貰いたいのに。
俺はアマンダの……否!
フレッカの悲しい顔を見るのはもう二度と嫌なんだ!
孤独と寂しさを訴える泣き声を聞くのも嫌なんだ!
嬉しそうな笑顔と心から楽しそうな声しか要らないんだ!
遥か遠き別世界で経験した、あの虚しい別れのシーンを思い出し、俺は新たに決意を固めたのである。
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