第12話 「光を愛さない悪魔①」

 俺の使う転移魔法とは全く違う。

 だが、独特な移動の魔法を使ったのだろう。

 

 「バリン!」と派手な音を立て、不自然に割れた空間から現れたのは……

 謎めいた雰囲気を持つひとりの中年男だ……

 

 意外にも恰好からして渋い

 もろ魔族という感じではない。

 着ているモノも相当お洒落である。

 

 男はシックな細身の法衣ローブを着込んでいる。

 色は漆黒。

 ひと目でわかる高価そうな生地を使っている。

 ビロードっぽい生地なのか……

 なめらかで光沢がある。

 

 華美で派手な刺繍ししゅうこそないが、ファッション無知な俺から見ても、洒落たデザインの法衣なのである。

 柔らかい微笑みを浮かべた男は、法衣と同じ生地を使った大きなマントを音もなくひるがえす。

 

 顔を見やれば、細面に高い鷲鼻で人間離れした結構な異相、

 体型はすらりとしたスタイル抜群な、長身瘦躯の男である。

 

 放つ魔力波オーラからすると……

 絶対に人間ではないと思われるが……

 

 見た目は40歳前後の渋い2枚目。

 人間風の容姿だ。

 多分、魔法で擬態しているのであろう。


 間違いない。

 奴は……

 俺を認識している。

 隠れ身の魔法で姿を隠し、見えない筈の俺をじっと見つめていたからだ。


『私の名はメフィストフェレス。長い名が面倒ならばメフィストと愛称でお呼びください』


 男が名乗ると同時に、奴の口からはおぞましい瘴気らしき息が吐き出される。

 見た目と違い、これでこいつが人外であることが確定した。


 ちなみに瘴気とは地上には存在しない『冥界の大気』である。

 通常、魔族以外は瘴気が満ちた冥界では暮らせない。

 地上に住まう者の健康な肉体をあっという間に腐らせる猛毒だという。


 俺は「ヤバイ!」と思った。

 咄嗟とっさに傍らのアマンダを手で制して下がらせると……

 空間魔法で創った異次元的な異界へ臨時避難させる為に速攻で送った。

 続いて、クラウス、アウグスト、気絶したザハールも、

 同様の理由でアマンダとは別の異界へ送る。

 

 レベル99で特異体質の俺とは違い、普通の人間やアールヴは瘴気に対してひとたまりもないと思われるから。

 俺の発動した空間魔法を見たらしく、メフィストフェレスは感嘆の息を吐く。


『ほう! 貴方は空間魔法を使えるのですか? それも無詠唱でその発動の速さ、やりますねぇ、凄いですねぇ』


『…………』


 俺はメフィストフェレスの質問と感嘆には答えず、無言で、すぐ戦える姿勢をとった。

 しかしメフィストフェレスは微笑んだまま堂々としており、戦う構えさえも見せない。


『そこに居る男性の貴方、私は既に名乗りましたよ。だから貴方のお名前もお伺いしましょうか、そしていいかげん姿を見せてくれますかね?』


 「名乗れ」「姿を見せろ」と言われ、少々不安もあり迷ったが……

 俺は即座に決断した。

 

 いつも頼りになる『俺の勘』が告げていた。

 偽っても、隠れても、こいつにはすぐばれると。

 なので『隠し身』の魔法を解除した上で、本名を告げる事にする。


『俺はケン。ケン・ユウキだ』


『ふふふ、ケン・ユウキさんですか、ここいらにはない不思議な響きの名前です。東方の方ですか?』


 覚悟を決め、姿を現した俺が名乗ると……

 男――メフィストフェレスは嬉しそうに笑う。


 ならばまずは、俺も口で反撃しよう。


『おい、そのおぞましい波動、そして口から吐かれる冥界の瘴気。人間に擬態はしているが、あんたは上級悪魔だな?』


『おお、ズバリ! ビンゴの正解です。ははは、瘴気はともかく、魔力波オーラの形状で私の正体を見抜くとは……貴方は誠に素晴らしい』


 誠に素晴らしい?

 心にもない事を言うな、

 と俺は心の中で叫ぶ。


『余計な世辞は要らん』


『いえいえ、お世辞じゃないです、褒めているのですよ』


『黙れ、俺があんたの正体を魔力波で見抜いたのは以前別の悪魔と戦った事があるからだ。その時の相手とあんたはほぼ同じ波動を放っている』


 そう、俺はかつて闇の魔王と化したクーガーと戦った。

 正確には、彼女が率いた魔王軍11万と。

 当時、魔王軍の上級幹部で、彼女の『片腕』がエリゴスと名乗る悪魔だった。

 

 心の故郷ふるさとボヌール村をエリゴスの謀略で魔王軍に襲われそうになり……

 怒りが頂点に達した俺は、エリゴスの魂を身体ごと粉砕したのだ。


 メフィストフェレスは俺が過去に悪魔と戦ったと聞き、興味深そうな表情を見せる。


『ほう! ケンさんが別の悪魔と戦ったと?』


『何? ケンさんだと? お前は馴れ馴れしいな』


『ふふ、馴れ馴れしいのではありません。私は強い方が好きだし、基本的には人見知りしないタイプ、誰にでもフレンドリーなんですよ。それより結果はどうなりました?』


『言うまでもない。お前の目の前で、俺がこうして無事でいるのが答えさ』


 俺が「しれっ」と告げれば、メフィストフェレスは黙って「にいっ」と笑い、小さく頷く。

 どうでも良いけど、笑いのパターンを多く持っている奴だ。


『成る程……ちなみに普通なら私の名を聞けば悪魔だとすぐに分かる筈なのですが……どうやら貴方はご存じなかったようですね?』


『ああ、知らんな、お前の名など』

 

 俺はとっさに嘘をついた。

 そう、中二病の俺は前世でこいつの名前を聞いた事がある。

 人間の望みを叶える契約を甘い言葉で誘って結び、その報酬として、魂を奪い喰らう怖ろしい悪魔の名として……


 俺の返事を聞いたメフィストフェレスは、苦笑しながらも胸を張る。


『おお、それはとても残念です。冥界での爵位は侯爵。ふたつ名もありまして、光を愛さない者として世間に名は通っている筈なのですがね』


『いや、知らないな』


 俺が再び首を振れば、メフィストフェレスは眉間に皺を寄せた。

 いつの間にか、奴の笑顔が消えていた。

 

 唇を軽く噛み締めている。

 少し……悔しそうだ。

 

 更に「人間! お前は無礼で不快だ!」

 という強い波動が伝わって来て、悪魔メフィストフェレスは俺を睨み付けたのであった。

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