第11話 「御用達商人」

 クラウスとアウグストの『密談』を聞いていたら、とんでもない事が判明した。

 アールヴの長ソウェルへの反逆計画から始まって、ロドニア王国転覆、果ては世界征服までにスケールアップ!?


 ふるさと勇者のローカル的な範疇はんちゅうを遥かに遥かに超えている。

 本当にヤバイ話なのだが……

 どちらにしても、次にやるべき事はロドニア商人ザハール・ヴァロフを捕え、尋問し、新たな情報を得る事だ。

 ザハールが仕えるという『大いなるあるじ』の存在も気になる。


 クラウス達の話だと、ザハールがこのエルヴァスティ家別宅に現れるまで、後30分ほど時間があるらしい。

 俺はザハールについて詳しい情報を取得する為、改めて『手駒』へ聞いてみる事にする。

 会話は無論、心と心で話す『念話』である。


『おい、今良いかな? 質問だ』


『はい、ケン様! なんなりと』


『ザハール・ヴァロフとは? 知っている事を全て答えてくれ』


『はい、承知致しました。ザハール・ヴァロフ様は私の上司。我がロドニアが誇る指折りの優れた商人です』


『指折りの優れた商人?』


『はい、彼はまだ若干40歳になったばかりですが、ロドニアでナンバーワンの商人だと多くの方から言われています』


『ロドニアでナンバーワンの商人? それは大したものだ』


『はい、私はザハール様の忠実な部下として日々充実した日を過ごしております。ロドニア人として誇らしいし、光栄の極みです』


『成る程、話を続けてくれ』


『はい、ザハール様は切れ者と評価され、ロドニア国王ボリス・アレフィエフ様の信頼も厚く、先日ライバル達を押しのけて王宮御用達商人トップの指定を受け、どんどん勢いを増しております』


 ほう、若干40歳のザハールは大国ロドニアのナンバーワンの御用達商人か。

 その上、国王の大のお気に入り?

 

 そりゃ凄い。

 しかし裏ではロドニアの転覆を目論んでいるとんでもない曲者?

 でも奴がこのアールヴの国、それもエリクサーに目を付けたのは何故だ?

 

 イエーラの法律では国外持ち出し禁止の掟を破れば、アールヴだけでなく、他種族も死罪を含め容赦なく重い罰を受ける。

 それ故、これまで誰も表立ってエリクサーには手を出さなかったのに。

 ザハールめ、たいした度胸だ。


『ズバリ聞こう。ザハールがエリクサーを欲したのは何故だ?』


『はい、教えて頂いていないので詳しい事情は不明なのですが、ザハール様の金主から、とてつもない高値でエリクサーを買い上げるオファーがあったと聞きました』


『ザハールの金主? それはロドニア国王ボリスなのか?』


『いいえ、国王陛下ではありません』


『そうか……国王じゃないんだな?』


『はい! エリクサーが類い稀なお宝でもロドニア王家は非効率な無駄を嫌います。いくら何でもそこまでの高値では絶対に買い上げません』


 予想通り国王は無関係か…… 

 やはりザハールの背後に居る『大いなるあるじ』って正体不明の奴が、陰で糸を引く黒幕なのだろうか? 


『成る程。再度聞くが、エリクサーを欲する金主はロドニア国王じゃないのだな』


『はい、違います』


『しかし……コスパ無視でも躊躇ちゅうちょなく、金に糸目を付けずに買い上げるのか?』


『はい、そのようです』


『まともじゃないな、その金主……』


 アウグスト達がいう、そしてザハールが仕える『大いなる支配者』とは何者であろうか?

 凄い財力を誇っているが……


 いきなり唐突な不安がよぎった。

 まさか、その金主……

 おおいなる主とやらは、人間ではなく恐るべき人外……なのかと。


『分かった。改めて聞こう。今回のエリクサー案件に絡むザハールの金主の名前、そして正体を教えてくれ』


『ケン様、それは既に申し上げました……詳しい事は不明ですと』


 魔法を使った俺の尋問では事実を隠したり、嘘がつけないようになっている。

 他にもいろいろ聞いてみたが、残念ながら『手駒』はこれ以上情報を持っていなかった。

 こうなったら直球勝負、ターゲットのザハールへ直接聞くしかない。

 俺は心構えをして、アマンダと共にザハールを待つ事にしたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 30分あまり経って、そのザハール・ヴァロフは現れた。

 

 話を聞いて想像通り、ザハールは精悍な風貌をした中年男。

 外見を一瞥しただけで『やり手』という雰囲気をびんびん発していた。

 あと分かった事がある。

 発する魔力波オーラからして、ズバリ奴は、相当の上級魔法使いだ。

 

 さあ、こいつをどう料理するかだが……

 方法は既に考えてある。


 まずクラウスとアウグストを睡眠の魔法で眠らせる。

 そしてザハールを束縛の魔法で縛り、尋問すると決めた。

 当然ザハールには自白用の禁呪もかける。

 

 そもそも魔法をかける時にはコツがある。

 相手の気が緩んだ時にはかけやすい。

 だが、タイミングが合わないというか、

 何故かザハールの奴には隙が……ないのだ。

 

 元魔法剣士のフレッカ、この世界のアマンダもヤバイ雰囲気を感じたらしい。

 いつになく慎重な俺へ『気をつけて』とささやいてくれた。


 しかしいつまでも躊躇していても仕方がない。 

 俺は決断し、先にザハールへ魔法をかける事にした。

 一分の隙もないザハールだが、俺はレベル99。

 何とか束縛&束縛の魔法そして、術者の意のままにする『禁呪』をかける事が出来た。

 と、間を置かず、すかさずクラウス達も眠らせる。


 だがおかしい……

 何故か沈黙&束縛の魔法の効きがいつもより弱い。

 その上、自白させる禁呪魔法の『効き』も弱いのだ。

 理由は何故だか分からないが、ザハールは完全に自我を失わない。


 奴の心が、魂が、俺に服従する事に対し、必死にあらがう。


『おい! 怪しい奴らめ! 貴様たちは何者だ?』


『…………』


 魔法により見えない筈の俺とアマンダを、無言で正面から見据えるザハールの眼光は鋭く、常人のものではない。

  

 でも臆してなどいられない。

 こいつから新たな情報をえなければ先へは進めないから。

 今回の問題は絶対に解決しないのである。


『黙れ! 俺が何者でもいい。ロドニア商人ザハール・ヴァロフよ、お前の知っている事実を洗いざらい話して貰おう』


『嫌だ! 断る!』


 何!?

 嫌だ、断る! だとぉ。

 やはりおかしいぞ!

 俺の必殺の禁呪が、こいつに破られたのか?


 と、その時。

 いきなりザハールが失神した。

 

 俺が吃驚して見守っていたら、奴は完全に気絶し、糸の切れた操り人形みたいに、床へ倒れ込む。

 と、同時に部屋には禍々しい気配がたちこめた。


 俺には分かる。

 これはとんでもない……

 上級魔族の気配だ。


 と同時に気配の主は念話を使って来やがった。

 俺の心に気取った男の声が響く。


『それ以上私のしもべに、変な手出しはご遠慮願いたいものです。奴が余計な事を喋ると困るので眠らせました』


『何! しもべ?』


『ははは、ザハールは私の契約者、すなわち、しもべなのですよ。そして貴方が使った素敵な魔法、失われた禁呪とはいえど、少し効きが弱いようだ。私の使う抵抗レジストの魔法もなかなか有効のようですよ』


 え?

 何だ?

 ザハールが契約者? 

 しもべ?

 それに何故、俺が使った禁呪の事まで知っているのか!?


 「ご遠慮願いたいものです」という、やんわりとした抗議。

 続いて、独特な笑い声が響くと、いきなりそいつは現れた。


 ばきぃ~~んん!!!


 何と!

 突然、空間が凄まじい音を立て、不自然に割れる。

 

 その割れた空間から……

 独特なデザインの漆黒の法衣ローブをまとった男がひとり、忽然こつぜんと現れたのであった。

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