第10話 「密談」

 ここはエルヴァスティ家別宅の居間…… 


 先ほど俺とアマンダが座っていた肘掛付き長椅子ソファに、今度はひとりのアールヴが座っていた。

 周囲に護衛役の魔法剣士達を立たせた男性である。

 

 貫禄のある雰囲気から『彼』が経済を担当するソウェルの側近らしい。

 対面にはアマンダの実兄アウグストが腰をおろしており、少し緊張の面持ちだ。


 側近は重々しく言う。


「アウグストよ、計画は順調に進んでいる」


「はい、クラウス様」


 ふ~ん。

 ソウェルの側近はクラウスというのか……

 こいつの魂胆は何だろうか?


「エリクサーを売却して生み出されるであろう利益は予想以上の金額だ。間もなくザハール・ヴァロフ氏が来るから詰めの打合せをする』


「ヴァロフ氏が? では、いよいよですね?」


「うむ、いよいよだ。これだけの高値で買い取るからヴァロフ氏には何か思惑がありそうではあるが、彼の出してくれた好条件の提示には感謝しなくてはならぬ」


「はい。クラウス様の仰る通り、彼は良きパートナーです。エリクサーの販売だけではなく、いろいろな分野において便宜をはかり、ロドニアとの提携を約束してくれました」


「うむ、ロドニアは人間の大国。相手としては申し分ない」


「はい! 今後、我がイエーラがロドニアと末永く付き合う為に、より強固な協力体制を築き固めていかなければなりません」


 クラウスの口から出た、ロドニア商人ザハール・ヴァロフ。

 こいつが、俺が手駒にした奴の上司にあたり、今回の案件のキーマンなのだろう。


「うむ、ヴァロフ氏は大量のエリクサー買い付けを望んでいる。いくらあっても不足気味だと苦笑していた」


「ではこちらから納品した分は間違いなく全て買ってくれますね。我々的には無駄がなくて何よりです」


 エリクサーがいくらあっても足りない?

 納品分はザハールが全て買ってくれる?

 よし!

 これも『手駒』から聞いた話に一致する。

 

「ははは、だな! こちらにはウルズ様の泉がある。お陰でエリクサーはいくらでも無限に湧き出る。まさに無限増殖。アウグストよ、どんどん売って大金を稼げ。見返りもはずむ。それが泉の管理人たるお前の役割だ」


「仰る通りです」


「分かるだろう、アウグスト。この計画は単に金儲けの為だけではない。このまま石頭のソウェルに従っていては我々アールヴの未来はないのだ……滅びが口を開けて待っている」


 え?

 石頭のソウェルに従っていては未来がない?

 どういう事だ?


 ああ、そうか。

 これってもしや、商取引だけではなく、一族の長ソウェルに対して謀反を起こす密談でもあるのか。


 俺とアマンダが緊張して話を聞いていると、アウグストも同意して大きく頷く。


「ですね。クラウス様の仰る通り、今のままフェフの街にこもっていては我々に未来はない。気が付けばあらゆる面で人間のシステムに組み込まれ、我がアールヴが奴らに支配されるのは必定です」


「その通りだ。そもそもソウェルの仰る事が全てにおいて現実感に乏しい」


「ですです」


「例えば金について言えばだ。執着するなど卑しい、金など不浄なものだ……アールヴは絶対金に執着してはならぬ。貧しくとも気高くあれ、誇り高くあれなどと……何度も同じ話を聞かされてもう耳にタコが出来る」


「何度も同じ話を? ソウェルはまだお若いのに、まるでもうろくジジイですね。クラウス様の心中お察し申し上げます」


「うむ! 残念ながら人間は既に労働を金という対価に変える便利なシステムを世界中に造り上げてしまった」


「はい、悔しいですが、様々な種族がこのシステムを使って栄えております」


「うむ、今やあの卑しく醜いドヴェルグでさえ、製造した武器防具を売り払い、どんどん金に換えておる。その金を使って逆に人間どもを凌駕し、支配しようと考えているのだ」


「へぇ! 酒を飲むしか能のなかったあの馬鹿な奴らがですか?」


「おお、それにひきかえ我がアールヴは未だに無為無策だ。金を得る事さえ難儀し、方法さえ検討しようとしない」


「はい! 困ったものです」


「ふん! 綺麗すぎる理想ばかり追い続け、清貧こそが美しいといわんばかり……もうこれ以上今のソウェルにはついていけぬ」


「ええ、早くこのイエーラに革命を起こさねばなりません」


「うむ、まさに革命だな」


「出来れば無血革命を! 同族同士争う事は不毛です。保守的で堅物なソウェルにはさっさと引退して貰い、後継者は柔軟で臨機応変な革新的施策がとれるクラウス様が適任でしょう」


「ははは、私が次のソウェルか? おお、想像したら顔がほころぶぞ」


「御意! しかしソウェルがもしも頑なに引退を拒んだら……私も主殺しは嫌ですから人間のヴァロフ氏に頼み、ソウェルの力を封じて貰いましょうね」


「ああ、そうだな。ヴァロフ氏にはとても大きな力がある」


「ええ、ヴァロフ氏が仕えるという大いなるあるじの力をもってすれば、ソウェルの魔法など子供騙し、軽く一蹴出来ましょう」


「うむ、ヴァロフ氏ならロドニア王国を転覆させる事も容易たやすい。ふふふふふ」


「ですね! 上手く行けばそのどさくさに紛れ、我がイエーラにロドニアを併合出来るやもしれません」


「ああ、そうなったら素晴らしい! イエーラは突出したナンバーワンの国となる。この世界をも征服出来よう」


 え?

 ザハール・ヴァロフが仕える大いなる主?

 ロドニア王国転覆?

 イエーラが世界をも征服?

 

 おいおい!

 ザハールは『ラスボス』じゃないのか?

 奴が仕える大いなる主って……

 一体誰だ? 何者なんだ?

 

 ソウェルの大きな力を軽く封じるなんて、絶対にただ者じゃない。

 これは……かなりしんどくなりそうだ。


 それに危惧がある。

 クラウスやアウグストが考えるよう、アールヴにとってそう都合よく行くのだろうか?

 うまい話には裏があるってよくいうじゃないか?

 利用するつもりが、相手が遥かに上手で、逆に利用されてしまう可能性もある。


 ただ盗人にも三分の理という。

 

 もし彼等の主張が本当なら……

 現ソウェルの考えには俺も賛同出来ない部分がおおいにある。

 国民が貧しいままで良いとか、人間の創った金などのシステムの影響を完全に無視するとか……

 もし本当だったら、超が付く石頭過ぎる。

 

 スケールはまるで違うが、俺だってボヌール村の村長として、エモシオンを治めるオベール家の宰相として……

 いかに収入を得るか、村民や町民が豊かになり幸せに暮らせるかを日々腐心しているのにね。


 経済を無視して生き残れる国など、どの世界、どの時代でも無理だろう。

 ましてやリーダーたる者、頼る国民が大勢居るのだからしっかりしないといけない。


 う~ん……これは想像以上。

 もの凄く難度が高い案件だ。

 未知の敵は勿論、身内アウグストへの対応も含め、着地点をじっくり考えねばならない。

 傍らに居るアマンダは想像以上な、とんでもない兄の陰謀を聞き、真っ青な顔をしているし。

 

 数多の問題を解決する為、俺は持てる力を存分に尽くそうと心に決めたのであった。

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