第4話 「兄妹問答」

 プライドの超高いアールヴの魔法剣士から一方的に絡まれ……

 『戦慄』のスキルであっさり撃退した後……

 

 今度はアマンダの兄アウグスト・エルヴァスティに声をかけられた。

 だが、相変わらずアマンダは無視している。

 

 さっき、俺との結婚を、両親とも頭ごなしに反対されたからなぁ。

 この兄貴も俺の事を「クズ人間!」とダメだしチックに罵り、挙句の果てに「別れろ!」とか言っていたし。

 いまだに怒っているんだなぁ、アマンダ。

 まあ……未来の夫を、あそこまでけなされたら当たり前か。

 

「おいアマンダ、何故無視している? 返事くらいしないか?」


「…………」


「アマンダぁ!」


 妹から返事が戻らず苛つき、遂には大声で叫ぶアウグスト。

 

 暫し経ち……

 アマンダは「ようやく気が付いた」という面持ちで大きなため息を吐く。

 

 そして振り返って眉間に皺を寄せた。

 淡々と抑揚のない声で尋ねる。


「あら? どなたですか? 貴方は」


「ど、どなただぁ!? な、何を言っている?」


 アウグストはアマンダの想定外のリアクションに吃驚したらしい。


「ならば良くこの顔を見よ。私だ、お前のたったひとりの兄アウグストだ」


「たったひとりの兄アウグスト様? はて、そのような方は、私いっこうに存じませんが」


「ぞ、存じないだとぉ? ふ、ふざけているのか、アマンダぁ!」


 妹から、貴方など知らないと『拒否』され、再び叫ぶアウグストだったが……

 アマンダは冷たい視線でアウグストを見つめると、可愛らしく首を傾げた。

 目元、口元が皮肉っぽく笑っている。

 こわ!


「私が? ふざけていると仰る?」


「そ、そ、そうだ!」


「あら、ふざけているのはどちらでしょう?」


「な、何だと!」


「ん~、たった今思い出しました。アウグスト様といえば、エルヴァスティ家の御曹司ですよね?」


「そ、そうだ! そしてお前の兄だ」


「いいえ、違います。私は先ほどエルヴァスティ家を勘当された身……」


「むうう……確かにそうだが」


「はい! となれば、エルヴァスティ家とは全くの無関係。それ故アウグスト様は兄でも何でもない。一切関りがありません」


「あ、兄でも何でもない~!? 私とは一切関りがないだとぉ!」 


「はい! アマンダなどと赤の他人から気安く呼び捨てにされる筋合いはございません」


 きっぱりと言い放つアマンダ。

 さすが、客商売をやっていただけある。

 口では……否、それ以外も含めて勝てそうにない。

 

 不毛な会話に業を煮やしたのか、アウグストは唸る。


「うぬぬ……いい加減もうくだらない冗談はやめろ。私はお前に大事な話があるのだぞ」


「いいえ、冗談などではありません。それに大事な話? 他人の私には多分関係ないと思いますよ」


「いいや関係ある! あの場で仕方なくあのように言ったが、私は父上や母上とは考えが違う。お前とその人間の結婚も認めてやる。だから私の話を聞いてくれ」


「結婚を認めてやる? ふ~ん。もしかしてアウグスト様は私と何かよこしまな裏取り引きをしようとされています?」


「よ、よ、よこしまな? う、裏取り引きぃ?」


「はい! 私は変な条件をつける裏取引きをしてまで結婚を認めて貰おうと思いません。そんな事は不要ですし、どこの誰が何を言おうともケンとは結婚致します」


「ぬうう……」


「したがって、貴方様の余計な話をお聞きしようとは思いません」


 まともに話を聞かなかった両親と兄に対してよほど怒っているのだろう。

 アマンダは頑として、兄の提案を受け入れないのだ。


 アウグストは両親とは意見が違うと言っていたが……

 やはり根底には人間への蔑視はあるようだ。


 だが、このままではらちかない。

 アマンダの言う通り、アウグストの話には何か『裏』がありそうだが、とりあえず聞いてみるしかないだろう。


「ストップ、アマンダ。そろそろ許してやろうぜ」


 俺は右手を軽く挙げ、アマンダを制止する。


「冷静になってお兄さんの話を聞いてみよう」


「はい、ケンがそう言うのであれば」


「ぬぬぬ」


 いくら頼んでも言う事を聞かなかった身内の妹が人間である俺の指示を素直にあっさり受けた。

 悔しそうな表情のアウグストへ、一転にっこり笑ったアマンダはガラリと態度を変える。


「じゃあ、ここでお話ししますか、お兄様」


「くう! 駄目だ! 内密で話す大事な話だ」


「内密で話す大事な話?」


「そうだ! こんな往来の衆人環視の中では話せん」


「ではどうします? 今更エルヴァスティの家には戻れないでしょう?」


「わ、私が去年相続したエルヴァスティ家の別宅がある。お前も何度か行って知っている筈だからそこで話そう」


「分かりました」


 アマンダは大きく頷くと、俺に向かって笑顔でウインクしてみせた。

 こうして俺とアマンダは、彼女の兄アウグストの『大事な話』とやらを聞きにエルヴァスティ家の別宅へ向かったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 アウグストに案内されたエルヴァスティ家の別宅は本宅より少し離れた場所にあった。

 『本宅』よりずっと小規模だが、小洒落ていて家具も趣味の良い素敵なものが置かれていた。

 前世で読んだお洒落なファッション雑誌を彷彿とさせる光景である。

 まるでモデルルームだが、ここでアウグストは暮らしているらしい。


 このような家で暮らし、アウグストは貴族。

 彼は独身らしいが、当然ひとり暮らしではなく、使用人は居るらしい。

 但し今は姿が見えなかった。

 アウグストが『大事な話』とやらをするので人払いしたかもしれなかった。


 俺とアマンダは応接用の肘掛付き長椅子ソファを勧められ腰を下ろした。

 この肘掛付き長椅子ソファも適度にクッションが効いていてデザインのみではなく、座り心地も凄く良かった。


「それでお兄様、大事な話って何ですか?」


 まだ不機嫌の余韻が残っているのか、アマンダが無表情に近い顔つきで単刀直入に尋ねた。

 回りくどい話にしない、余分な時間をかけたくない、そんな気持ちがあからさまにあらわれていた。


 アウグストも、さすがにストレートに話をしようと感じたらしい。


「むうう……ウルズ様の泉の件だ」


「ウルズ様の泉? それって……」


 ウルズの泉……

 運命を司る古代神が造ったとして、アールヴの国イエーラでは国宝扱いされている聖地である。


 アマンダの実家エルヴァスティ家がソウェルから命じられ、代々管理人を務めて来た。

 この泉からは万能薬エリクサーが無限に湧き出る為、目を付けたヴァレンタイン王国の貴族アルドワン侯爵が泉を我が手にしようと、手下のバスチアン・ドーファンに命じ、アマンダを拉致しようとしたのだ。


 現在、実際にウルズの泉の管理をしているのはこの嫡子アウグストだと、アマンダからは聞いていた。

 

 そのウルズの泉についてどんな話があるというのだろう?


 アウグストの言う通り、ただ事ではない話らしい。

 さすがにアマンダの表情が変わる。

 彼女は俺に目くばせし、「一緒に話を聞こう」という合図を送って来たのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る