第5話 「夢と本音①」
「お兄様、ウルズ様の泉がどうしたというのです? お父様から受け継ぎ、現在は次期当主のお兄様が管理者を務めている筈」
アウグストから出た言葉は全くの想定外であったに違いない。
それまで余裕のあったアマンダの口調がはっきりと変わっていた。
大きな驚きの感情が出ている。
対してアウグストは冷静だ。
小さく頷くのみである。
「確かに事が事だ……私は悩みに悩んだが、いろいろと考え、遂に結論を出した」
「事が事? 遂に結論? だから、どういう意味なのですか?」
アウグストから大事な話があると言われ、話を聞くアマンダであったが……
ウルズの泉と、アウグストの悩みが一体どう結びつくのか分からない。
彼女の表情には戸惑いと苛立ちが現れていた。
そんな妹の反応を見て、アウグストは責めるような目付きをする。
「分からないのか? そもそも……きっかけはお前なのだぞ、アマンダ」
「え? 私がきっかけ?」
「ああ、お前が全ての原因と言っても良い」
「…………」
アールヴの聖地ウルズの泉に関して、アウグストが悩み、
何らかの『結論』を出したきっかけ、否、全ての原因がアマンダ?
それって……一体どういう事なんだろう?
心当たりがなく、首を傾げるアマンダ同様に、俺もアウグストの話が全く見えない。
う~ん。
何か、悪い予感がする。
とりあえず、アマンダと俺はアウグストの『話』をもっと詳しく聞くしかない。
アマンダが言葉を返さないと見るや、アウグストの口調はどんどん熱を帯びて来る。
「よく聞け、アマンダ。お前はな、ひいおばあさまの血を受け継ぎ、素晴らしいハーブ料理の知識と腕を持っている。将来はその才能を活かしたいと、私へ何度も言っていたよな?」
「は、はい……私はハーブ料理が大好きですから」
「ああ、お前は好きを通り越して、マニアだからな。結果、お前は自分の夢を叶えた。人間の住む都へ出て立派な店を構えた」
「はい、白鳥亭という宿屋を開店しました…………」
「うむ、お前の店・白鳥亭の評判はイエーラへも届いている。女将であるお前の作るハーブ料理の味は絶品、宿泊する部屋の内装もとても素敵でくつろげる宿だとな」
「…………」
「ふん! とても上手く行っているらしいじゃないか?」
「は、はい。順調です……」
「私は凄く羨ましい! だが何故、そんな自由がお前だけに許されたのか?」
「…………」
「それはアマンダ、お前が女だから……末っ子で家督を継ぐ立場の嫡男ではないからだ」
「お兄様……」
「片や私はどうだ? たまたま伝統あるエルヴァスティ家の嫡男に生まれたばかりにウルズ様の泉の管理者をいやいや引き継ぎ、次の跡継ぎが出来るまでその任を全うしなければならない」
そうか……
跡取り息子の兄アウグストから見て、末っ子の妹アマンダは自由気ままに行動しているように見えたのか。
傍から見れば、故国イエーラを飛び出し、夢を叶えたアマンダ。
対して自分は
でも……
妹のアマンダを妬み、責めるのは誤りだろう。
しかし、アウグストは熱く語り続けている。
「もっと聞け、アマンダ。私の人生は見えている」
「…………」
「伝統あるエルヴァスティ家を絶やすわけにはいかぬ。これは父上と母上の口癖だ。だからふたりはお前と人間の結婚に反対するのだ。良い婿を同族から欲しがっている」
「…………」
「だが、お前はまだ良い。我が儘は許されるだろう。問題は嫡男の私だ。必ず良き跡継ぎを作る為、いずれ父上と母上の命令で会った事もない女と見合いをし、儀礼的な結婚をする」
「…………」
「子供が生まれたら次代の管理者が務まる立派な跡取りに育てるよう言われるだろう。父上や私を含め代々のエルヴァスティ家当主のように」
「…………」
「下等で愚劣な人間が相手とはいえ、お前のように愛ある結婚もままならない」
「…………」
おいおい、伝統あるエルヴァスティ家を絶やすわけにはいかぬとか、
下等で愚劣な人間が結婚相手だと?
それは……ズバリ俺の事だな。
黙って聞いていれば、こいつは言いたい放題。
でもフレッカ&アマンダの為なら……じっと我慢だ。
……でも完全には割り切れない。
心を無理やり押さえつけても、もやもやしている。
単に俺だけの侮辱ならば良いが、アマンダも
せめてもの抵抗として、俺は関節を「ぽきぽき」鳴らし、さりげなく「抗議」した。
だが、アウグストの奴は自分の話に夢中で、全く気が付かない。
「私はこのままフェフの都から出る事もなく、親に決められた人生を無為に送り朽ち果てて行く……完全に行く末が見えてしまっている……つまらない人生の結末がな」
「…………」
「だが、そんな生き方は嫌だ! 実は私には大きな夢がある!」
「…………」
アウグストの大きな夢?
それが、アマンダやウルズの泉にどう関係がある?
自分の話に酔うように、拳まで振って熱弁するアウグスト。
いよいよ話が核心へ入って来たらしいが、ヤバイ気配がありありだ。
俺とアマンダは聞き耳を立てながら、「じっ」とアウグストを見つめたのであった。
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