第3話 「呼び止める者達」
アールヴ族は排他的且つ他種族を見下す傾向がある。
人間に対する家族の偏見と無理解から生じた怒りなのか、頬を僅かに紅潮させ……
俺の手を「ぎゅっ」と掴み、強引に引っ張るアマンダ。
建物の外に出れば、一面に芝生が植わった、緑鮮やかなエルヴァスティ家の庭が視界一杯に広がった……
速足で突っ切ると、アマンダは大きな正門を思い切り開け放った。
門の外は古めかしい石畳作りの表通りである。
ここは俺が初めて訪れる異国……人間の街とは全く勝手が違う。
はっきり感じるのは、人間より遥かに長いアールヴの歴史に裏打ちされた『重み』である。
アールヴの国イエーラの都フェフは、そこいらの人間の都市などより遥かに重厚さを感じさせる
イメージとしては非常に
この都が造られてから数千年経っているというから単純に比較は出来ないが、日本でいえば京都に近いだろう。
またこの都の成り立ちだが……
元々アールヴ族は北の神の眷属であった妖精の末裔であり、深い森の奥深く暮らしていた。
それが森を出たのは何故なのかといえば、ある代のソウェルが長い旅の
彼は結構な衝撃を受けたらしい。
このままでは、たかが後発の人間如きに遅れをとると思い悩んだ末、決意して指示をし、この地に自分も含め一族が住まう街を造ったという。
結果、アールヴ独自の強力な魔法文化に支えられ、街は著しい発展を遂げた。
そして、どんどん規模も大きくなり彼等の都となったのである。
しかし自然を愛するアールヴ族は、煉瓦や石で造られた緑の少ない街へ移住する事を良しとせず、いまだにふるさとの森で暮らす者も多いという……
またアールヴ族は元々排他的な事もあり、同族のみで暮らす事を望む。
この都フェフに関しても他種族の流入を簡単に許可しない。
俺の場合は特例。
嫁のアマンダに同行しているという理由も明かした上で特別に身内という名目で許可を貰い、入場する事が出来た。
その為、街はほぼアールヴ族一色で、人間を含め他種族は殆ど居ない。
故に人間である俺とアマンダのカップルは非常に目立った。
ア-ルヴと人間のカップル……アールヴ族から見れば異質の組み合わせで大いに違和感があるらしい。
街を歩く俺達へは大体が蔑むような冷たい視線を向けられ、完全に無視されるのが殆どであるのだが、人間と同じくちょっかいを出す奴がアールヴにも居たのである。
人間に善人と悪人が居るように、そしてアマンダの言う通り、どんな種族にも光と影がある。
「おい、そこの女!」
このような呼ばれ方をしたら、普通は素直に返事など出来やしない。
ただでさえ今のアマンダは機嫌が悪いのでチラ見すらしない。
代わりに俺が視線を向けると、声をかけて来たのは軍服をまとった貴族らしいアールヴの男である。
ミスリル製らしい魔法剣を腰から提げているところから、何か身分付きの戦闘職らしい。
俺の見立てではア―ルヴ族に多く見られる魔法剣士と見た。
職務はこの街の治安維持を担当する貴族かもしれない。
案の定男の次のセリフは微妙なものであった。
「無礼者め! ちゃんと返事をしてこちらを向け!」
は?
無礼者って?
こいつ何者?
「由緒あるこのフェフに薄汚い人間を連れ込んだ上、堂々と往来でいちゃつくとは許し難い。風紀の乱れと人心を惑わす事を私は職務上良しとしない」
ほう!
どうやら奴がのたまっているのは職務質問らしいが……
いちゃついている?
風紀を乱している?
人心を惑わす?
誰が?
ただ手を繋いで往来を歩いているだけの俺達へ、こいつは何を難癖つけているんだ?
一瞬呆気に取られた俺だが、考えてみればこの物言いも、異分子排除&人間蔑視というアールヴ独自の価値観から来るものだと気が付いた。
先ほどのアマンダの述べた正論……
俺も大いに納得し、同意する。
お互いの文化を認め、理解し合おうとする努力は大切だ。
しかし、さしたる理由もなく相手を貶め、排除する歪んだ文化はごめんだ。
今度はアマンダを見やれば、相変わらず彼女は男を無視、
プライドが著しく高いらしい男は「完全に無視された」と感じて、益々腹をたてたようだ。
え!?
何かヤバイ気配がする。
男の手が腰から提げたミスリル剣の
気配……奴の魔力が急激に高まっているのだ。
男は魔法剣士特有の戦い方をするつもりらしい。
魔力伝導の高いミスリル剣に属性魔法を
まあ、俺の見立てでは「俺よりレベルが遥かに低い」こいつを叩きのめすなど容易である。
だが……
こんな目立つ場所で大立ち回りを演じれば、いろいろな意味でまずい。
よし!
いつものナンパ防止と同じ作戦で行こう。
俺はお約束、『戦慄』のスキルを発動させた。
これは冥界の魔王が放つ威圧と同じ強烈な効果があり、戦わずして相手を恐怖で委縮させる便利なスキルだ。
「うわああっ!」
スキル発動の際、少し強めの『効果』を意識したので結果はバッチリだった。
俺の威圧をまともに受けた男は吃驚した猫のように悲鳴をあげ飛び上がると、一目散に逃げだし消えてしまった。
安堵して周囲を見回すと、いつの間にか人だかりが出来ていた。
遠巻きにして様子を見ていた市民のアールヴ達は呆然として、固まっている。
結構目立つ事になってしまったが、きったはったの大立ち回りを演じるより遥かにマシだ。
と、その時。
「アマンダ、待てよ」
今度は「おい!」ではなく彼女の名前で背後から呼び留める者が居た。
声からすると、やはり男だが……俺には聞き覚えがある。
俺とアマンダが振り返ると、やはりという相手だった。
呼び止めたのは俺達を追って来たらしい彼女の兄、アウグスト・エルヴァスティであったのだ。
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