第2話 「茨のプロポーズ」

「お願いします! 娘さんと、アマンダさんと結婚させてください! 必ず幸せにします!」


「馬鹿な! 下等でふしだらな人間へ大事なアマンダを嫁にやれるかっ。ウチはアールヴ族の中でも由緒ある貴族家だぞっ!」


「そうです! 夫の言う通りですわっ!」


「帰れクズ人間! そして妹と綺麗さっぱり別れろっ!」


 俺が今居るここはアールヴの国イエーラの首都フェフ。

 その貴族街区にある瀟洒しょうしゃな屋敷。

 アマンダの実家、エルヴァスティ家。

 俺に向かって叫んでいるのはアマンダの父、母、兄である。


 情け容赦ない叱責により、ぼこぼこの滅多打ち……

 問答無用のサンドバッグ状態にされている俺であったが、反撃してくれたのはアマンダである。


「ちょっと待ってください、お父様。下等でふしだらな人間へとは何ですか? ケンに対して凄く失礼です。そこまで侮蔑する具体的な理由を述べてください」


 毅然としたアマンダの態度と物言い。

 以前から怒ると怖いと感じていたが、実際目の当たりにしたら想像以上の迫力である。


「な! アマンダ、具体的な理由を述べろだと!?」


「そうです! 次にお母様へも言わせてください! お父様の言う通りって、何ですか? 貴女には主体性とか、ご自分の意見というものがないのですか?」


「まあ! アマンダぁ! こ、この子ったら親に向かって何を言うの!」


 「自分が無い」と言われ彼女の母もうろたえ気味である。


「そして! お兄様にも言わせて頂きます! 理由もなくクズと罵倒した上、ケンの話もろくに聞かないでいきなり帰れとは、貴方は寝ぼけているのか、もしくはふざけているのですか?」


「な、な、な、何だとぉ! 生意気なぁ!」


 容赦ないアマンダの物言いに兄のアウグストも慌て、大いに噛んでいる。


 3人の反応を見て、反論を聞き、アマンダは呆れたように苦笑し、深いため息をいた。


「ああ、情けない……3人とも全員頭を冷やしたらいかがですか? 少しは冷静になってくださいな」


「うう」

「んまぁ!」

「畜生!」


 娘から馬鹿にされたと思ったのであろうか……

 3人は激しく憤った。

 しかしアマンダは全く動じなかった。


「あなたがたは感情が先走って、仰った事が私とケンの結婚に反対する具体的な理由になっていません。例えば生活力とか、種族による寿命の違いとか、そのような理由だったら、まだ私も聞く耳を持ちます」


「だ、だったらアマンダ、ちゃんと話したらこいつとの結婚を考え直してくれるのか? 白紙に戻してくれるのか?」


 アマンダの話を聞き、少し落ち着いたらしい父が愛娘に尋ねたが……

 

「いいえ、考え直しません。白紙に戻すなどとんでもない! 私のケンに対する愛は絶対に変わりませんから」


 父親を鋭い視線で見つめ、アマンダはきっぱりと断言した。

 こうなると父親は愛娘ではなく、人間への憎しみを露わにする。


「くう! な、ならば言おう。お前を陥れようとした事で分かっただろう? 人間なんて皆ずるくて卑怯者なんだぞ」


「いいえ! それはアールヴ特有の誤った偏見です」


「へ、偏見だとぉ!」


「はい! 自分達アールヴ族が最も優れ、他種族は著しく劣るという勘違い及び排他的な考えから生じるくだらない偏見です」


 アマンダの言う事は俺が聞いたら正論だ。

 しかし長年、種族特有の考え方に基づいて生きて来た父親は受け入れられないらしい。


「くうう……口の減らない娘だ。やはり人間の都に行く事を許すのではなかった。余計な知恵もつけおって」


 完全に劣勢に立った父を見下ろすようにアマンダは言う。


「うふふ、後悔先に立たずって奴ですね。もしくは後の祭りとでも言いましょうか、お父様」


「ふ、ふざけるなっ!」


「ふざけてなどいません! お父様は大声を出したら私が臆して翻意するとお思いですか?」


「な!?」


「井の中の蛙大海を知らずと言います。私達アールヴは現ソウェルの鎖国政策のせいか、故国イエーラに閉じこもり、外界の事を何も知らず頭でっかちになってしまった」


「うぬぬ」


「でも私はこの街を出て、人間の都へ行き、客商売をしていろいろと学びました。人間の良さも悪さも……そしてアールヴの優れた部分だけを賞讃するだけでなく弱さ愚かさと正対する大切さも知ったのです」


「アマンダ! よ、世迷言よまいごとを抜かすな!」


「いえ! 世迷言ではありません、真実です」


「真実だと?」


「はい! 私を陥れようとしたのは確かに人間です。でも助けてくれたケンも人間なのです」


「うう……」


 厳然たる事実を突きつけられ、父親は短く唸り、終いには黙ってしまった。

 

 更にアマンダは言う。

 父親に考え直して欲しいという気持ちを込めて。


「お父様! どんな種族も皆、同じです。光があり影もある。善人、悪人、様々な者が居るのです。それを踏まえ、お互いの文化を尊重し、理解し合う努力をすべきです」


 やはり、アマンダの話は反論を許さないまっとうなものだ。

 遂に……

 追い詰められた父親は、最後の手段ともいえるセリフを発する。


「ぬうう、出ていけアマンダ! これ以上お前のくだらない話を聞いていると頭がおかしくなりそうだ」


「ええ、出て行きます」


「ああ、二度とこの家に戻って来るな、勘当だ。お前などもうエルヴァスティの者ではない」


 ここまで話がこじれると思ってなかったらしい母親が切なげに夫にすがる。


「貴方!」


「ええい、こんなバカ娘はもう放っておけ」


 突き放す父親の物言いを聞き、売り言葉に買い言葉。

 アマンダも覚悟を決めたらしい。


「はい、放っておいてくださいな。私はあなたがたが反対しようがどうしようが、ケンと結婚致しますので」


 アマンダはきっぱりそう言うと、俺の手を掴み、すたすたと部屋を出て行ってしまったのであった。

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