第40話「優しさに包まれて」

 ユウキ家は今、夕食中。

 今夜は特別メニュー。

 いつもより遥かに多い料理数。

 特別なお客さんの歓迎という意味で。


 食材は肉が村の家畜ではなく、猪、鹿、兎のジビエ系。

 魚は湖で釣ったブラウントラウト。

 野菜は現在ボヌール村で収穫出来る物全て。

 当然素材の鮮度は抜群で、料理はハーブ料理。

 加えて、焼きたての様々なパンに、村名物の蜂蜜も大きな壺でど~ん!


「う、う、美味い~~っ!!! な、な、何だぁ、これはっ!?」


 いつも我が家は俺、嫁ズ、お子様軍団。

 皆でわいわい元気な食事となるが……

 中でも、大きく目を見開き、凄い勢いでガツガツ食べている者がひとり……


 そう、レイモン様である。


 ショックというか、感動するというか、気持ちは良く分かる。

 俺も白鳥亭でアマンダさんのハーブ料理を初めて食べた時は、とんでもない衝撃を受けたものだ。


 元々レイモン様はハーブ好き。

 王都の王立植物園の庭園を自分の趣味でハーブ園にした事でも分かる。

 ハーブ料理だって、大好物なのだろう。


 だが……

 ユウキ家で今食べているハーブ料理は違う。

 今迄レイモン様が食べたいかなるハーブ料理をも、遥かに超越しているに違いない。

 何故なら、腕を振るったのはウチの嫁ズにアマンダさんを加えた世界一のハーブ料理人軍団なのだから。


 と、そこへ話しかけたのはクーガーである。

 先ほどの『やりとり』があったから、さりげなく俺が見ていれば……


「ふふ、美味そうに食べてるね。モーリスさん」


 対してモーリスことレイモン様が即座に答える。


「うん! 美味い、凄く美味いっ! こんな美味い料理は生まれて初めてだっ!」


「良かった。貴方が今食べてる兎の香草焼き、私が担当したのよ」


「え? ドラゴンママが?」


 クーガーが素晴らしい料理の腕を持つと分かって、レイモン様驚いたみたい。


 でも、レイモン様。

 余計なひと言を言っちゃった。

 折角、良い雰囲気だったのにそのあだ名は禁句ですって。


 案の定、クーガーの眉間には皺が寄り、言葉遣いもぞんざいになる。


「はぁ? モーリス、あんた、今何て言った?」


「い、いや! ク、クーガーさんが作ったのか? す、素晴らしいな」


 レイモン様、慌てて気付いて、訂正しても遅かった。

 クーガーの教育的指導がビシバシ飛ぶ。


「……あんたね、いくらお偉いさんだからといって、今日会ったばかりの女子をいきなり変なあだ名で呼ぶんじゃないよ」


「す、すまない……」


 おお、レイモン様ったら、素直に謝った。

 すると、クーガーもあっさり矛を収め、優しい笑顔を見せる。


「まあ、いいわ。……普段、仕事はめちゃ大変で、その上超忙しいだろうけど、たまにはこの村へ遊びに来なさい。ごはんくらいなら、お腹いっぱい食べさせてあげるから」


「え?」


「食事の邪魔して悪かったね。料理は他にもたくさんあるから、思う存分食べてってよ」


「…………あ、ありがとう」


 労わって貰ったレイモン様、心にぐっと来ているようだ。

 少し瞳が潤んでいるような……

 クーガーは、言葉こそ辛辣で容赦ないけど……姉御肌で心根は優しい。


「ふふ、礼なんか言わなくて良いからさ。ほら、食べて食べて」


「はいっ!」


 元気に返事をしたレイモン様は、また料理を食べ始めたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 夕食が終わった……

 今日の洗い物当番は俺。

 いつもの食事の時より断然多いけど、頑張れば楽勝!


 なんて、気合を入れて厨房へ入ったら、何とレイモン様も「手伝う」と言って、後に続いて来た。

 律儀なレイモン様は、クーガーの言い付けを守ろうとしているらしい。 

 でも多分洗い物なんかした事ないだろうし、俺が洗った食器を乾いた布で拭いて貰う事にした。


 ふたりきりになったので、まず俺は謝罪をする。

 当然、クーガーの言葉遣いや態度にである。


 しかしレイモン様は笑顔で首を振った。


「いや、私が無理を言って泊ったのだし、失礼な事もした。叱られるのは尤もだ」


「そ、そうですか?」


「ああ! それに私は男ふたり兄弟で、姉や妹が居ない。クーガーさんは年下だが……まるでしつけに厳しい姉と話をしたような気持ちになった」


 成る程……

 クーガーの容赦ない叱責も、「雨降って地固まる」ってところか。

 じゃあ、その話題は終わり。

 俺は食器を洗いながら、改めてレイモン様に聞いてみる。


 夕食前……

 レイモン様は、俺の子供達、タバサ、レオ、イーサン、シャルロットにより村を案内された。

 所詮狭い村だから、村内、畑、家畜の放牧地くらいで、案内はあっという間に終わると思ったが……

 タバサに聞いたところ……

 レイモン様はとても懐かしそうな表情をしながら、村内をじっくりゆっくり見て回ったという。

 最後は、子供達と一緒に正門横の物見やぐらに登り……

 真っ赤に沈む夕日を無言でじっと見つめていたそうだ。

 多分、亡き奥様と出会った若き日の頃を思い出されていたに違いない。


「ところでレイモン様、少しはリフレッシュ出来ましたか?」


「ああ、この村は最高さ。気持ちが休まるし、景色も素敵だ。来て良かったよ」


「そんなに喜んで頂ければこちらも嬉しいです」


「あはは……今の食事が凄すぎて、誘ってくれた君に礼を言うのをすっかり忘れていたが……」


 と、その時。


「あ~っ、やっぱり終わっていない」

「喋りながら、のんびりやってるから」

「仕方がないわね!」


 厨房に顔を見せたのは、嫁ズである。

 赤子のベルティーユの世話の為か、グレースと、まだ正式な嫁にはなっていないアマンダさんふたりの姿がない。


 リゼットが一歩前に出て、


「モーリス様、旦那様、後は皆でやっておきますから、旦那様のお部屋へ……アマンダさんがお待ちになっています」


 ああ、やっぱりウチの嫁ズは優しい。

 折角なので、お言葉に甘える事にしよう。


「ありがとう! じゃあモーリス様、行きましょう」


「了解! 皆さん、ありがとう!」


 レイモン様と俺は嫁ズに礼を言い、厨房を出たのであった。

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