第41話「望みは叶う!」

 厨房を後にした俺はレイモン様と共に自分の私室へ向かう。

 扉をノックすると、すぐ返事があり、ふたりは部屋へ入る。


 部屋に居たアマンダさんは椅子に座っていたが、ゆっくり立ち上がり、俺達へ深々と頭を下げた。


「改めまして、モーリス様。ようこそ、ボヌール村へいらっしゃいました」


 夕食の前に嫁ズとお子様軍団をひと通り紹介し、簡単な挨拶は済ませていたから、「改めまして」となる。


 初めて見た時もそうだったが……

 レイモン様、アマンダさんのあまりの美しさに見惚れていた。


 アールヴ族はエルフとも呼ばれる北の妖精の末裔である。

 人間族とは違うたおやかで透明感あふれるアマンダさんが、ボヌール村の暮らしを経て健康的な超美人と化していた。

 名物宿屋の女将として培われた落ち着いた物腰は勿論魅力だが、アマンダさんの今の物言いは完全に村民としてのものだ。


 レイモン様は大きく息を吐くと、何とかという感じで言葉を絞り出す。

 でも、やっぱり噛んでしまう。


「あ、改めまして、アマンダさん。この度は貴女に大変な迷惑をかけてしまった。本当に申し訳ない」


 レイモン様も、アマンダさんと同じく深々と頭を下げた。


 ここまで謝罪するレイモン様の気持ちは分かる。

 王都にはびこっていた悪党どものせいで、俺とアマンダさんことフレッカの運命的な再会がもう少しでぶち壊しになるところだったからだろう。


 無事に解決して良かったと思う。

 真面目なレイモン様の性格からいって、そんな事になれば、立ち直れないくらいのショックを受けていたに違いない。


「いえ、もう済んだ事です。モーリス様のお力でしっかり改善して頂ければ私は何も申しません。それに旦那様に助けて頂きましたから」


 旦那様に助けて頂きましたから……

 まだ結婚していないのに、そう呼ぶって事は、俺にも「他人行儀になるな」という事か……


「アマンダさん……で、ではせめて賠償金をお支払いします」


 レイモン様が償いと言っていたのは……お金だった。

 しかし、アマンダさん……否、アマンダは首を振った。


「要りません。その分、王都の治安向上に充ててください」


「ですが……」


「うふふ、モーリス様。この話は終わりにしましょう……それより私の旅の話をお聞きになりたいのでしょう?」


「あ、ああ! そ、そうだ! ぜひ!」


「では、お話し致します。少し長くなりますし、旦那様からお聞きになっていて殆どが重複していると思いますが、ご容赦頂きます」


 にっこり笑ったアマンダは、俺との出会い、別れ、そして異世界からこの世界に来るまでの、遥かなる旅の話を始めたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ……アマンダの話が終わった。


「うぐ、うぐおおお……」


 やはりというか、レイモン様は泣いていた。

 王国民から、冷静沈着且つクレバー、やりてな王国宰相と目されながら、誰にもいえぬ悲しみを心の奥底に沈め、政務に邁進するレイモン様。


 しかし、管理神様から、俺の人生を神託として見せられ……

 俺とクミカの運命的な再会を知り……

 永遠の別離だと諦めていた、亡き奥様との再会を果たせるかもしれないと、一縷の望みを持つ事が出来たのだ。


 そんなレイモン様の望みを、見事成し遂げたのが、体現したのが、アマンダことフレッカであった。


 俺と運命的に出会い、辛い別れをしてから……

 悲しみに耐え、課せられた自分の役目を全うし、長い長い旅路の果て、遂に俺と巡り会う事が出来たのだから。

 

 そしてアマンダの話だけではなく、亡国の王女ベアトリスの話もレイモン様の胸を強く打ったのである。


 男泣きするレイモン様の流す涙は……

 アマンダやベアトリスが味わった別離と同じ悲しみだけから来るものではない。

 亡き奥様を想い、たったひとりでもがき、孤独と絶望に陥ろうとする心を励まされた喜びから来るものだ。


 別離した愛する者に巡り会おうとしていたのは、自分だけではない。

 同じ志を持ち、長く果てしない旅をした者、している者が居ると知ったから。


 アマンダは見事に望みを叶えた。

 そしてベアトリスも俺に再び会える日を信じて、長い長い旅に出た。

 

 自分も愛する奥様に必ず巡り会うのだと、レイモン様は想いを新たにしたと思う。


 嗚咽するレイモン様に、アマンダは優しく言葉を告げる。


「モーリス様、奥様との再会、絶対に諦めないでくださいね」


「お、おお、アマンダさん、大丈夫さ! 私は貴女を見習って、何があっても諦めないぞ」


「その意気です。既に貴方様の旅は始まっています。奥様は転生されてもう近くにいらっしゃるかもしれません」


「お、おお……転生したエリーゼが近くに……」


「はい! もしくは将来、お役目を全うして旅立たれるモーリス様を、違う世界でお待ちになっていらっしゃるかもしれません」


「あ、ああ! そうかもしれない。貴女のように、私も時間と次元を越え、長い旅に出る。そしてエリーゼと運命の再会をするやもしれない」


「はい! その通りです! 望みは叶う! そう信じてください。くじけないでください。モーリス様の奥様への愛は、どこの誰にだって壊す事など出来やしませんから」


「そ、その通りだ!」


 きっぱり言い放ったレイモン様へ、アマンダは微笑む。


「でも……」


「でも?」


「今回の事件のように……モーリス様の心と身体がお疲れになったら……ぜひボヌール村にお越し下さい」


「あ……」


「先ほど、クーガーからも同じ事を言われたと思います……」


「…………」


 アマンダの言葉で……

 クミカの生まれ変わりであるクーガー、クッカ、(本当はサキもだけど)

を含め……

 ウチの嫁ズは皆、同じ気持ちなのだと、レイモン様は改めて気が付いたのだ。


「私達は大した事は出来ません。ですが……モーリス様が、旦那様、クミカさん、ベアトリス様、そして私の存在を励みとして……」


「…………」


「諦めず旅を続けようというお気持ちを少しでもお持ちになれるのであれば……微力ながらも、協力させて頂きます」


 アマンダの優しい労りを聞き……

 レイモン様の目には、またも大粒の涙があふれている。


「あ、あ、ありがとうっ! 私はまたボヌール村に来る! 必ず来るぞっ!」


 叫ぶように、礼を言ったレイモン様は……

 声を押し殺し、再び泣き始めたのであった。


※『狙われた白鳥』編は、これで終了です。

 ご愛読ありがとうございました。


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 暫く、プロット考案&執筆の為、お時間を下さいませ。

 その間、本作をじっくり読み返して頂ければ作者は大感激します。

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