第33話「やっと!」

 翌朝……

 アンジェリカことアマンダさんは、当然ながら俺達ユウキ家と共に朝食を摂った。

 彼女が我が家に来て、既に3日目。

 食事を共にする事もう5回目。

 事情を知っている嫁ズは勿論、お子様軍団とも完全に打ち解け、わいわい楽しくやっている。


 笑顔で食事風景を見守る俺の表情を見た嫁ズはピンと来たらしい。

 皆、笑顔を見せている。

 今回の案件にめどが立ったと気付いたらしい。

 

 俺自身ホッとしたせいか、いつもよりだいぶ緩んでいたか……

 まあ良い。

 アンジェリカへ報告して、安心させてやらなければ。


「ええっと、アンジェリカ、話がある。俺の部屋へ来てくれないか」


「はい!」


 打てば響くような返事。

 それも鈴を転がすような美声。

 男なら誰でもくらっと来る。


 そんなこんなで……

 ハーブティー入りのポットとカップふたつを持ち、俺は自室へアンジェリカを誘った。

 扉を閉め……内緒の話をするから、ばっちり防音の魔法をかけ、

 椅子に座って貰ったアンジェリカへ、ハーブティーを注いだカップを渡す。

 俺も同じく椅子に座り、ハーブティーをカップに注いで、にっこり笑った。


「さてアンジェリカ、いやアマンダさん。今回の事件……真相を解明し、全て片をつけましたよ」


「え? 本当ですか」


「はい! 貴女がバスチアン一味に襲われる心配はもうありません」


 俺はそう言うと……

 バスチアンが人間を支配するとんでもない魔法薬を作ろうとしていた事。

 その薬を逆に使われても、対抗出来るようアマンダさんの実家が管理する『ウルドの泉』に目を付けた事を話した。

 元々バスチアンが、アマンダさんを『自分の女』にしようとしていた所……

 彼女にとんでもない『オプション』がついていた事を知り、執拗に狙った事を告げたのである。


 アマンダさんはバスチアンが自分の実家の事まで調べ上げていた事にぞっとしたようだ。


「はぁ……そうだったのですか……私のみならず、イエーラの国宝であるウルドの泉とエリクサーを狙っていたなんて……」


 深いため息をついたアマンダさんへ、俺は更に続きを話した。

 宰相レイモン様と協力して……

 黒幕ダニエル・アルドワン侯爵とバスチアン以下200名を、近日中に北の砦へ送る処置をした事も。


 話が国家規模になったのを聞き、アマンダさんは再び驚き、大きく目をみはる。


「ケン様……」


「考え抜いた末の結論です。極悪非道なバスチアンは勿論、俺達庶民を人間扱いしないアルドワンなんかに情けをかけたくなかったが、仕方がない……」


「…………」


「そもそも北の砦は怖ろしい魔境と接し、守備隊の半分以上は戦死すると言われる過酷な場所です」


「…………」


「そこへアルドワン、バスチアン共々、王国の為に戦って貰い、犯した罪を償わせる」


「…………」


「生き残れるかは彼等の運次第……」


「…………」


「後はレイモン様が上手くやってくれます。魔法薬を作り出した錬金術師の処置が残っていますが、こちらも俺に考えがありますよ」


「ケン様に考えが?」


「はい! 怖ろしい薬を作る腕を今度は王国民の為に役立てて貰うんです」


「王国民の為に……」


「もうレイモン様に伝えて、了解は貰っていますが……」


「…………」


「アールヴの至宝エリクサーには到底及びませんけど、医療用の魔法薬をいろいろと作って貰います。それが奴の罪滅ぼしとなりますから」


「…………」


「という事で……アマンダさんは安心して帰れます」


「え?」


 意外にも驚いた反応を見せたアマンダさんは……

 何故なのか、表情が硬くなって行く……


 まあボヌール村で存分に旅行気分を味わっているから、

 「もう少しのんびりしたいのだろう」と俺は思った。


「危険はもうありませんから。いつでも王都へ戻る事が出来ます」


「私が王都へ戻る……」


「はい! ジャンが上手くやってくれたお陰で、アマンダさんは表向き、ひとりで気ままな旅に出た事になっていますから……」


「…………」


 アマンダさんは言葉を戻さない……

 表情は、どんどん硬くなっている。


「王都の北正門から堂々と、今、帰りましたって言えば、即入場OKです」


「…………」


「少し準備に時間は必要でしょうが、白鳥亭だって問題なく再開出来ますよ」


「…………」


「まあ、あと1日くらい村でのんびりしてから、戻ればいいと思います。転移魔法でささっと送りますから楽ちんです」


 俺が笑顔で言ってもアマンダさんの表情は硬いままだ。

 そして……鋭い視線を投げかけて来た。


「ケン様っ!」


 おお、視線同様、言葉も鋭い。

 普段温厚なアマンダさんにしては、信じられない言い方だ。


「な、何でしょう?」


「そんなに……私が邪魔ですか? 村に居るのが迷惑ですかっ!」


 邪魔?

 迷惑?

 そんな事、俺は全然言っていないのに……曲解するにもほどがある。


「いやいや、邪魔とか迷惑なんて! ……分かりました、アマンダさんの気が済むまでこのボヌール村に居てください」


「私の気が済むまでこの村に? ……本当ですか?」


「はい! 約束します」


「約束……絶対に破ったら駄目ですからね」


「破りません! 何なら誓いを立てても良いですよ」


 念を押され、無期限? ともいえる村の滞在を約束した俺に対し……

 アマンダさんは怖い顔から一転、いつもの優しい笑顔を見せてくれた。


 あれ?

 何なんだ、アマンダさんの、この豹変は?

 俺が変な違和感を覚えていると……


「とても……長い旅だった……」


「え? な、長い旅?」


 ぽつりと、謎めいた事を言うアマンダさん。

 呆気に取られる俺。


「やっと……」


「え? やっと?」


 ふと俺がアマンダさんの顔を見やれば……

 何と!

 彼女の目には涙がいっぱいに溜まっていた。


 そして……


「やっと! やっと巡り会えたんだよぉ!!! お兄ちゃわ~~んっ! あうううううううっ!」


 叫んだアマンダさんはすっくと立ちあがると、

 号泣しながら、俺に「ひし!」としがみついたのであった。

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