第32話「 薄氷の勝利」

 結局、アルドワンは俺の出した条件を全て呑み、北の砦に行く事を希望した。

 やはり平穏無事に暮らして死ぬ事は、彼の死生観からも到底選択出来なかったという事か……


 但し、身分や生まれの分け隔てなく守備隊の部下に接するという約束に関しては確約せず、「努力する」というコメントに留まった。

 隊員の『父』となる覚悟はまだ出来ないらしい。


 まあ契約不履行の場合、支配の魔法を掛けた上、容赦なく引退させ、修道院へ送る事も念を押しておいたからそれなりに頑張ってはくれるだろう。


 アルドワンが約束を守っているかどうかは、俺が支配魔法をかけたバスチアンと奴の部下ギャエルから随時報告させる事にした。


 こうして全ての段取りが組めたので……

 レイモン様と俺はアルドワンの夢からフェードアウトした。

 ややこしいが、今度はレイモン様の夢に戻り、確認の打合せをしなければならない。


 一瞬で!

 見渡す限りの緑濃い大草原に再び、レイモン様と俺は座っていた。

 今回の問題解決がほぼ見えて来たのに加え、アルドワン邸と違い、重苦しい雰囲気がないだけにふたりの表情はリラックスしている。


「ケン、お疲れ様。何から何までありがとう。今回は本当に助かった」


 レイモン様は俺を労わってくれ、お礼まで言ってくれた。


「お安い御用です! ……と言いたいところですが、精神的に少し疲れましたね」


「ああ、全くだ。……おじうえには人間として必要なものが大きく欠落している。私達とは全く話がかみ合わない」


 やっぱり!

 俺が感じたのと同じ事をレイモン様も感じていたんだ。


「まさか、身内のレイモン様や王様にまで、あのとんでもない魔法薬を飲ませようとしていたなんて……俺には大ショックでしたよ」


「うん……しれっと言われた時はさすがの私もこたえた」


「アルドワン侯爵が望む殺伐とした戦国の世なんて……冗談じゃないです。それに人間だけじゃない。アマンダさんとの兼ね合いで、アールヴとも戦争になるところでした」


 最初にレイモン様と話した時、事件の概要は基本伝えてある。

 バスチアンが何故、アマンダさんを狙ったのかを。

 レイモン様は吃驚したと同時に……

 アマンダさんを助け出し、大事に至らなかった事を安堵していた。


「ああ、ぞっとする。醜い欲望にまみれた争いは、激しい憎しみの連鎖を生み出す。もう少しでこの世界が地獄に陥るところだった……」


「まあ何とか、ぎりぎりで回避出来ましたから……アルドワン侯爵の方は宜しくお願いします。俺はアマンダさんをケアして白鳥亭へ戻しますから」


「分かった、ケン! 君にここまでお膳立てして貰えれば、大丈夫だ。兄上は……とても寂しがるだろうが……全てが丸く収まる」


 レイモン様の仰る通り、リシャール王は父親代わりのアルドワンとの別離を悲しむに違いない。

 だが王の夢は壊されない……

 北の砦に赴き、『勇ましい騎士』として戦いの中で死ぬのだ。

 アルドワンが実の父と同じくらい、理想の『父』であったと、一生良き思い出を持ち続けられるのは幸せだろう。


「だけど……これからはレイモン様が騎士を含めた王国軍も束ねられるのですね……一層大変になるでしょうが、俺からは頑張ってくださいとしか言えません」


「ははは、本音は……オベール騎士爵から君を譲って貰い、王都に迎え、宰相補佐に据えたいんだがな」


 うわ!

 いきなり直球が来た。

 それもレイモン様の眼差しは真剣だ。


「勘弁してください」


「ふふ、冗談さ。半分くらいは本気だがね……まあ、これからは信頼出来る部下をたくさん育て、しっかりフォローして貰うよ」


「それが賢明です。国中探せば、良い補佐役がきっと居ますよ」


「うむ、人材の発掘と育成にも力を入れるよ。これからのヴァレンタインを支える良き人間を育てたいね」


「そう仰って頂くとホッとします。ただでさえ激務なのに、更に仕事が増えて、レイモン様のお身体が心配ですから」


「ありがとう! 嬉しいよ」


 レイモン様のお礼を聞きながら、俺はひとつひらめいた。


「ああ、そうだ。相変わらずお忙しくて、中々休みが取れないでしょうが、もし1日でものんびり出来る日があれば、一度ウチの村に来てリフレッシュしてください。」


「え? ボヌール村に?」


「はい、作戦はこうです」


 俺はジャンを使った身代わり作戦を提案した。

 当然交通手段は転移魔法だ。


 レイモン様の偽物を仕立てる……

 普通に考えたら、とんでもない陰謀かもしれないが……

 最早親友ともいえるレイモン様と俺の仲。

 それに超多忙なレイモン様はこうでもしないと休めない。


「おお! ぜひ前向きに考えさせて貰うよ」


 大きな楽しみが出来た! とばかりにレイモン様は晴れやかに笑い、ボヌール村訪問を快諾されたのであった。

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