第34話「終着点①」

 お、お兄ちゃわん!?

 俺をその愛称で呼ぶのは、世界中でたったひとりしか居ない。

 さすがの俺も動揺し、大いに噛んでしまう。


「ア、ア、アマンダさんっ! お兄ちゃわんって!? あ、貴女、まさか!?」


 声が上ずる俺の問いかけに対し、アマンダさんは即座に返事を戻して来る。

 泣き腫らして、真っ赤になった目で、まっすぐに俺を見つめ、はっきりと言い放ったのだ。


「そうだよっ! フレッカだよっ! お兄ちゃわんのフレッカだよっ!」


 ああ、間違いない。

 何故なのか、全く分からないが、アマンダさんはフレッカなのだ。

 多分、転生したのだろう。


 フレッカは……フレデリカ・エイルトヴァーラの愛称だ。

 フレデリカ・エイルトヴァーラは、アールヴの女神ケルトゥリ様に導かれ、夢を経由して未知の異世界へ行った俺が出会ったアールヴの美少女。

 アールヴの長ソウェルを継ぐ為、俺を『勇者』として召喚した魔法剣士である。


 そして大好きだった亡き兄に俺を重ねたフレデリカ=フレッカは……

 身も心も俺にゆだねた。

 すぐにふたりは激しい恋に落ちた……

 しかし俺はいつもでもフレデリカとは一緒に居られなかった。

 師匠として、教えるべき事を全て伝えた俺はケルトゥリ様の黄金剣を託し、フレデリカの住む世界を去ったのだ。

 ※金の女神と銀の女神編第1話~13話参照。


「ああ、フレッカ……お前、どうしてっ!」


「転生して、この世界にアマンダ・エルヴァスティとして生まれて来たの」


「おお、おおお……」


 フレッカの答えを聞いて、

 やはり!

 と思っても、俺はろくに声が出ない。


 まさか……アマンダさんが、フレッカの生まれ変わりだなんて……

 全然思いもよらなかったから。


 だけどどうして?

 アマンダさんと出会ってから、もう数年が経っている。

 白鳥亭の宿泊客として、初めて会った時に、そんな素振りは一切なかった。

 アマンダさんとフレッカのキャラが違いすぎるし……


 そんな俺の気持ちを見透かしたのか、フレッカは……


「お兄ちゃわん……貴方と初めて会った時、フレッカの記憶は完全に封印されていたのよ」


「封印……」


 封印?

 ああ、そうか……

 自分が転生者である事。

 前世はどんな者だったか、全く記憶がなかったんだ。


「だけど……幽霊のベアトリス様と出会ってから……私は不思議な気持ちになった」


「不思議な気持ち……」


「ええ、予感と言って良いかもしれない。アマンダとして生まれた私は、この世界のどこかに愛する人が待っている。けして忘れてはいけない大切な想いを持っているって……」


「…………」


「だけど私の愛する人とはどこの誰なのか……全く分からなかった。フレッカの記憶が失われていたから」


「…………」


「でもベアトリス様との邂逅は……曾祖母の懐かしい記憶を改めて甦らせてくれた」


「…………」


 そう……

 ベアトリスは自分の存在が世界から忘れられていないと、アマンダさんの曾祖母さんの話を聞いて、勇気づけられた。


「同時に、私の中にはもっと大事な記憶があると、固く閉ざされた心の扉がノックされた」


「…………」


 ベアトリスとの出会い……

 邂逅が、フレッカの記憶を呼び覚ますきっかけになったのか……


「その後……幽霊、つまり魂の残滓だったベアトリス様は消滅する前に遠い世界へ……遥かなる天界へと旅立たれた……そうお兄ちゃわんから聞いて、彼女にとても強いシンパシーを感じたわ」


「…………」


「何故なら、私も死んでから、気が遠くなるような長い長い旅をして来たから……フレッカの記憶が戻らずとも、ベアトリス様と同じ境遇だって共感したに違いないわ」


「…………」


「私は……膨大な時間をかけて、いくつもの次元を越えて……お兄ちゃわんの居るこの世界まで旅をして来た」


「…………」


 フレッカは遠い目をして、記憶を手繰っている。

 遥か遠く離れた未知の世界に居る俺に会う為に……この子は……

 何の手がかりもないのに、俺に会えると信じて……

 この子はやはり健気だ。

 そして一途な子なんだ。


「聞いて! ……お兄ちゃわんがあの世界を去ってから……すぐケルトゥリ様の神託があったわ」


「…………」


「フレデリカ・エイルトヴァーラよ、お前の真摯な想いが……ケンへの愛が本物なら……いつか必ず会えるだろうって」


「…………」


「神託を聞いた私は飛び上がって喜んだわ! ケルトゥリ様のお墨付きを貰ったんだから、絶対にお兄ちゃわんに会えるって」


「…………」


 ああ、容易に想像出来る。

 想いを後押ししてくれる神託を授かり、歓喜に満ち溢れるフレッカの姿を。


 笑顔で話すフレッカを見て、俺は瞼の奥が熱くなった。

 握っていた拳も、更にぎゅっと強く力を入れたのである。

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