第30話「老騎士の本音②」

「バスチアンの作った魔法薬についてはすぐぬか喜びせず、その後入念に実験を重ねた」


「…………」


 アルドワンは臆面もなく「さらり」と言ったが……

 バスチアンに行わせたのは、危険な人体実験だ。

「副作用が出た」という話は聞いていないから、まさに奇跡だったと言って良い。


 アルドワンにしろ、バスチアンにしろ、人間の命を何だと思っているんだ。


 レイモン様も俺と同じ気持ちらしく、不快そうに、顔をしかめていた。


 しかしアルドワンは嬉しそうに話し続けている。


「報告によれば……老若男女問わず100人で試した結果、素晴らしい効能だと分かった」


「…………」


「手応えを感じた儂はバスチアンに命じ、魔法薬を大量に作らせる事を命じ、ある計画を立てた」


「…………」


 ある計画……

 いよいよ話が核心へ入って行く。


「ある計画とはな……」


「…………」


「最終的にヴァレンタイン王国の要人、そして我が忠実なる騎士達へ魔法薬を投与する事だ」


「…………」


 うわ!

 アルドワンの奴、さっきの薬の話同様、呆気なく「しれっ」と言いやがった。

 

 でもまあ、ほぼ俺の予想通りだ。

 

 反対する奴さえ居なければ、アルドワンは自分の思い通りに、ヴァレンタイン王国を仕切る事が出来るから。

 いわば実質的なヴァレンタイン王国の『乗っ取り』

 さっきの『反乱』どころではない。


 と、ここでレイモン様が、アルドワンへ尋ねる。 


「ふう……おじうえ、何となく予想はしていましたが……実際に貴方の口から聞きたくはなかった。魔法薬を投与される者の中には私や兄上も含まれているのですね?」


 「何とか否定して欲しい」そんなレイモン様の、せつない心の波動が伝わって来る。


 しかし!

 アルドワンは即座に肯定する。


「……無論だ」


「おじうえ!」

 

 珍しく、レイモン様が声を荒げた。


 自分も兄と共に、魔法薬を投与される予定だったと聞き……

 レイモン様は相当なショックを受けたらしい。


 しかしアルドワンは平然と言い放つ。


「レイモン、安心しろ。投与するのは身内だけではない。この魔法薬の真の使い処は敵国の王族にある」


 いやいや!

 敵にも投与するから安心とか……そういう問題じゃない。

 自分に近しい者さえ、あの怖ろしい魔法薬をためらいなく投与する。


 父と慕っていたアルドワンを信じたいレイモン様にとっては、大ショックだろう。


「平時は勿論、戦乱の最中、スパイを放ち、奴らの食事に魔法薬を仕込めれば、もうこちらのもの。敵国は、我が王国の従順な下僕となろう……あとは戦わずして勝てる!」


「…………」


 う~ん。

 敵味方なりふり構わず、容赦ない魔法薬投与。

 レイモン様は更にショックを受けたらしい。


 しかし俺は、アルドワンが戦国の世を制する『切り札』として魔法薬を考えたのが分かる。


 無言となったレイモン様に代わって、俺はアルドワンへ話し掛ける。


「侯爵……貴方は混とんとした世界を待っていた」


「そうだ」


「しかし戦争になっても勝敗は時の運。ヴァレンタイン王国が絶対的な優位に立てる切り札を、貴方は模索していた」


「ほう、分かるか?」


「ああ、人間を支配する魔法薬さえあれば、ヴァレンタイン王国に充分勝算ありと踏んだわけだ」


「ああ、勇者。その通りだ。さすがの儂も勝ち目無しの戦争などむやみやたらに起こすほど愚かではない」


 得意げに胸を張るアルドワンを見て、レイモン様は首を横に振った。

 そして口を開く。

 アルドワンへ言うというより、独り言に近い。


「……想像しただけで……ぞっとする……おじうえ以外の人間は、私も兄上も含め、まるで己の意思を持たない操り人形、つまりゴーレムみたいになるのか……」


「レイモン様、全くです」


 そう、この異世界にはロボットという概念がないから。

 敢えて例えれば、魔法使いが使役するゴーレムみたいなものか。


 レイモン様と俺が同意し、とても不快そうにしていると、

 アルドワンは、「全く理解出来ず」という面持ちで尋ねて来る。


「レイモン、勇者、どうして、ぞっとするのだ? 富国強兵の旗のもと、全員一致団結して、自国繁栄の為、邁進する王国民の姿は美しいではないか?」


「…………」

「…………」


「想像してみい! 物凄い速さで成長、発展、拡大して行くヴァレンタインの雄姿が瞼に浮かぶだろう?」


「…………」

「…………」


「ははははは! だが我が夢はついえた……あと一歩だったのだが、これも儂の運命! 潔く受け入れ、北へ向かおう」


 高笑いするアルドワンを……

 レイモン様と俺は呆れたように見つめていたのである。

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