第29話「老騎士の本音①」

 俺の提案を喜んで受け入れたアルドワンだが……

 最後に本心を語って貰わねばならない。

 何故、バスチアンのような悪徳商人を庇護し、ヤバイ魔法薬を作らせようとしたのかを。


「では侯爵……貴方の希望が叶い、満足して貰ったところで、先ほどレイモン様へ語らなかった真実を一切合切話して貰おうか?」


「…………」


 涙を浮かべるくらい興奮し、饒舌だったアルドワンが突如無言となる。

 真実を話す事に、まだ躊躇いがあるのだろうか?

 ならここは、はっきりと告げた方が良いだろう。


「言っておく。レイモン様へ告げたように知らぬ存ぜぬとか、ふざけた物言いをしたら、俺は先ほどの話を白紙へ戻す」


「え? 白紙?」


「ああ、白紙というだけじゃない、貴方へ容赦なく支配の魔法をかけ、レイモン様が用意した修道院へ強制的に行かせるからな」


「わ、分かった!」


 アルドワンは即座に了解した。

 約束を反故にされたくないらしい。


「じゃあ、早速話してくれ……侯爵、貴方が外道な犯罪者と手を組んだ理由を」


「り、理由は……シンプル且つ明快だ。儂は……ヴァレンタイン王国をもっともっと強国にしたかった」


「強国……ねぇ」


「ああ、世界でも有数の強国になる為には、今のヴァレンタインのやり方では駄目だ」


「…………」


「レイモンがいくら頑張っても、現状は停滞しているという感が否めない」


「…………」


「我が王国は常に成長、発展、拡大をしていかねばならない」


 ヴァレンタイン王国の将来を考え……

 常に成長、発展、拡大を考える。

 普通に聞く限りでは、至極真っ当な考え方だ。

 しかし、問題はその方法なのである。


「それ故、儂が望んだのは混とんとした時代。特に儂達騎士が最大限に力を振るえる時代、つまり戦国の世なのだ」


 おいおい……なんで、そういう発想になる?

 戦国の世だって?

 冗談じゃないぞ。


「しかし今の世は国家間の諍いも全くなく平和。戦争など、この100年以上、どこでも起こっていない」


「…………」


 アルドワンは、やはり今の世の中が気に入らなかったようだ。

 かといって、リシャール王やレイモン様の意向を無視して、勝手に戦争を起こすなど出来ない。

 私見だが思う。

 戦争とは、尤もらしい『大義名分』が必要なのだと。


「何度も言うが、儂達騎士は戦いに生きる者。いわば野生の狼。それがどうだ? 今や俸給という微々たる餌を貰い、軒先に繋がれて飼われるおとなしい犬のようになってしまった」


「…………」


「しかし戦国の世となれば、我が配下の騎士達は常に緊張の中に身を置き、闘争心満々で明日への希望に燃える」


「…………」


「戦争はな、我が王国が発展する為に、最適な手段だ」


「…………」


「手っ取り早く領土を広げるには、他国と戦い、相手の豊かな領土を占領し奪う。それが一番の早道なのだ」


「…………」


「しかし……ただ座して待っていたのでは戦国の世は訪れぬ。儂に残された人生も残り少ない。そこで熟考し、手立てを考えた」


「…………」


「その結果、儂には今よりもっと大きな力が必要だという結論に至った」


「…………」


「今迄の儂は王国を動かして行くには騎士の力さえあれば充分だと思っていた」


「…………」


「しかし違った」


「…………」


「表裏一体という言葉がある。つまり騎士団という表の力を持つ儂は、裏の力も必要だという考えに至ったのだ」


「…………」


「そもそも国を動かしていくには3つのものが必要だ。すなわち人、金、情報」


「…………」


「そこで儂はバスチアン・ドーファンに目を付けた。そして奴の商売を徹底的に調べさせた」


「…………」


「奴は儂が欲する裏の力を全て持つ男だった。なので大抵の事を目こぼしする代わりに、儂へ仕えるように命じたのだ」


「…………」


「品性卑しく、本能の塊のような男だが、バスチアンは有能だった。儂の庇護を受け、あっという間に勢力を拡大した」


「…………」


「結果、儂には、裏仕事で使える強靭な戦士どもを手駒に、莫大な資金を得て、国内外の様々な情報さえ手に入るようになった」


「…………」


「人、金も想像以上であったが、情報はそれ以上に桁違いだった。国内は勿論、他国の機密事項が次々と儂の耳へ入って来た。中にはそれを理由として、こちらから宣戦布告可能なものもある」


「…………」


「期待以上の成果に満足した儂は、バスチアンに対し、庇護を与える事は継続するとして、次の段階に進む時が来たと考えた」


「…………」


「そんな時だった……お前達にはもう知られているらしいが……あの、とんでもない魔法薬完成の報告がバスチアンから上がって来た」


「…………」


「儂はビッグチャンスだと思い、大いに喜び、奴へ魔法薬の増産を命じた」


「…………」


「以上だ。儂が話した事と、お前達が既に知っている事とは相違あるまい」


 そう言うとアルドワンは大きく息を吐いた。

 ここで『幕引き』という波動が伝わって来る。

 しかしずっと黙って聞いていた俺は首を横に振った。


「いや、まだ終わりじゃない。一番肝心な事をこれからしっかり話して貰おう」


「な、何をだ!」


「増産を命じた魔法薬を使い、貴方は何を行うつもりだった?」


「い、いや……何かの時の切り札になるかと思って……」


「そんな小手先の嘘は通用しない。あと1回しか言わないぞ。魔法薬をどう使うつもりだった? 嘘をついたら……波動で分かる。即座に支配の魔法発動だ」


「う、ううう……わ、分かった! 話す」


「…………」


「だ、だが頼む! 勇者、約束は守ってくれ!」


「…………分かった。貴方が約束を守るなら俺も破らない」


 アルドワンは……

 やはりとんでもない事を考えていたらしい。


 目の前の老騎士は大きく息を吸い込むと吐いた。

 そしてぽつりぽつりと……

 真実を話し始めたのであった。

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