第28話「老騎士への提案②」
「魔物に喰い殺されろ!」と言ったものの、俺は首を横に振った。
「侯爵、話にはまだ続きがある」
「…………」
「貴方を北の砦へ行かせるのには重要な意味があるんだ」
「…………」
「俺は既に知っていたが……レイモン様にも改めて聞いた。砦の守備隊は、王国軍の厄介者や荒くれ者の傭兵、重罪を犯した罪人で構成されていると」
「…………」
「砦は現在、そんな流刑地のような場所だが……侯爵、貴方の力で変えられる、俺はそう思う」
「わ、儂の力で?」
地獄の砦を変える?
自分が?
どうやって?
そんな疑問がアルドワンの瞳には表れていた。
「ああ、良く考えてみてくれ。現在のヴァレンタイン王国は専守防衛主義だ。自ら打って出る事はなく、実戦は少ない」
「…………」
「しかし北の砦こそ、今の平和な時代において、ヴァレンタイン王国における一番の激戦区。実戦経験を積む場所では他の追随を許さない」
「…………」
「そんな場所で、命を懸けて人外と戦い、鍛え抜かれた騎士や戦士は他国への強い抑止力になる」
「…………」
「激戦をくぐり抜けた精鋭の兵士達で構成された王国軍を持つヴァレンタインは世界でも有数の強さを誇る国になる。侯爵、指揮官兼教官となった貴方の手によって、貴方の望む強国へと変われるんだ」
「お、おお……」
俺の意図がしっかり伝わったのだろう。
アルドワンは大きく目を見開き、感動の声をあげた。
俺は頷き、説明を続ける。
「ハイリスクハイリターンだから、騎士達を含め、砦への赴任を強制は出来ない。だから危険を冒してもOKという希望者を募る。そのリスク分に対し、地位や名誉、恩賞を充分に報いてやるんだ」
「そ、そうだな!」
「施策実施の明確な
「うん、うん」
「それに……バスチアンを使って、不正な方法で蓄財した貴方の財産はしっかり還元して貰う」
「しっかり還元?」
「ああ、さっきの恩賞だけじゃない。改めて砦を補修し、強固な要塞とする。資材と食料もたっぷり運ぶ。その資金に貴方の財産を使うんだ」
「う、うむ! そうだな」
「そして隊の風紀も正す」
「風紀も?」
「そうさ! これまでは、はみだし者よ、厄介者よと蔑まれた者達を、鍛えながら励まし、立ち直らせる。誇りを持って魔物共から王国民を守るという気概を持つ一流の騎士に、または戦士へと、貴方が教育するんだ」
「うむうむ、儂がか!」
「ああ、王国軍の要と言われた貴方が志願して赴くんだ。誰もが砦へのイメージを変えてくれるだろう」
「わ、分かった! 勇者、貴方の提案を儂は受ける。いや、ぜひやらせてくれ! 王国への最後の奉公になる!」
アルドワンは完全にやる気となったらしい。
人生のフィナーレを飾るに相応しい役回り、そして舞台だと納得したらしい。
しかし俺はまた首を振った。
「おっと、まだ話は終わっていない」
「え?」
「しょっぱなだから、貴方と共に行く志望者がゼロだと困る」
「むう……」
「逆に貴方を慕う王国騎士が殺到して砦へ行きすぎても困るだろう? そこらへんは考えてくれ」
「むうう……」
「だが安心しろ。志望者ゼロはない。バスチアン一党200人を直属の部下としておまけでつける」
「バスチアン一党を儂の部下にか?」
「ああ、奴らにもしっかり犯した罪を償わさせる。バスチアン以下結構な手練れみたいだから、充分戦力にはなる筈だ」
「うむ、バスチアン以外、対面した事はないが、奴らの噂は聞いておる……鍛えがいがあるかもしれん。あ、ありがたく頂こう」
「それと、ボスのバスチアンにはもう支配の魔法をかけ、俺の意のままにしてある。奴には指示を入れておくから、貴方の完全に忠実な部下となる筈さ」
支配の魔法と聞き……
アルドワンには先ほどの記憶が甦ったようだ。
レイモン様から告げられた『支配の魔法』の恐怖が。
「では勇者! わ、儂はどうする? バスチアン同様、貴方の支配魔法をかけるのか?」
「ああ、最初は……絶対に使おうと思っていた。問答無用でな……」
「…………」
「だが、レイモン様と……そして貴方とこうして話し、考えを変えた」
「考えを?」
「再び言うが、貴方の罪は非常に重い。だが長年レイモン様達を助け、王国に貢献して来た功績でプラマイゼロにしよう」
「プラマイゼロ……」
「後は……これから人生の最後を飾ろうと燃える裸一貫の貴方だ。余計な指示など不要。そう思い直したのさ」
俺の話を聞き、アルドワンは暫し呆然としていた。
やがて……
大きく見開いた彼の目からは、大粒の涙が流れ出て来る。
「わ、儂の気持ちを汲んでくれた上、生き甲斐も与えてくれるとは……貴方はやはりレイモンの言う通り、真の勇者だ。あ、ああ! 儂の人生の最後に、こんな出会いが待っていたとは……」
アルドワンはそう言うと、おずおずと手を差し出して来た。
握手をしたい……そんな意思表示らしい。
思うところはある。
俺が犠牲者の身内だったら、絶対に応じなかっただろう。
だがここは、レイモン様の気持ちを大事にしたい。
俺は、僅かに笑うと……
アルドワンの老いた手をしっかり握ったのであった。
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