第27話「老騎士への提案①」

「藁の死は嫌だ!」と必死に懇願するアルドワン侯爵。

だが、レイモン様は淡々としている。


「成る程、戦いの中で死なせてくれ……ですか?」


「ああ、そうだ!」


「ふふふふふ」


 真剣な顔のアルドワンに対し、レイモン様は含み笑いをした。

 しかし、表情はどことなく悲しげだ。

 一方、アルドワンは笑われ、ムッとしたらしい。


「レイモン! な、何が可笑しい?」


「いえ、自虐の笑いです」


「自虐の笑いだと?」


「はい。私は……そして兄上だって、老齢のおじうえには天寿を全うして欲しい、そう願っています。これまで王国に散々貢献して頂きましたから……思い遣りですよ」


「その思い遣りとやらが……修道院行きなのか?」


「はい。後は平穏な人生を送って欲しいと」


「平穏な人生? 何を言う! 儂は生まれながらにして騎士だ! 己を徹底的に鍛え、厳しい戦いの中で生きる騎士なのだ……藁の死など我慢出来る筈がない」


「ですよね? そんなおじうえの心を本当に分かっていたのは、彼の方だったという事になる」


 レイモン様はそう言うと、俺を指さした。

 アルドワンは、傍観していた俺を怪訝そうな表情で見る。


「むう……そういえば、一体こいつは、どこの何者なのだ?」


 そんなアルドワンの疑問に対し、レイモン様はあっさり答えた。


「勇者です」


「ゆ、勇者!?」


 ポカンとするアルドワン。

 想定外って、顔に描いてある。


「はい! 少し前、私やおじうえが知らぬ間に、この世界には魔王が降臨しました」


「ま、ま、魔王だとぉ!!!」


 魔王と聞き、さすがにアルドワンは今迄にない大声を出した。


 そう、レイモン様から語られる俺の正体。

 本当は『ふるさと』が付く勇者だけど……

 そして、魔王となったクーガー降臨の怖ろしい過去。

 管理神様の神託を兼ねた夢により、レイモン様は衝撃の事実を知った……


「はい。彼は仲間数名と共に、魔王が率いる悪魔、ドラゴン、オーガなど10万以上の大軍を退け、この世界を救いました」


「じゅ、じゅ⁉ 10万だとぉ!?」


 アルドワンの血の気が引いた。

 絶句に近い反応である。

 

「ふふふ、そんな数の人外など、おじうえには想像もつかないでしょう? 我が王国軍総数のざっと3倍強ですから」


「そ、それを! た、たった数名でか!?」


「はい、私はその事実を神託により知らされました。そしてある事がきっかけで彼と知り合ったのです」


「し、しかし、レイモン! それほどの勇者なら、何故名乗り出ない! 力を示せば、我が王国は勿論、どこの国でも引っ張りだこの筈だ」


「それは彼に野心がないから」


「野心が……ない?」


「はい! よ~く考えてみてください。我が王国を含め、わざわざ誰かに仕えなくとも、彼がその気になれば容易にこの世界を征服していた筈です」


「むう! た、確かにそうだ……で、でも何故?」


「簡単です。彼は基本戦いが嫌いだからです」


「は? 戦いが嫌いだと?」


「ええ、彼は普段、農民として平和に暮らしています。必要な時にしか戦わない。いわゆる専守防衛……今は亡き父上、私や兄上と同じ考え方なのですよ……だから私と心が通じ合い、友となれた」


「…………」


「反面、彼はおじうえの考えも良く理解出来ると言いました」


「儂の考えを良く理解? この勇者が?」


「はい! おじうえは良く仰いますよね? 力なき正義は悪だと……」


「ああ、その通りだ」


「彼は言いました。誰もが平和を一番大切なのは分かっている。しかし一方的な悪意と暴力の前では大切な家族の命と尊厳を守る為に戦わねばならない。笑顔で暴力反対と叫ぶだけではいけないのだと……」


「…………」 


「だから彼は勇者の力をもって、魔王を退けた。家族の命と尊厳を守る為に」


「…………」 


「そんな彼が提案した内容は、私の修道院行きなどより、ずっとおじうえの気持ちに添うものだと改めて分かりました」


 レイモン様はそう言うと、俺に向き直った。


「……君の提案をおじうえに伝えてくれないか?」


「かしこまりました」


 了解した俺は、改めてアルドワン侯爵へ向き直った。


「アルドワン侯爵……」


「な、なんだ?」


 見慣れた家令の容姿をした、俺の真の正体を知り、アルドワンは緊張しているようだ。

 力を絶対的に信奉する者は、自分以上の存在に遭遇した時に臆する場合がある。


「俺の提案を告げる前に言っておこう」


「…………」


「貴方の動機、本音は後ほどちゃんと聞く。だが……バスチアンのような外道を使い、非合法な商売を容認したお陰で、犠牲となり非業の死を遂げた人々が大勢居る」


「…………」


「レイモン様のいらっしゃる前でも敢えて言うが、貴方の犯した罪は限りなく重い。しっかりと償って貰うぞ」


「…………」


 無言のアルドワンへ、犯した罪を改めて認識させ、俺は話を続ける。


「さて、単刀直入に言う。俺の提案とは侯爵……貴方に、北の砦へ指揮官として赴いて貰う事だ」


 実は、北の砦へ対象者を送る事は既に行っている。

 愛するグレースことヴァネッサの兄達3人を。

 但し、戦死せず、いずれ無事に帰還すると管理神様は教えてくれた……


「北の砦だと!?」


「ああ、無数の魔物共が跋扈する魔境と接する最果ての砦だ。この王国では地獄に等しい場所だと言われているよな?」


 俺が念を押すように言うと、アルドワンはハッとした。


「む! わ、分かったぞ! 儂におぞましい魔物共と戦って死ねと言うのだな? 喰い殺されて犯した罪を償えと!」


「ああ、そうだ。レイモン様の温情を拒否し、藁の死は嫌だなどと我が儘をいう貴方に、北の砦はぴったりの死に場所だからな」


「…………」


 いかにも冷たく「喰い殺されろ」と言い放った俺を……

 アルドワンはじっと無言で見つめたのである。

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