第21話「レイモン様との再会③」

 俺の視線を受け、レイモン様は話し始めた。

 口調は重い……


「ケンを含めた王国民全てが知っての通り、兄はあの鷹揚さだ。政務には一切興味がない。そして宰相の私は、いたずらに版図拡大を望まない」


「…………」


「だがダニエル・アルドワン侯爵は……王国が未来永劫発展する為には、常に成長拡大をしなくてはならないという考えだ。昔からぶれない、一切変わらない方なのだよ……」


 成る程……

 そういう事か。

 でもアルドワンの考えの根幹は?

 本当に王国の為なのか、それとも私心から生まれた醜い野望なのか……


「成長、拡大……ですか?」


「うむ……てっとり早く言えば、他国への侵略と植民地化をはかる事だ」


「…………」


 うお!

 出た!

 侵略&植民地化!

 その先を教えてください。

 当然、レイモン様は反対されましたよね?


 はやる俺の気持ちを察したのか、レイモン様はすぐ答えてくれる。


「だが亡き父もそうだったし、兄も私も戦争は大嫌いだ……ダニエルおじの主張は全て流して来た……」


「よ、良かった…………」


 思わず安堵した俺。

 対して、レイモン様も「当たり前」だと笑顔を見せてくれる。


「うん、何があってもまず話し合いが第一、万が一の場合も専守防衛がモットー、亡き父の遺志を継いだ私達兄弟が……現ヴァレンタイン王家が……あの方には歯がゆいのだろう」


「…………」


「だがアルドワン侯爵……いや、ダニエルおじの口癖は……力なき正義は悪に等しい……王国民の為を思えば、日々騎士隊を鍛錬して精強にし、攻められた時守るのは勿論、他国と戦ってでも生きる糧を勝ち取るべきだと。父亡き後、兄と私は、あの方からしっかりと教えられた」


「…………」


「まあ、ダニエルおじには悪いが……兄も私も、彼の考えには染まらなかったよ」


「ああ! 本当に良かった。だからこその平和ですよ。でも……」


「でも?」


「力なき正義は悪に等しい……侯爵が言うのはある意味真実です。俺自身、散々実感していますから」


「分かるよ、ケン……君が身体を張り、時には圧倒的な力をふるって、ボヌール村近辺の守護者に徹して来た事を。現に君は怖ろしい魔王を退け、この世界を破滅から救ってくれた……」


 怖ろしい魔王……確かに!

 でもその事は今、我が家では禁句。

 特にクーガーの前では、絶対に言えません……


「ま、まあ……そうです」


「うむ! 確かに誰もが平和が第一だとは望む。これは間違いない」


「…………」


「しかし……問答無用で、圧倒的な力をふるう悪意の前では、こちらもあらがわねばならぬ。でなければ、大切な家族の命と尊厳が、あっさりと奪われるからな」


「仰る通りです。誰もが平和は一番だと考えるでしょう。こんな俺だって、元々戦いたくはないんです」


「そうだな……君は普段、農民だ。愛する家族と共に、大いなる自然の中で生きているのだからね」


「はい、その通りです。でも……ウチの嫁が言っていました。目の前で愛する妻や娘がレイプされていても……」


「むう……」


「暴力反対、平和的に話し合いましょうなど、笑顔で言えるのかと……黙って、傍観していられるのかとね」


「うむ! ケン、……君の言う通りさ。もし我が妻エリーゼがそんな目にあったとしたら……」


「…………」


「私は静観などしていない。情けを一切捨てた、容赦ない鬼神と化し、相手を打ち倒すだろう」


 レイモン様はそう言うと、大きなため息をついた。


「ケン、君との価値観のすり合わせはこれくらいにしておこう。話を戻すぞ」


「はい……」


「正直に言おう……責任あるヴァレンタイン王国宰相としては情けないが、私には解決する為の良い考えが思い当たらない……ダニエルおじが近しい家族だという、兄や私の切ない思いもある」


「…………」


「それにアルドワン侯爵家ほどの名門貴族家を潰すには正当な理由、加えて誰が見ても分かる明確な証拠が必要なのだよ……だから宰相とはいえ、ダニエルおじへ、手出しが出来なかった……」


「……分かります」


「だがケン、君には何か……考えがありそうだね」


「はい……彼等にしっかり罪を償わせ、王国の為、徹底的に働いて貰います」


「ふむ……その内容を教えて貰えるかね?」


「はい……」


 俺は頷き、自分の考えを明かした。

 レイモン様は……納得してくれた。


「……成る程。その方法ならば……兄もまだ悲しまない、私もじっくり見守る事が出来る」


 うん……

 大体、話が決まって来た。

 だけど、大事な事が残っている。

 人間は自分が見て確認したものを一番に信じるという習性だ。

 それは絶対とはいえないけれど、納得出来る術でもある。


「はい……それと俺を信じて頂けるのは嬉しいのですが、ご自身の目と耳で確かめたいですよね? アルドワン侯爵の行いを……それがレイモン様の仰る、確かな証拠となります」


「……ああ、そうだな」


 俺の気遣いを感じたのだろう。

 レイモン様は何度も頷いていた。

 本音も見え隠れする。

 実は怖ろしい現実を見たくない、向き合いたくないという気持ちが。

 それは人間なら、当たり前の感情だと俺は思う。


 しかしここは決断の時だ。

 立場あるレイモン様にとっては……


 だから、俺は淡々と告げるしかない。


「では……これから行きましょう」


「え? これから?」


「はい、アルドワン侯爵の夢の中へ……侯爵から直接、本音を聞きに行きましょう」


「ゆ、夢の中か? ケン、今の……この状態と一緒なのだな?」


「はい、ほぼ同じですね……」


 聞き直すレイモン様へ……俺は頷いた。


 ここで念の為、俺はもうひとつ提案をする。

 ただでさえ、気苦労が絶えないレイモン様だから……

 心身ともに汚れる裏仕事は、

 いつもの通り、俺だけで遂行するのも「あり」……一応そう思ったのだ。


「レイモン様」


「うむ……」


「もし、お辛いのなら……俺だけでアルドワン侯爵を尋問します……更に処理して……後日、報告だけさせて貰います」


「…………」


 俺の言葉を聞き、レイモン様は黙っていた。

 表情は少し歪んでいる。

 親と慕った者へ「引導を渡す」のを、とても悩んでいるに違いない。


 でも……

 悪戯に引き延ばしても、良い事はない。

 それに,このような事は、即断即決した方が良いのだ。


「レイモン様、俺なんかが生意気を言い、大変申しわけないのですが……」


「…………」


「宰相たるレイモン様にとって、……ここは、避けて通れない道だと思います」


 黙って俺を見つめるレイモン様へ……

 俺は、きっぱりと言い切ったのである。

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