第22話「決別の夜①」

 アルドワン侯爵の屋敷は、王都の貴族街区にある。

 文字通り、貴族ばかりが住む地区だ。

 先日俺は、透明状態で忍び込み、事前に下見をしてある。


 今の時間はもう日付けが変わって、だいぶ経った、ど深夜……


 老齢のアルドワンは……当然、自室で寝ている。

 奴はもう70代後半との事。

 この異世界の貴族ならば、とっくに隠居している年でもある。


 ジャンによれば、死別した妻との間に子供は居ないらしい。

 兄弟も居ないから、現在は全くの天涯孤独。

 珍しいと思う。

 普通なら、優秀な人材を養子を迎え、家を存続させる筈だ。

 またバスチアンのように毎夜違う情婦を連れ込んだりという、乱れた生活もしていない。


 逆に若い頃からかかさず、毎日、朝早く起きて身体をビシバシ鍛えているともいう。

 一見、とてもストイックな武人だ。


 反面、ジャンの調査結果やバスチアンから聞いた話だと、アルドワンはギラギラした野望に満ち溢れている男である。

 例のヤバイ魔法薬をバスチアンに大量生産させ、何かをやろうとしている。

 何が、老齢の奴をここまで駆り立てるのか?


 必ず真相を突き止めねばならない。

 奴の本意を確かめねばならないのだ。


 本当はレイモン様、

 育ての親だからこそ、実際に会ってアルドワンと真っ向から対面し、問い質したいに違いない。

 しかしアルドワンが悪事を犯している証拠は何もない。


 レイモン様がいくら王族で宰相でも、相手は王国名門の古参貴族。

 いくら臣下とはいえ、一方的な尋問は現実的に無理だし、強行すれば大騒動になる。

 そんなリスクは負えないし、問い質したって、アルドワンは絶対にしらを切るだろう。

 かといって俺がバスチアンに行った容赦ない尋問は、レイモン様の前では行えない。


 もしもアルドワンの犯罪教唆の証拠確保に失敗すれば、レイモン様の立場は悪くなり、下手をすれば失脚する。

 そんな事になれば、もう政務はアルドワンの独断場になる。

 兄リシャール王は、何を命じられようと、父同然のアルドワンの言うがまま。


 そうなると……

 ヴァレンタイン王国は戦争への道を歩む事になる。

 ボヌール村と俺の家族達も激しい戦火に巻き込まれる。

 折角の平和が失われる。

 確実にアルドワンの言質を取り、証拠を押さえねばならないから。


 という事で、俺はレイモン様と共にアルドワンの夢の中に居た。

 直接会って話すわけではないから、リスクは皆無に等しい。

 もしアルドワンが不審に思っても、自身の夢の中というひと言で、あっさりノーカウントだ。


 この夢はやがて開演の幕を開く。

 開園というのは言い得て妙。

 所詮夢で幻だが、やりとりする内容はリアルな演劇みたいなものだもの。

 それも美しく楽しい舞台ではない。

 アルドワンにとっては勿論だが……

 レイモン様の人生における厳しい『決別の夜』という名の悲劇だ。

 粛正する相手は幼い頃から世話になった父親も同然の男。

 レイモン様の精神的ダメージは計り知れない……


 でもレイモン様は一国の宰相。

 政務に無頓着な兄の分まで頑張らねばならぬ重責を背負った宰相。

 俺がふるさと勇者として生きる事を選んだのと同じで……

 それが彼の宿命なのだから。

 だから、自分の故国を脅かす敵ならば、相手が誰であろうと立ち向かわねばならない。


 まあ、とりあえず演劇だから、アルドワン、レイモン様、俺、3人の役割は役者だ。

 主役で素のアルドワンに対し……俺達は擬態した脇役。

 レイモン様はバスチアンに連絡する子飼いの貴族デニス・クライレイ、俺はアルドワン侯爵家の家令テオドールに化ける。


 ちなみに脚本はこうだ。


 バスチアンがいきなり「全てをぶちまける」と高らかに宣言。

 王都から、単身失踪したという事件が起こる。

 すなわちアルドワンへ反旗を翻し、雲隠れのトンズラという意味だ。


 それを子飼いの貴族デニスことレイモン様とデニスの御用商人テオドールこと俺のふたりが報告。

 事件を聞いたアルドワンから指示を仰ぐ。

 そして紆余曲折して………アルドワン本人から真相を語って貰ういう流れ。


 但し、筋書きはあくまで仮初。

 セリフも冒頭部分しか決めていない。


 途中の特別イベント発生からは、アドリブオンリー。

 ここからレイモン様が主役となる。

 多分、遠慮なく本音で語られるだろう。

 それで良い……


 さあ、舞台は整った。

 開演の幕を開けるとしよう。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 屋敷が物々しい雰囲気に包まれる中、レイモン様と俺は控えの間に居た。

 かといって実際は、静まり返っている。

 あくまで、アルドワンの夢の中だから。

 念の為。


 暫くして、まず家令の俺がアルドワンに呼ばれた。

 ダッシュして、扉へノック。

 お許しが出たので、入室し、即座に跪く。


 俺が見やれば、アルドワンは凄く機嫌が悪そうだ。

 鋭い眼差しがきつく、奴の気難しさを一層際立たせている。


「テオドールっ!」


 叫ぶように名を呼ばれ、俺はすかさず返事をする。


「はい! ご主人様!」


「まずお前が状況を簡単に報告しろ。その後、改めてデニスの話を聞く」


「は! かしこまりましたっ」


 俺はレイモン様との打合せ通り、話し始めた。


 ……大抵の人はそうだが、夢を夢としてはっきり認識する事は多くない。

 あまりにも非現実な事が起こり、さすがにこれって変だ……と気付く。

 もしくは最後まで、夢で起きる出来事に対し、まじめに対応してしまう。


 なので、俺の話を聞くアルドワンは真剣そのものだ。


 約5分で報告終了!

 予想通り、アルドワンは青筋を立てて怒っている。


「ぬぬぬ……バスチアンめ、恩を仇で返しおって」


 バスチアンが恩を仇で?

 まあ、あいつは相当の鬼畜だけど……

 外道のお前がそう言うのは、五十歩百歩という事。


「よし! デニスを呼べ。今後の指示を与えると伝えてやれ。テオドール、お前は部屋の外でそのまま待機」


「かしこまりました! ご主人様」


 さあ、いよいよ対決ですよ、レイモン様。

 当然俺は待機などしない。

 夢の中でも魔法とスキルは使えるから、透明状態で部屋へ入って、一緒に話を聞いてやる。

 そしていざとなったら、レイモン様をサポート。


 頑張ってください、レイモン様!


 隣室で待機するレイモン様へ、俺は励ましのエールを送ったのである。

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