第14話「潜入と尋問②」

 魔導灯に照らされる淡い薄明りの中……

 腕組みをして、真正面に立ちはだかる俺を見て……

 悪党バスチアン・ドーファンは悔しそうに唇を噛み締めた。

 そして吐き捨てるように言葉を投げかける。


「この、若造がぁ!」


 おう、その通りさ。

 あんたと比べれば、確かに俺はずっと若造。

 但し、俺は変身魔法で擬態していて、素顔のケンではない。


 背恰好だけは、全体的に少し太めにしたくらいで、基本的には変わらないものの……

 髪は黒から濃い茶色に。

 顔はやや細面で、苦み走ったワイルドな髭面にしたので、俺とは造作が全く違う。

 年齢も30代半ば……渋い中年男という趣き。

 実は、ほ~んの少しだけ、あのオベロン様を参考にしたかも。

 それでも60歳手前のバスチアンから見れば、全然『若輩者』であろう。


 バスチアンはまたも叫ぶ。


「てめぇ!」


「…………」


「一体、どうやって俺の部屋へ入った?」


「…………」


「正門の見張りはどうしたぁ?」


「…………」


「この屋敷の護衛は? 全員殺したのかよ!」


「…………」


 矢継ぎ早に質問されても、俺はずっと黙っている。

 喋りまくるバスチアンの意図は良く分かるから。

 

 奴が俺を徹底的に問い質すのはふたつの意味がある。

 俺の素性や目的を探る為の情報収集は勿論だが……

 はっきり言って『時間稼ぎ』なのだ。


 そう時間稼ぎは重要だ。

 窮地に陥った時……

 俺にすぐ行動を起こさせないよう、引き延ばしを図れば図るほど……

 バスチアンの命が助かる可能性は基本的に高くなる。


 何故なら、時間が長くなれば殺されるのが先送りになるから。

 その間、俺に隙が生じるかもしれないし、待望の助けが来るかもしれないのだ。

 そういうわけで、バスチアンは叫ぶ。


「てめぇ! 魔法使いだな!」


 おっと!

 言い忘れたが、今の俺は法衣ローブ姿。

 だから、「もっと早く気付けよ!」と思う。

 

 まあ俺は、本来は地道な暮らしの農民だけど……

 裏というか、別の職業を当てたと言えなくもないから、返事をしてやる事にした。


「そうだよ」


 俺がようやく言葉を発したので、遂に会話が成立し、バスチアンは顔に喜色を浮かべる。

 そしてまたも何か思い当たったようだ。


「あ! さては!」


「…………」


「変な魔法を使って、アマンダを隠しやがったのは、てめぇかぁ!」


「……アマンダ?」


「そうだ! アマンダをどうしたぁ! どこへやったぁ! 部下によるとなぁ! 王都の正門付近の雑木林でいきなり消えやがったそうだ! 出しやがれ、この野郎!」


「…………」


 口汚く罵るバスチアン。

 憮然&無言の俺は、ベッドから起き上がったまま固まる半身の奴へ、つかつかと近付き……

 ばっち~~んんん!!!

 思い切り頬を張った。


「ぎゃああああっ」


 響き渡るバスチアンの絶叫。

 しかし俺は、全く構わずに言い放つ。


「おい、外道! 人聞きの悪い事を言うな」


「あががががが……」


 一応手加減はしたが、俺の張り手はかなりの衝撃だ。

 バスチアンは相当ケンカ慣れしている暴力のプロだろうが、所詮は常人。

 レベル99の力に耐えられるわけがない。


 奴が発する声は、まだ言葉にならず、痛みをこらえる苦悶であった。

 苦しむバスチアンなどお構いなし、俺は構わずに言ってやる。


「はっきり言っておく。アマンダさんはな、お前みたいな鬼畜とは一切関係ない」


「あおおおおっ」


「偉そうに呼び捨てにして、さも自分の女みたいに言うな」


 俺に叱責されている間に回復したのだろう。

 バスチアンは叫び、罵倒する。


「く、くそぉ! てめぇ、それでも男か! 正々堂々と戦え!」


「正々堂々だと? ほう、何が言いたい?」


「卑怯者め! 身動き出来ない男をよ! 一方的にいたぶりやがって! それで面白いのかぁ!」


 卑怯者?

 身動き出来ない男を一方的にいたぶって?


 はぁ?

 ……こいつは、一体何を言っている?

 てめえの部下を大勢使って……人数を頼んで……

 何の罪も無い女性を無理やり拉致し、闇へ堕とそうとした外道が?

 大傑作じゃないか、そのセリフ。


「ああ、面白いな、凄く面白いよ」


「な、何だと!」


「お前も面白いからやったんだろう? 相手の自由を奪い、いたぶる事を」


「な、何!」


「聞け、バスチアン。お前のような悪党は、都合が悪くなると、すぐ被害者面をする」


「う、うるせぇ!」


「ほらな、不都合を誤魔化す為に、すぐ大声で吠える。更には自分の価値観だけを前面に出し、他の意見を一切認めない。意味の分からない理屈をたくさん並べ、ミスリードし、けむに巻く」


「ふ、ふざけるなっ!」


「ふざけてなどいない……相手を一方的に脅し、なりふり構わず、自分を優位に見せ正当化しようとするのも特徴だな」


「くおああっ! ち、畜生!」


「そんなに悔しいか? 分かった! 正々堂々と勝負してやる」


 俺はピンと指を鳴らす。

 バスチアンにかけていた束縛の魔法を解除したのだ。


「うお!?」


「おい外道……今、魔法を解いた、さっさとかかって来い」


 俺は奴の望みを叶えてやった。

 しかし、バスチアンは大声で叫びまくる。


「や、野郎共ぉ~! く、曲者だぁ~~! 早く来い~~っ!!!」


 いやいや、お前、正々堂々と戦うんじゃないの?

 ああ、しょーもない奴。

 

「おいおい、いきなり子分を呼ぶなんて、やっぱり外道は言行不一致じゃないか?」


 俺がそう言っても、バスチアンは当然無視。

 相変わらず叫び続ける。

 だがこの展開は……予想通りだ。


「お~い、てめぇらぁ! 敵だぁ! 魔法使いだぁ!!!」


「…………」


「どうしたぁ! 何してる! 早く来~いっ!」


「無駄だ……さっきからお前がいくら騒いでも……誰も来ないだろう?」


「な!?」


「まだ分からんのか、外道……お前の泣き言や悲鳴はな、外には一切聞こえん」


「ま、まさか!?」


 信じられない!

 という表情で絶句するバスチアンへ……


 俺は「くいっ」と指を手前に動かした。


「邪魔する奴は居ない。さあ……かかって来い。約束通り……戦ってやる」


「ち、畜生ぉ!!!」


 遂に覚悟を決めたのだろう。

 バスチアンはベッドに隠していた剣を振りかざした。


 魔導灯に照らされ、鋼鉄製らしい刃が淡く光っている。


 さあ……全てを白状させる前に、アマンダさんの受けた心の痛みを返してやる。

 何倍にもして……な。


「うおおおおおっ! こ、殺してやるっ!」


 全身に殺気をみなぎらせ、バスチアンは剣を振り回しながら、俺に向かって来たのであった。

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