第13話「潜入と尋問①」

 今迄俺が出会った商人の中で、バスチアン・ドーファンは超が付く大悪党だ。

 貴族令嬢で世間知らずだったグレースことヴァネッサを騙し、大金を巻き上げた悪徳商人など軽く超えている。

 自分の下した命令を履行出来なかっただけで、忠実な配下さえ見せしめに何人も殺す。

 俺が魔法で支配し、情報を聞き出した奴の配下ギャエル・ブルレックによれば、命乞いをする配下を、「無能め」と罵り笑って嬲り殺したようだ。

 こんな奴、はっきり言って……人間じゃない。

 『残虐』『冷酷非道』というトンデモ文字を体現した、人間の皮を被った悪魔なのだ。

 こんな奴の魔手に、優しいアマンダさんが万が一落ちていたらと思えば……ぞっとする。


 そんな外道バスチアンの屋敷は……

 ジャンの調査やギャエルから聞き出し判明したが、王都の貴族街に隣接した高級住宅街にある。


 この住宅地は貴族に準じた身分の上級市民ばかりが住む区域だ。

 その中でもバスチアンの屋敷の敷地は特に広大。

 母屋は4階建ての豪奢なつくりの建物で、庭には緑の芝生が敷き詰められ、大きな噴水が二基もある。


 今の時間はもう深夜……

 まもなく日付が変わる。

 チート魔人の俺はいざとなれば、1週間くらい寝ないでも平気。

 なので、全く問題ない。

 「おい、ケン。お前こそ、人間じゃねぇぞ」と言われれば、

「そうかもしれない」と納得して返せる。


 さてさて、転移魔法で屋敷の前に跳んだ俺、ジャン、ケルベロスは物陰から周囲を見回した。

 魔導灯が照らす灯りはそれほど明るくはない。

 だが俺の五感はレベル99に裏打ちされた人間離れしたものだ。

 視力も抜群で護衛の顔もはっきり見える。


 正門には護衛が5人ほど居る。

 ギャエルの部下らしい。

 この時間は暇な事もあるのだろう。

 眠そうに欠伸をしていた。

 どうしようかと迷ったが、こいつらはそのまま放置する事にした。


 俺が護衛を魔法で眠らせれば、簡単には起きない。

 屋敷の中へ応援として踏み込まれる心配はない。

 だが、王都を夜間巡回する衛兵がぐっすり眠りこける奴らを見たら、必ず不審を感じ、大きな騒ぎとなってしまう。

 どうせ交代制勤務だろうし、索敵の魔法を発動させ、何か動きがあったら対処すれば良い。


 という事で姿&気配を完全に消した俺達はまず邸内を探索。

 ギャエルの情報に基づいてだから、効率的だ。


 これも教えられた通り。

 庭には番犬として、放し飼いされた、どう猛な大型犬が数匹居た。


 普通にスルーしても良かったが、ケルベロスが「オレニマカセロ」というので一任。


 どう猛さでは一億倍も上を行くケルベロスが、無言で「殺」もしくは「滅」の波動を出す。

 すると、唸りながら徘徊していた番犬共は途端に大人しくなり、服従のポーズ。

 甘い鳴き声を発し、転がり、腹を見せてしまう。

 こうなると、とても可愛いワンちゃんになった。

 更に俺が鎮静の魔法もかけ、完全に無力化する。


 番犬共をクリアした俺達は、さくっと庭を探索。

 情報通り3つほど倉庫があるのを見つけたが……

 転移魔法で中に入り調べても、食料が殆ど……

 金目のものや、違法なヤバイものは何ひとつ収納されてはいなかった。


 やはりバスチアンが隠し持つ大事なお宝と証拠品等々は屋敷の中に隠してある。

 そう確信した俺は、ジャンとケルベロスを促し、バスチアンの屋敷へ潜入したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 バスチアンの屋敷は常時、ギャエル以下部下が40人余り、そして使用人が10人程度居るという。

 部下達は総勢200人ほど居て、全員が一騎当千の強者らしいが、ギャエルが頭ならば俺の敵ではない。

 まあ油断はしないが、用心し過ぎるほどでもないって事。


 かといって、あまりのんびりもしていられない。

 夜が明ける前に片を付ける。

 奴の背後に居る親玉の処理だって控えてる。

 なので、無駄な戦いは避け、役割分担。


 ジャンとケルベロスに邸内の探索を任せ……

 俺はピンポイントでバスチアンの部屋へ向かう。

 バスチアンの部屋は屋敷の4階を全て使っているという。

 寝室は一番奥だ。


 ギャエルによれば……

 バスチアンはアマンダさんに告げたような非合法の売春宿を数軒経営しているという。

 そこにはマネージャーとして、囲った『自分の女』を置く。

 気が向いた時、屋敷へ女を来させ、奉仕させるのだと。

 但し、そのまま女を泊まらせる事はせず……帰してしまう。

 今のこの時間なら、女は帰っていて、バスチアンひとりの筈だ。


 一歩間違えば……

 アマンダさんも、無理やりバスチアンの『女』のひとりにされていた。

 つまり身体をおもちゃにされ、散々弄ばれる性奴隷にされていた。

 そう思うと、俺の心が再び怒りで燃え上がる。


 奴が働く悪事に対し、「許せない!」と思うのは人として当然だろう。

 だが、俺は愛する家族を害される方がもっともっと嫌なのだ。


 早速俺は、バスチアンの寝室へ転移した。

 入った寝室内は魔導灯が淡く灯っている。


 ギャエル情報では、バスチアンは勘が鋭く、気配察知も抜群らしい。

 危機回避能力も高いという。


 だが俺の魔法とスキルの前には無力。

 女を帰したバスチアンは、全く気付かず、超大型のベッドで「ぐうぐう」眠っていた。


 アマンダさんの言う通り、バスチアンは年齢が60歳手前くらい。

 短髪で、色黒。

 精悍な風貌をしていた。

 額には大きな傷跡がふたつほどある。

 身体は毛布に隠されていてはっきりしないが、多分鍛え抜かれているのだろう。


 さあて奴の部下の接近を考え、念の為、索敵の魔法を最大に。

 そして物音が外へ漏れないよう、防音の魔法も同じく最大にして発動する。

 これで、準備完了。


 万全の状態で、俺が腕組みをし、姿を現せば……

 ギャエルの言う通り。

 バスチアンは、熟睡していたのが嘘のように飛び起きた。

 おお、凄い。

 まるで敵襲を察知した、野生の獣みたいだ。


 起きたバスチアンは毛布の中で手を伸ばし、何かを掴んだ。

 多分、隠していた剣か何かの武器だろう。

 そして、俺を睨み付けて来る。


「貴様ぁ……何者だ!」


 バスチアンは大声で問い質すが、俺が答えるわけがない。

 代わりに魔法で答えてやった。


「束縛!」


「ぎゃう!」


 魔法の効果により、短い悲鳴をあげ、全身を硬直させたバスチアンは……

 持っていた得物を放し、あっという間に動けなくなった。


 固まったバスチアンへ、俺は淡々と言い放つ。


「おい、外道……これから俺の聞く事に答えて貰おうか?」


「うるせい! てめぇ、殺してやる!」


 さすが場数を踏んだ猛者。

 こんな窮地なのに、全然びびっていない。

 悔しそうに睨むバスチアンを、俺は冷え冷えとした視線で見据えたのである。

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