第12話「ありふれていても素敵な一日」
勉強とご飯の後……
子供達は遊びに徹する時間である。
前世と違い、ボヌール村の学校は午後がもう放課後なのだ。
一方、父兄として授業参観していたウチの嫁ズは殆ど仕事に戻った。
だが、何とか仕事の都合をつけ……
唯一残ったリゼットは引き続き、ベアトリスに憑依される役を志願した。
さてさて!
相変わらずボヌール村では、俺とクーガーが広めた日本の『昔遊び』が流行っている。
ケイドロ、だるまさんが転んだ、じゃんけん等々……
遊ぶ場所は例によって村の農地。
働いている人達の邪魔にならないよう、注意しながら……
俺とリゼットは子供達に混ざり、童心に帰って遊ぶ。
リゼットに憑依したベアトリスも子供時代に戻っている。
彼女にとって初めての遊びばかりであったが、シンプルなルールが殆どだから、すぐ覚えて楽しんでいる。
農地中を駆けずり回り、時には納屋や木陰へ隠れたり……
大きな声を出したり、無言で忍び寄ったり……
笑ったり、しかめっ面したり……
散々遊んでいたら、もう夕方となり……
ユウキ家を含め、村の子供達は徐々に帰宅し始めた。
それもその筈、太陽はもう、西の地平線へと隠れ始めたのだ。
今日も天気は快晴だったから、雲ひとつない空は、真っ赤になっている。
俺とリゼット、そしてベアトリスは、ガストンさんに頼み込んで見張り用の物見やぐらに上らせて貰った。
その間にも、太陽はどんどん沈んで行く。
俺もこの異世界へ来た時に感動したが……
物見やぐらから見える日没は、本当に壮大で幻想的な光景である。
まるで全世界が紅く染められ……
こうして……ありふれた一日が終わる……
転生した俺が、ボヌール村で暮らし始めてから、何度となく繰り返された普通の一日だ。
俺やリゼットはそういう感慨だが、ベアトリスにとっては『全く違う一日』であろう。
と、俺がつらつら考えていたら……
『ケン、リゼット、今日も……素敵な一日をありがとう!』
ベアトリスを笑顔で礼を言ってくれた。
皆さんは気付いただろうか?
俺は会った時から呼び捨てなのだが、嫁ズに対しても全く同じにようになったって。
ベアトリスはもう、嫁ズに対して、『さん』など付けない。
完全に気安い、親しい存在として、フレンドリーな呼び方をしているんだ。
まずはクッカの、半分悪戯ともいえる作戦が成功したのが大きい。
更に、昨夜の女子会で更に心の距離が縮まったのだろう。
但し、リゼットは相変わらず、ベアトリスの事を『様』と、尊称で呼んでいるけれど。
『こんなの、お安い御用さ』
『そうです! いつものボヌール村です』
俺とリゼットが、揃って答えると……
ベアトリスは、嬉しそうに笑う。
『うふふ、ケンとリゼットにとっては、村での平凡な一日だと思うけど……私にはとても充実した素晴らしい一日だったわ』
『そうか! 良かったな!』
『何よりですね!』
『ええ! 可愛い子供達へ勉強を教えて、一緒に楽しくご飯を食べて、その上、思いっきり遊ぶなんて未知の体験だった。とても素敵な思い出が、たくさんたくさん作れたの……』
しかし……
夕陽を見つめるベアトリスの表情は、徐々に暗くなって行く。
『ねぇ、ケン、リゼット……私もあの夕陽のように、まもなくこの世界を去って行くのね……』
『…………』
『ええっと……まあ』
俺は敢えて無言。
リゼットは言い難そうに口籠った。
すぐに、何か、言葉を戻したい……
しかし、上手い言葉が見つからない。
そんなリゼットの切ない気持ちが、俺に波動となって伝わって来る。
こんな時は、俺の出番だ。
俺はリゼットの肩を優しく叩き、ベアトリスへ向き直る。
『ベアトリス』
『なあに、ケン……』
『お前の言う通り、陽は沈む……だが、また昇るんだ』
『陽は沈む……だが、また昇る……』
『そうさ! 俺を見ろ! 一度死んで沈んだが、転生してまた昇って来た。明けない夜はないのさ……』
『明けない夜は……ない』
『ああ! 俺はそう信じている』
はっきり俺が言い切ると、傍らで聞いていたリゼットも頷き、同意する。
『そうです! 旦那様の仰る通りです! ベアトリス様! 私だって再び昇る事が出来ましたよ』
『リゼット……』
『旦那様と出会った日、私はゴブリンに襲われて死ぬ筈でした……でも! 生きて夢を叶えたいと、諦めず懸命に走った。だから、運命の扉は開いてくれた……』
『…………』
『ベアトリス様が遺されたハーブ園に巡り会ったのがきっかけで、旦那様に助けられ、大きな夢が叶いました……そして、幸せになれたのです』
憑依したベアトリスは、リゼットの記憶、経験、全てが実感出来る。
だから自分の本音を、ストレートにぶつけて来る。
『リゼット! 私だって貴女みたいに、運命の扉を開けて、幸せになりたいわっ!』
対して、リゼットもきっぱりと言い放つ。
『はい! ベアトリス様だって、諦めなければ幸せになれます! きっと扉が開きますよっ!』
『あ、ありがとう! リゼット……』
ベアトリスは熱く語るリゼットの言葉に、心を大きく動かされたらしく、目が潤んでいた。
そして、
『ケン! リゼット!』
感極まったのか、ベアトリスは俺達の名を呼んだ。
大きな声で。
そして強い意志の籠った眼差しで見つめて来た。
論より証拠。
一度死んで、転生した俺が今を生きている。
また、ゴブリンに襲われ死ぬ筈だったリゼットも……
生き抜き夢を叶え、人生を無事過ごしている。
先ほど叫んだ通り、自分も俺やリゼットみたいになりたい!
という、ベアトリスの強い感情の波動が伝わって来た。
俺は大きく頷き、更に告げる。
『以前に言ったよな? お前との素敵な思い出を抱いて、俺達は生きて行くって』
『ケンっ、リゼット! 私もそうよ! 昨日も今日も! 貴方達との思い出をしっかり心に刻んだわ!』
再び感極まったのか、叫ぶベアトリス。
俺は更に言う。
『ああ! 俺達はお前を絶対に忘れない……それに、お前とはまた会える。必ず再会出来る! そう信じてる!』
『そうですよ! ベアトリス様! 私も信じます、こうやって会えたのですから……また絶対に会えますよ』
俺とリゼットから、励まされ、ベアトリスはまた元気を取り戻して来たようだ。
再び明るい笑顔が生まれて来る。
よっし!
ここでベアトリスへ、素敵な情報を出してあげよう。
『聞いてくれ、ベアトリス。明日はもっと凄いサプライズが待っているぞ』
『え? 明日? もっと凄いサプライズ? 何それ?』
『内緒だ』
せがんでも、俺が教えないものだから、ベアトリスはリゼットに助けを求める。
『ええ~っ! そんなぁ! リゼット、お願い! 教えてっ!』
しかし!
もう俺とリゼットの間で、打合せは済んでいた。
しっかり箝口令がしかれていた。
『うふふ、ベアトリス様、残念ながら、内緒です』
『ああ~ん、ふたりとも、意地悪、意地悪です!』
高い物見やぐらの上で、夕陽に染まったベアトリスは……
俺達に甘えながら、再び、とびきりの笑顔を見せていたのであった。
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