第26話「さよならは言わない」

 俺は、リゼットに憑依した亡国の王女ベアトリスを、文字通りお姫様抱っこした。

 そして眩しい朝陽が射し込むハーブ園を、ゆっくりと一周した。

 

 大恋愛の末、結婚した熱々のふたりが……

 幸福のウェディングロードを歩むように。

 ベアトリスが大好きな、美しいハーブの花々が咲き乱れる、風景と香りの中を…… 

 彼女が、凄く喜んだのは言うまでもない。


『嬉しい! 嬉しい! 嬉しいよぉっ! 凄く幸せよぉ! 一生忘れないよぉ! 最高に幸せなのぉ! ありがとうっ! ありがとうっ! 旦那様ぁ……』


 うん!

 可愛い!

 甘えん坊タイプのお前は、やっぱり俺の嫁だ。

 それにここはベアトリスを、あの愛称で呼ばなくちゃ!


『ああ、ベアーテ、お前が大好きだぞ、愛してる!』


『ケン! わ、私も大好き! 貴方を愛してるっ!』


 ここで俺は急に思いついた。

 クラリスに、俺とベアトリスの出会いを……

 『奇跡の邂逅』を描いて貰う事を。


『そうだ! ベアーテ! 俺、良い事を考えたぞ』


『え? 良い事?』


『俺とお前の宿命の出会いを……クラリスに頼んで、素敵に描いて貰おう……奇跡の邂逅をな』


『え、えええっ!? ほ、ほ、ほ、本当!? わ、私も描いて貰えるの? 奇跡の邂逅をっ!?』


 目を丸くして驚くベアトリスへ、俺はきっぱりと言い放つ。


『ああ、本当だし、当たり前だ。お前は俺の大事な嫁で、かけがえのない家族なんだから!』


『わう! う、嬉しいっ!』


『ははは、そんなに喜んで貰えて俺も嬉しいよ』


『あ、ありがとう! す、凄く嬉しいわぁっ!』 


『おお! 奇跡の邂逅に描かれた、可愛いお前の絵をユウキ家に飾って毎日眺め、俺達家族はずっと帰りを待っているぞ』


『ずっと帰りを! わ、私の帰るのを、待っていてくれるのねっ!』


『ああ、お前が天へ行っている間に、絵は間違いなく出来ている。約束だ、早く帰って来い』


『うん! うん! 分かった! 約束するっ! すぐ帰るっ! う、嬉しいっ! ケ~ン! 嬉しいよぉ! 大好きよぉ! 大好きなのぉ!!! わあ~~~んんんっ!!!』


 感極まって、大泣きするベアトリスがとても愛しくなって……

 俺はまた、何度もキスをしてあげた。


 そして、俺の前世で、絶対守る約束を表す儀式……

 『指切りげんまん』も教え、しっかりふたりで小指も絡めた。

 

 憑依されたリゼットの気持ちも伝わって来る。

 大きく震える激しい波動が……

 どうやら……一緒に貰い泣きしているようだ。


 見守るクッカも同じく大泣き……

 従士達も無言……

 あのジャンさえ、ひと言も喋らない。


 俺は更に名残惜しくなって……

 リゼットに憑依したベアトリスをお姫様抱っこしたまま、ハーブ園をもう一周、ゆっくりゆっくり回った。

 

 そして元の場所へ戻ると、そっと降ろし、再び固く抱き合い、キスすると……ゆっくり放した。

 リゼットの身体を借りたベアトリスは、感極まったという眼差しで、じっと俺を見つめていた。


『あ、ああ……もう、思い残す事はないわ……旦那様、みんな。私……天に還ります……』


『…………』


『魂の私が抜けたら、リゼットがふらつくでしょうから、しっかり支えてあげて旦那様……』


 ベアトリスはそう言うと、再び身体を預けて来た。


『旦那様の胸に抱かれた温かさ……絶対に、忘れない。また会おうね! そしてお帰りって……そう言って、笑顔でベアーテを迎えて下さい』


『了解! ベアーテ! すぐボヌール村へ帰って来いよ、いつまでも待ってるぞ』


『ありがとう! ……大至急で戻ります、旦那様』


 リゼットから離れたベアトリスは、すぐ精神体となって現れ、俺達へ笑顔を向けた。

 まだ涙の跡が残っている。


 憑依状態が解除され、ふらつくリゼットを、俺はクッカへと預ける。


 俺は改めて決めた。

 言わない!

 絶対に!

 さよならの言葉を!

 別れは、告げないと!


 そして、必ず果たす再会の想いと誓いを……

 葬送魔法の言霊にも、はっきり籠めようと。


 まずベアトリスへ!

 そして、クッカ、リゼットにも、従士達にもそう念話で告げた。

 当然、全員一致で賛成だ。


 さあ!

 いよいよだ!

 ベアトリスを送ろう!


 暫しの間、熱い眼差しで俺を見つめていたベアトリスは……

 ゆっくりと跪き、目を閉じ、手を合わせた……


『じゃあ、行くぞ』


『お願いします!』


 俺は呼吸を整えた。

 魔法使いの呼吸法により、内なる魔力が湧き上がって来る。

 かつてレベッカが俺を見たように……

 自分の全身が輝いて行くのが分かる。


 やがて……静かな森に、俺の葬送魔法の言霊が、朗々と響き渡る。


「命のことわりを司る大いなる存在よ! 我が妻ベアトリスを一旦天に還す、大いなる御業みわざを我に与えたまえ! そして……我が下へ帰る道標も、我が妻へ与えたまえ!」


 俺から放たれた眩い波動が、ベアトリスをそっと包むと……

 彼女は「ふわっ」と宙に浮き上がった。

 

 いきなりの浮上を感じ、ハッとしたベアトリスは、空中から俺達を見た。

 そしてすぐにとびきりの笑顔を見せ、大きく手を打ち振った。


『大好きよぉ!!! 旦那様ぁぁ~~!!! クッカぁ!!! リゼットぉ!!! みんなぁ!!! ありがとうぉぉ!!! ベアーテは、絶対にぃ絶対にぃぃ!!! ボヌール村へ戻りまぁす!!!』


 大声で叫ぶベアトリスは、あっという間に空高く、舞い上がって行く!

 天に還る彼女の姿は朝陽に照らされ、眩く輝いている。

 まるで、先日4人で話した、東の空から元気に昇る太陽だ。


 俺達も負けじと!

 どんどん遠くへ離れるベアトリスへ、彼女の名を何度も何度も呼んだ。

 心で叫ぶのは勿論、はっきりと声にも出して。

 必ず果たせるよう、強い意思を籠めた『再会の言葉』を。 


『ベアーテぇ!!! ベアーテぇ!!! 嫁のお前が居ないと俺は駄目だぁ!!! 凄く寂しいぞぉ~~!!! すぐ戻って来いよぉ~~!!!』


『ベアーテ!!! 早く戻ってねぇ!!!』

『ベアーテ姉!!! いつまでもぉ!!! いつまでもぉ!!! 待ってますからぁ~~!!!』

 

 こうして……

 俺の10番目の嫁となった、亡国の王女ベアトリスは……

 ボヌール村の代名詞ともいえる、広大な紺碧の空へ……

 吸い込まれるように消えて行った……


 運命の出会いから、ほんの僅かな日々ではあったが……

 絶対に忘れられない思い出を残し、ベアトリスは天へ還った。


 でも……俺は信じる。

 いつの日にか、ベアトリスとの再会が叶う事を……

 

「ずっと待ってるぞぉ~~!!! ベアーテぇ!!!」


 俺は、再び広大な空へ呼び掛けた。

 

 だがもう、……あの元気な声の返事はない……

 ベアトリスが居なくなったハーブ園には、少し遠くで鳴く、鳥の声だけが響いていた……

 大切な家族を失った心が辛くなる……底知れぬ喪失感が押し寄せる……

 

 しかし、俺は負けじと更に大声を張り上げた。


「どこへ行ったって、お前は俺の嫁だぁ!!! 早くボヌール村へ帰って来~~いっ!!! 指切りげんまんして約束したぞぉ~~!!! きっとだぞ~~っ!!!」


 ベアトリスが消えた真っ青な空に向かい……

 「再会の願いよ、必ず届け!」

 と、俺は強くはっきりと呼び掛けたのであった。 


※『亡国の王女』編は、これで終了です。

 ご愛読ありがとうございました。


 この最終話を書き終えてから……

 何回も空を見てしまいました。

 冬晴れの澄み切った真っ青な空を……

 ベアトリスが手を振りながら、昇って行く姿が見えるような気がしました……

 

 もっともっと続きが読みたいぞ! とお感じになりましたら、

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 カクヨムコン参加中のこの作品が……

 更に、多くの方にお読み頂けるよう、応援して下さい。


 皆様のご愛読と応援が、継続への力にもなります。

 暫く、プロット考案&執筆の為、お時間を下さいませ。

 その間、本作をじっくり読み返して頂ければ作者は大感激します。

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