第25話「ベアトリスの告白③」

 ベアトリスは言う。

 俺との更に『強い絆』を。


『私には、はっきりと分かったの。貴方と出会ったのは……運命より強い宿命だって』


『…………』


『ケンが……貴方のご両親達の話をした事を憶えてる?』


『ああ! 憶えているよ』


『貴方は言ったわ。どんなに遠く離れていても、気持ちはちゃんとつながっている。俺はそう信じてる。だから寂しいけど、頑張ろうって気持ちになるんだ……って』


『うん! 確かに言ったぞ、その通りさ』


『私も同じ! 一旦とても遠い世界へ……遥かなる天へ旅立つけれど……』


『…………』


『ボヌール村から……しばらく離れてしまうけれど…………』


『…………』


『ケン! 貴方とは気持ちが永遠に繋がってる! そう信じてる!』


『ベアトリス……』


『どんなに遠く離れていたって! ふたりは絶対にまた巡り会える! 今なら、今の私なら! そんな強い気持ちになれるのよっ!』


『…………』 


『ケン! さっきのラノベの話も思い出して! あのヒロインは……クミカさんそのもの……すなわちクッカとクーガーよ!』


『お、おう……そうだな!』


『そうよ! でもね、クッカとクーガーだけじゃないわ、リゼットだってヒロインなのよ! 私ね! クラリスが描いた、奇跡の邂逅を全て見せて貰ったわ! 他の奥様達、全員もヒロイン! ケンは皆と素晴らしい宿命の出会いをしたのよ!』


『ああ……確かに運命の……いや、宿命の出会いだ』


『だから! わ、わ、私だって同じ! ケン! 貴方と宿命の出会いをしたわっ! そして遠くない未来に、クミカさんみたいな奇跡の再会を貴方とする! 絶対素敵なヒロインになれる!』


『…………』


 ラノベのヒロインみたいになって、転生し、再会した俺の嫁になる。

 ここまで言われたら……

 突き放せない。


 それに、ベアトリスの気持ちは分かる。

 単に、ハーブ好きの王女というだけではない。

 ひとりの女としても、『想い』をこの世界へ残してから逝きたいのだ。


 それにこの出会いが、管理神様の意思だとしたら……

 

 よし!

 この子を俺の嫁にしよう!

 気持ち良く旅立てるなら!

 

 それに、俺だってそうだ。

 

 自分では、意識していなかったが……

 改めて思えば……

 ここまで俺の事を愛してくれる、ベアトリスをとても好ましく思ってる。 

 

 もう二度と会えない……かもしれない。

 俺をここまで愛してくれるベアトリスが……

 目の前から居なくなると考えたら……

 

 出来れば行かないで欲しい……

 この世界から消えないで欲しいって……

 心の声が、かすれ震える。

 

 絶対に嫌だ! と、

 終いには大声で叫んでしまうんだ。

 

『ベアトリス、お前の気持ちは、良く分かった。とても嬉しいよ』


『え? とても嬉しいって?』


 俺が告げると、ベアトリスは虚を衝かれたかのようにきょとんとした。

 そんな仕草も、今の俺には愛しい……そう感じる。


『ああ、凄く嬉しい。俺もお前が好きだ。ひとりの魅力的な女性としてね』


『私が好き!? ひ、ひとりの魅力的な女性!?』


『ああ、お前は、俺には勿体ないくらい素敵な女の子さ』


『あ、あ、ありがとうっ!!! そ、それで……お願いというのはね、もうひとつあるの!』


『もうひとつ?』


『ええ……キ、キスをして欲しいの……』


『え? キス?』


『うん、本当は昨夜……抱いて欲しかった……言うのは凄く恥ずかしいけど……お嫁さんとして……ケンとひとつになりたかった』


 凄く勇気を振り絞って告げたのだろう。

 そう言うと、ベアトリスは顔を真っ赤にしてやや俯いた。


『そうか……』


『ええ、だけど……精神体の身体では無理でしょう?』


『あ、ああ、そうだな……』


『抱いて貰うどころか、この身体ではキスさえ出来ない……』


『…………』


 確かにそうだ……

 生身の人間と幽霊では、じかに触れあい、愛を確かめるなど出来ない。

 

『ケン……昨夜、改めてクッカ達と相談したわ』


 俺がクッカとリゼットを見やると、ふたりは頷いていた。

 

 ああ、そうだ!

 クッカだって女神の時、この世界では生身ではなく実体の無い幻影だった……

 だから今のベアトリスの気持ちが良く分かる!

 

 強い同情の波動が、傍らのクッカからは放たれていた……

 その隣に居るリゼットだって、クッカから話を聞いているから、心の底から理解出来るのだろう。

 

 そういえば俺が神様代理になり……

 異世界において、幻影状態でサキと出会った時だって同じだ……

 だから昨夜サキも、ベアトリスに同情して、応援したに違いない……

 そして多分、他の嫁ズも……同じ気持ちだろう。


 俺達から温かい波動を感じたのか、ベアトリスは安堵するように顔を上げ、そっと微笑んだ。


『やっぱり私は本気だと言ったら……みんなの……奥様達のOKは……貰ったわ……』


『そうか……』


『後はケンだけ……よ』


『俺だけか……』


 改めて相談とか、やっぱり私は本気……って、

 俺の嫁になる件は……

 思いつきではなく、嫁ズ全員とじっくり話をしていたようだ。

 

 そして、具体的な愛の告白方法も……


『ふたりでするキスは、私とケンの愛のあかし。ケンが私を受け入れる証……』


『証……』


『そう……リゼットの身体を借りた私に……優しくキスをして欲しい』


『…………』


『キスは唇が触れ合うだけじゃない、私とケンの心が触れ合い……憑依とはまた違う、魂同士が結ばれる絆にもなる……』


『…………』


『それに、貴方とするキスは……私……ベアトリスのファーストキスなの……』


 ファーストキス……そうか……

 分かったぞ、ベアトリス。

 遠慮なく、俺の胸へ飛び込んで来いっ!


 ここは男らしく!

 今度は俺から、プロポーズしなくては!


『よし! おいで、ベアトリス。結婚してくれ! 俺はお前の夫になりたい!』


『あ、ありがとう! ケン! い、いいえ! だ、旦那様ぁ!』


 俺がはっきりと意思を示し、プロポーズされて、とても嬉しかったのだろう。

 

 話は既に通っていたらしく……

 満面の笑みを浮かべたベアトリスは、リゼットに軽く一礼すると、すぐ憑依した。


 そして……

 リゼットの身体を借りたベアトリスは、俺に身体を預けるように抱きついて来た。

 

 俺の胸の中で、ベアトリスはゆっくりと潤んだ目をつぶり、唇を少しだけ開けた。

 

 こうして……

 新たな嫁となった可憐な亡国の王女に……

 俺は「そっ」とキスをしたのである。

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