狙われた白鳥編

第1話「報告」

 運命の出会いをした亡国の王女ベアトリスが……

 遥かなる天へ還り、俺は大きな大きな喪失感を味わった。

 

 いくら遠くない未来における再会を約束した、願ったとはいえ……

 俺にとっては世界で一番大事なもの……

 『かけがえのない家族』を失う事は最もダメージが大きい。


 ベアトリスが居なくなってから、俺は心に穴が開いたような時間を過ごした。

 ボヌール村名物の、真っ青に広がる大空を見上げる度に……

 彼女が俺を呼ぶ元気な声が、そして切々と愛を訴える声がはっきりと甦る……


 だが……

 辛かったのは俺だけではない。

 同行してくれたクッカ、リゼットを始め従士達は勿論、他の嫁ズもそうだった……

 このほんの数日の間にそれぞれが、しっかりと心の絆を結んでいたから。


 ベアトリスの存在を知らない、お子様軍団の手前……

 俺と嫁ズは、おおっぴらに悲しむ事は出来なかった。

 だが俺同様、嫁ズや従士達からは辛さに耐える波動がはっきりと伝わって来ていたのだ。


 そして……

 ベアトリスとの別れを報告しなければならない者がもうひとり居た。

 俺達と共に、ベアトリスへ前向きになる勇気と素敵な思い出を与えてくれた人……

 そう……

 王都の宿屋『白鳥亭』の女将アマンダさんである。


 何とか気持ちを取り直し、ベアトリスが召された1週間後……

 俺は、クッカとリゼットを連れ、王都へ赴く事にした。


 事前にジャンへ手紙を届けて貰い、経緯は全て伝えている。


 伺ったのは早朝……転移魔法で直接、白鳥亭の事務所へ。

 従業員に気付かれぬよう、扉を締め切り、防音の魔法もかけ、俺達は話し込んだ。


「と、いう事なのです……」


「そうですか……ベアトリス様はもう、この世には、いらっしゃらないのですね……」


 最初にお世話になった礼を述べ、更に俺達が詳しい話を伝えると……

 アマンダさんはとてもがっかりし、沈痛な表情で応えた。


 無理もない。

 彼女にとってベアトリスは、同じ趣味の者同士というだけではなく、亡き曾祖母の思い出をもたらしてくれた大切な友人だから。

 まさに一期一会であった。


 いつもと違い、やや俯き加減になったアマンダさんへ、俺は言う。

 少しでも力付け、励まそうと。


「はい、でも必ずまた会おうと約束しましたよ」


 俺に続き、クッカ、リゼットも追随する。


「そうです、再会の約束を」

「ええ、絶対に会うと約束しました」


「……必ずまた会おう……再会の約束……絶対に会う……」


 俺達3人が告げた言葉を、アマンダさんはゆっくりと復唱した。

 更に俺は、素晴らしいイベントがあった事も教える。


「それにベアトリスとは、旅立つ前に……結婚しました。彼女は俺の10人目の嫁になったのです」


「え? ケン様のお嫁さんになった? 幽霊のベアトリス様がですか?」


「ええ、アマンダさんはベアトリスに引き合わせる際、秘密をお話しましたから、転生した俺の出自を知っていますよね……」


「…………」


 俺が言うと、アマンダさんはじっと俺を見つめた。

 とても慈愛の籠った眼差しで。


「あの子は……孤独だった自分を俺に重ね、共感したのです」


「…………」


「憑依って……魂同士、心の内を見せあう事になります。そのせいもあって、ふたりの距離は、ぐんと縮まりました」


「…………」


 辛そうな表情のアマンダさんだったが……

 さすがに俺がベアトリスと『結ばれた事』を聞き、吃驚していた。


 まだ先日起きた事だから、はっきりと思い出す。

 5千年の時を経て、俺達家族と深い縁を結んだハーブの花が咲き乱れる中……

 俺とベアトリスは結婚したのだ。


「ベアトリスの一生の思い出になるよう、彼女が丹精込めて作ったハーブ園で式を挙げました。その上で天へ送りました」


「…………」


「クラリスには記念の絵を描いて貰いますし……俺達ユウキ家はいつまでも、彼女が帰るのを待っています」


「記念の絵……ベアトリス様が帰るのをいつまでも待つ……」


「ええ、それにベアトリスが遺してくれたものは大きいです」


「ベアトリス様が遺したもの……」


「そうです、いくつもあります」


 俺はそう言うと、記憶を手繰った。


 ハーブは勿論の事……

 限られた生を完全燃焼する事、

 けして諦めない事、そしてお互いを思い遣り、慈しむ事。

 

 元々、心がけていた事ばかりなのだが……

 ベアトリスとの別離により、改めて認識させられたと思う。


 俺の言葉を聞き、アマンダさんも頷いた。


「いくつも……ケン様、私もそうです。ベアトリス様からは、大切なものをたくさん頂戴しました」


「……たくさんですか、それは良かったです」


「はい」


 俺が微笑むと、アマンダさんもはっきりと返事をし、微笑んだ。

 更に俺は、ユウキ家全員で考えた事を伝える。

 

「ベアトリスの事を機に、俺達はボヌール村をハーブの村として、一層盛り立てて行くと決めました」


「ハーブの村として、一層盛り立てて行くのですか……」


「はい! せっかくベアトリスの知識やノウハウを受け継ぎましたから、村の為に役立てたい。そうすれば彼女も喜ぶと思いますので……」


「成る程……」


「まあ……おこがましいというか、ハーブのプロ中のプロであるアマンダさんがご覧になったら、まだまだなのですが」


「そんな……私はただのハーブオタクです。ケン様達のお考えは素敵だと思います」


「ありがとうございます! 他にもいろいろと考えていますから、頑張りますよ、俺達」


「応援しています、頑張ってください!」


 俺達の決意を聞き、アマンダさんは笑顔でエールを送ってくれたのである。

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