第16話「ベアトリスとの小旅行④」

 アマンダさんが何故、ベアトリスの故国ガルドルド帝国を知っているのか?

 話は、彼女がハーブ料理を学んだ経緯いきさつから始まった。


 早く早くと!

 疑問を知りたい気持ち満々のベアトリスは……

 相変わらず食い入るように、無言でアマンダさんを見つめていた。 

 

 一方、俺とクッカ&リゼットは引き続き、アマンダさんとベアトリスのやりとりを見守っている。


『ベアトリス様、私は幼い子供の頃から、いろいろな料理を作る事が大好きでした』


『…………』


『中でも、一番大好きなハーブ料理は、祖母と母から習いました。残念ながら祖母は既に亡くなりましたが、母は健在で私同様、アールヴの国イエーラで宿屋を営んでおります』


『…………』


『母は祖母から、祖母はその母から、その母はまた……歴代の女子全員、ハーブ料理を習い、我が家には代々受け継がれて来ました……お嫁に来た方もです……この私を含め、一族の女子は皆ハーブ命なのです』


『す、凄い! ……歴代ハーブ命って』


 さすがにハーブの話となり、ベアトリスはつい言葉が出てしまった。

 対して、アマンダさんも声に一層、気合が入るのを感じる。

 話は、徐々に核心に近付いているのだ。


『はい! 特に祖母の母……私にとって曾祖母そうそぼにあたる人ですが、この人がハーブに関して、歴代女子の中では知識も料理の腕も抜きん出ていたと聞きます』


『さ、更に! す、凄い方がいらっしゃったんですね?』


『はい! 凄いです! 話を聞く限り、曾祖母は私なんか足元に及ばぬほどの素晴らしい方です。人柄も含め、とても尊敬出来る方なのです』


『な、成る程……』


『曾祖母は良く、娘である祖母に話していたそうです』 


『…………』


『今はもう滅びてしまったが……かつてガルドルドという国があったと』


 アールヴはエルフとも呼ばれ、人間より長命な種族である。

 最低でも1千年から、大体2千年くらいは生きると言う。

 アマンダさんの3代前、ひいお祖母さんが生きていた時代なら……

 ガルドルド帝国は存在していたか、話くらいは聞いたかもしれない。


『じゃ、じゃあ! あ、貴女のひいお祖母様が! ガ、ガルドルドを知っているのっ!?』


『はい! 祖母によりますと、とても頻繁に、熱心に話していたらしいです』


『で、でも……何故!』


 ベアトリスは、まだ不可解なようだ。

 俺も同意見。

 

 百歩譲って、アマンダさんの、ひいお祖母さんがガルドルドを知っているというのは年代的に理解出来る。

 でも種族が全く違う人間の国の事を、「とても頻繁に、熱心に話す」というのは何か理由がある。


 そんな俺の疑問を、アマンダさんはすぐに解いてくれる。

 

『はい! 曾祖母はこう申していたそうです。ガルドルドという国には……大層、ハーブ好きな王女様がいらしたと』


『え!?』


 いや、ベアトリスだけじゃない。

 俺達もびっくり仰天だ。


 アマンダさんの、ひいお祖母さんが話す、ガルドルドのハーブ好きな王女って!?

 もしや!


 ベアトリスが驚き、俺達も続いて驚く。

 もうこのパターンの繰り返しだ。


『否、好きなどという言葉は、軽く超越していた……超が付くマニアだった。今で言えば……まさにオタクだと私は思います!』


『オ、オ、オタクって、何? どういう意味? アマンダさんっ!!!』


『はい! オタクとは……最近、この王都で流行っている言葉です』


『アマンダさん! 早く教えてっ、その意味を!』


『はい! お教え致します! オタクとは……崇高な文化を愛する者の事! 私の中では、ハーブ命という尊称です』


『え、えええっ!?』


『話を元に戻しましょう! ……その方は若輩ながらモノ凄い知識と、抜群の料理の腕をお持ちだった。高貴な王女様なのに……ハーブ料理だけは、王宮の料理人に任せず、自ら厨房に立ち、調理されていた……と曾祖母は申しておりました』


『あ、あう!』


『最後は、皿洗いまでして、周囲からは必死に止められるくらいだったとか……皿に残った香りを、くんくん嗅いで楽しむくらいに、ハーブ愛がとてもとても深かったとか……たくさんエピソードを残されたそうです』


『そ、そ、そ、それってぇ!!!』


 大声で叫び、派手に噛み、慌てふためくベアトリスだったが……

 まるで、とどめをさすようにアマンダさんは問いかける。


『その王女様って……ベアトリス様、多分、貴女様の事……ですよね?』


 もう確信していたのだろう。

 ベアトリスも、即座に答える。


『は、はいっ! それ、間違いなく! 私ですっ!!!』


『やはり、そうなのですか?』


『はい! アマンダさんのお話しされた通り、ハーブが大好きな、いえ! オタクな子です、私は』 


 話しているうちに、段々、落ち着いて来たのだろう。

 アマンダさんの質問に対し、ベアトリスは噛みながらもきっぱりと肯定した。

 だがなおも、アマンダさんは手綱を緩めない。


『残念ながら、王女様は若くして亡くなり、最早、私の夢は叶わない……曾祖母はいつも嘆いていたそうです』


『夢が叶わない? いつも嘆いていらした? ひいおばあさまが?』


『はい! ……マニア、いえ! オタク同士、その王女様と、思い切りハーブ談義がしてみたかった……というささやかな夢でした』


『え? ハーブ談義?』


『はい! 超が付くハーブオタクの曾祖母にそこまで言わせる方……私、はっきりと分かりました。ベアトリス様との出会いは運命です。亡き曾祖母の導きなのです』


『あ、あああ……』


 ベアトリスは、感極まっているようだ。

 発する声が言葉にならない。


 運命……確かにそうだ。

 ベアトリスとアマンダさんの出会いは、偶然とは思えない。

   

『さあ! 遂に私が……曾祖母の果たせなかった夢を叶える事が出来ます』


『アマンダさんが? ひいお祖母様の夢を?』


『そうです! ベアトリス様、貴女様には到底及びませんが、私もハーブオタクの端くれ! 存分に語り合いましょうっ! お時間が許す限りっ!』


 アマンダさんは気合の籠った表情で叫ぶようにそう言うと、一転、花が咲くように笑ったのである。

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