第15話「ベアトリスとの小旅行③」

「ぜひベアトリスと話したい!」

 

 アマンダさんにお願いされたので、俺はすかさず念話で報せた。

 ベアトリスと、憑依しているリゼットへ、そしてクッカへも。


 クッカとリゼットは、問題なし。

 アマンダさんと話して貰うのを、ベアトリス本人の意思に任せると言ってくれた。

 

 そして当のベアトリスは「ぜひ、会いたい!」と叫ぶように、俺の心へOKの返事を告げて来た。

 

 ベアトリスが感嘆するくらい、素晴らしいハーブ料理……

 「もし作った料理人と話せるものなら、話したい!」

 と、必ず彼女は熱望する。

 俺はそう考えていたが、やはり予想通りであった。


 俺とアマンダさんが食堂へ戻ると……

 テーブルいっぱいに置かれた料理の皿は、全てが『カラ』だった。

 

 何と!

 白い皿には、料理の痕跡さえない。

 前世地球のラーメンマニアが、残った汁を最後まで飲み干すみたいに、

『最高の完食』をしたようだ。


 クッカ達3人があまりにも凄い食べっぷりなので、俺はほんの僅か食べ、残りは皆でと譲ったけど……

 思った通り、とても喜んでくれたみたい。

 

 というのは、俺はもう何度か、アマンダさんのハーブ料理を食べている。

 しかし、リゼットとクッカは初体験。

 勿論、ベアトリスも……

 少しでも多く食べて、喜んで欲しかったからだ。


 既に3人は、食後のハーブティを飲んでいて、くつろぎタイムに入ってる。


 元々、白鳥亭にランチタイムはないし、現在食堂は閉められている。

 なので、他の客はほぼ来ない。

 

 従業員はひとりだけ受付カウンターに居て、あとは一時外出して休憩中。

 こうなると間違いなく、邪魔は入らない。

 アマンダさんとベアトリスは、存分に話せるというわけだ。


 さて、ベアトリスと話すには、一旦リゼットへの憑依を解いた方が良い。

 魂の波長を合わせ、直接やりとりした方が良い。


 俺が離れるよう告げると……

 リゼットに憑依したベアトリスは名残惜しそうに、ハーブティをひと口含み、するりと抜け出て来た。


 瞬間、リゼットはハッとし、まるで「我に返りました」という反応をする。

 うん、俺もベアトリスに憑依されたから分かる。

 何か、大事なものを失うような感覚になるんだ。


 こうして……

 アマンダさんは、空中に浮かぶ幽霊のベアトリスと正対した。

 ふたりの距離は3mくらい。

 魂の波長が合っているという事で、会話は当然念話だ。


 礼儀正しいアマンダさんは、先に深々と頭を下げる。


『ベアトリス様、初めまして、白鳥亭の女将アマンダです』


『こちらこそ、初めまして、ベアトリスです』


 ベアトリスも頭を下げ、丁寧に挨拶した。

 俺と会った時みたいに、所属を名乗らないのは、先ほど起こった博物館の出来事があったからだろう……可哀そうに……


 と、思った俺が見ていたら。

 お互いの挨拶が済んだ瞬間!

 「ぶわっ!」という表現がぴったり。

 凄い勢いで、ベアトリスが飛翔した。

 

 一目散に、アマンダさんへと迫る。

 そして超が付く至近距離でぴたりと止まった。

 ふたりの間の距離は、30㎝もない。


『あ、貴女の作ったハーブ料理がっ! と、とてもとても美味しかったのぉ!!! お、お願いっ! レシピを教えてっ』


 喰い付くように懇願するベアトリスの気持ちは、良く分かる。

 俺達だって、アマンダさんのハーブ料理には大感動した。

 初めて食べた時は凄く衝撃的だったし、今だって何度でも毎日でも食べたいと思うくらい。

 

 俺も、グレースもレベッカも、また自宅で食べたいと思い……

 いろいろ考えた末に頼み込み、アマンダさんの料理レシピを教えて貰っているのだ。


 しかし、初対面の相手にいきなり前振りもなく「レシピを教えろ」というのはずうずうし過ぎる。


 俺が思わず動こうとしたら、アマンダさんは手を少し挙げた。

 止めなくて良い……という意思表示だ。


『はい! 宜しいですよ、お教え致します』


 何と!

 幽霊が相手でも、全く動じず、アマンダさんは快諾。


 さすがに、俺、クッカ、リゼットは吃驚。

 初めて見る幽霊少女を怖がらないのは勿論だが……

 大事なレシピをあっさり教えるのは何故? どうして? 

 という文字を、はっきりと表情に浮かべてしまう。


 いきなりアマンダさんは、遠い目をした。

 何か、昔の話をするらしい。


『ベアトリス様、少々長くなりますが、私の昔話を聞いて下さいますか?』


『は、はい? 構いませんけど……』


 昔話って……

 アマンダさんは、一体何を話そうと言うのだろう。

 

 戸惑うベアトリス共々、俺とクッカが見守っていると、アマンダさんは過去を懐かしむような表情へと変わって行く。


『ケン様からお聞きしました。ベアトリス様はガルドルド帝国のご出身とか』


『は、はい……そうです……もう、誰も知らない国ですけど……ね』


 アマンダさんの質問に答えるベアトリスはやはり寂しげだ。

 しかし!


『いいえ!』


 アマンダさんは意外にも「にっこり」笑い、首を横に振った。

 予想外な相手の反応……

 見たベアトリスは、当然戸惑う。 


『え? いいえって?』


『ベアトリス様! 私、ガルドルド帝国を……存じ上げています』


『え? アマンダさん!? い、い、今! ななな、何て!?』


 アマンダさんがガルドルドを知っている!?

 ベアトリスだけじゃない。

 俺達だって、驚いた。


 だが、相変わらずアマンダさんは冷静である。


『私は、ガルドルド帝国を存じ上げています、そう申し上げました』


『ア、ア、アマンダさんっ! あ、あ、あ、貴女が! ガルドルドを知っているって! ……ど、どうして!』


 対して、ベアトリスは大混乱だ。

 一見、縁もゆかりもない他種族のアールヴ女性が何故、自分の故国を知っているのかと。

 

『はい、申し訳ありません。驚かせてしまいまして……今から理由をお話し致します』


 俺達の視線を一身に受け、アマンダさんはそう言うと、優しく微笑んだのである。

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