第14話「ベアトリスとの小旅行②」

 王都セントヘレナの街中を俺達は歩いている。


『う~』


 リゼットの身体から抜け、幽霊状態に戻ったベアトリスが空中に浮き、腕組みをしていた。

 不機嫌そうに顔をしかめ、悔しそうに唸っている。


『ううう、もう! やんなっちゃうわっ!』


 更にベアトリスは、巣ごもり前の栗鼠のように、頬をぷくっとふくらませた。

 完全にむくれている。


『あ~あ、何故そんなに憎み合ったのかな? 国が亡ぶほどの戦争をするなんて……はぁ……』


 そして大きなため息をつき、とても落ち込んでもいる。


 どうして、こうなったのか……

 理由は明らかである。

 俺と、クッカ、リゼットはベアトリスへ掛ける言葉が見つからない。


 時間は少しさかのぼる……


 植物園見学で大いに盛り上がった後、ベアトリスはこの王都にある博物館を見たいと希望した。

 先日、クラリスと見に行ったから、俺は勝手が分かる。

 なので即、皆を連れて行った。

 だけど……


『えええっ!? ケ、ケン、無いわっ! ガ、ガルドルドに関する展示物がっ!』


『そ、そうなのか? じゃ、じゃあ! 皆で探してみよう』


 俺達は全員で、博物館内をくまなく探した。

 だが……

 やはりガルドルド帝国に関する展示物はなかった。

 改めて思い出してみれば……

 先日クラリスと来て、見た時にもなかったと思う。

 もしあったら、ベアトリスに初めて会った時、心当たりがあった筈だから。


 しかし、そんな事を言っていても無意味だ。

 やるべき事は決まっている。

 ベアトリスの為に、即行動のみ!


『何か、理由があるのかもしれない。俺、聞いてやるよ』


 たまたま、学芸員らしき人が居たので、俺は呼び止め尋ねてみた。

 すると……あっさり事情が判明した。

 学芸員さんは少し記憶を手繰り、すぐ答えてくれた。


「ああ、確かにそういう国はあったらしいです」


「あったらしい……のですか?」


「はい。……ですが、ウチで所蔵している古文書によりますと……確か」


「…………」


「ある国と敵対関係に陥り、大きな戦争の末、敗戦。都など含め徹底的に破壊された……と、あります。痕跡もないほどに……国民は散り散りになったそうです」


「そ、そうなんですか……」


「ええ、古文書にそう記載があるだけで……展示しようにも何もなくて」


「成る程……ありがとうございました」


 という会話の末、何故、ガルドルドの遺物が展示されていないのか……

 理由が判明したのである。


 ガルドルドは何らかの理由で、どこかの国と存亡をかけた戦いをした。

 結果、敗戦し、国は徹底的に破壊された。

 逃げた国民もバラバラになり、世界の各所へと散らばった。

 当然追手からは身分を隠し、各地の他の民と人知れず同化して行ったのだろう……

 

 そして5千年以上の長い時が経ち、人々から忘れ去られて行った……

 今では……知る人も少ない……

 このような真相に違いない。


 俺と一緒に経緯を聞き、事実を知ったベアトリスはひどく落胆した。

 誰もが、自分達を覚えていない。

 歴史から、存在が消去されてしまっている。


 ベアトリスの死後、どんな事があったのか、記録にも残っていないから分からない。

 彼女には何か、思い当たる事があるかもしれないが……

 俺達は敢えて聞こうとは思わないし、もし知っても解決はもう不可能だ。


 もしベアトリスが議論を求めたら……

 彼女から原因と思える事象を聞いた上、起こった歴史の結果に対し、皆で推測し、無理やり納得するしかない。


 こんな時は、違う事をして気分転換するに限る。


『ベアトリス……美味い昼飯でも食おう』


『食べたくない……』


『おいおい、そんな事言わないでくれよ……俺が企画した、お前が絶対に喜ぶ元気の出る食事なんだ』


『ケンが企画した? 私が喜ぶ?』


『ああ、保証する! だから元気を出せ!』


『保証って……私が元気の出る食事って? それ……本当?』


『ああ、本当さ』


 幽霊のベアトリスではあるが……

 誰かに憑依すれば、味覚を含め、五感を得る事が出来る。

 食事を楽しむ事が出来るから。


 それに、いつまでもこうしていたって、ただ虚しいだけ。

 ベアトリスに残された時間はもう少ない。

 1秒たりとも、無駄には出来ないのだ。


 俺達はベアトリスを促し、次の場所へと向かったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『何、これぇ! す、凄いっ! 凄い! 凄い~~っ!!!』

「とても美味しいわっ! 何て素敵っ!」


 ベアトリスが大声で叫ぶ。

 もう機嫌は完全に直っているようだ。

 一方、ベアトリスに憑依されたリゼットも、同時に感嘆し、とんでもない勢いでガツガツ料理を食べていた。

 

 俺とクッカも美味い料理を堪能しながら、ベアトリスとリゼットを慈しみを籠めた眼差しで 見守っていた。


 もうお分かりだろう。

 「予想通りだね」と言われるかもしれない。

 俺が、ベアトリスを王都へ連れて来た理由わけを。


 そう!

 ここはもうお馴染みの白鳥亭。

 

 美人女将アマンダさんの作る、アールヴ特製のハーブ料理を、俺はぜひベアトリスに食べさせたかったのだ。

 素敵な思い出つくりの最大の目玉として。

 無論、クッカとリゼットも喜ぶから、一石二鳥どころか、一石三鳥を狙ってね。


 但し、白鳥亭はランチを行ってはいない。

 なので俺は妖精猫のジャンに頼み、急遽王都へ行かせ、『手紙』を届けて貰った。

 その場で手紙を見て、快諾してくれたアマンダさんに甘え、こうしてご馳走になっているという次第。


 これまでの付き合いで分かったが……

 アマンダさんは、とても『出来た女性ひと』だ。

 

 宿泊はしない、ランチだけお願いしたい……

 それも昨日の今日。


 本来、このような不可解で無理な頼みなど、断っても良い筈なのだ。

 でもアマンダさんは何も言わず、快く引き受けてくれた。

 とても助かった。

 感謝してもしきれない。


 頃合いを見た俺は、アマンダさんを促し、別室で話をした。

 

 この際、腹を割って話そうと決めたから。

 今回の事情、そして俺の能力をある程度話そうと。

 ちなみに、白鳥亭へ入る前に、ベアトリスは勿論、クッカとリゼットにも了解は得ている。


 今は存在しない……いにしえの国ガルドルド……

 亡国のハーブ好きな王女ベアトリスの幽霊を連れて来た……

 

 俺の話を聞いたアマンダさんは、不思議な事にあまり驚かず、優しく微笑んでくれた。

 「俺達家族には、絶対に何かある」と感じていたのか……

 それとも、人間とは違う、アールヴ特有の価値観なのかは分からないが……

 

 そして、アマンダさんはもっと意外な反応も。


 「ぜひ、ベアトリスと話したい」

 ……そう言ってくれたのである。

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