第5話「一緒に帰ろう!」

 俺はまず隠し身の魔法、続いて飛翔魔法を発動させた。

 自分だけじゃなく、ケルベロスとジャンにも、魔法を発動させている。

 ちなみにベイヤールは、ペガサスのように翼こそないが、自在に飛翔出来るから全く問題ない。


 そして、魂状態のベアトリスは「ふわふわ」とゆっくり上がって来る。

 俺は彼女にペースを合わせ、ゆっくり上昇する。

 全員、地上から300mほど上昇して、空中に静止した。

 

 思い起こせば……

 この異世界に来てから、何度も飛んだ。

 初めて飛んだ、クッカとの飛翔は……一生忘れないだろう。 

 その時は夜で、空には満点の星だったが、今は吸い込まれそうになる真っ青な大空だ。


 眼下には、燦々と輝く太陽に照らされた草原と点在する森……

 という光景が広がっている。

 当然、柵に囲まれた我がボヌール村も見えている。


 まるで箱庭のような下界を眺め、ベアトリスは子供のようにはしゃいだ。


『わぁ! 高い所から見ると、凄い!』


『だな! でも、だいぶ変わっただろう? ここいらは、はっきり言って田舎だから』


 俺の何気ないひと言は、失言だった。

 余計なひと言だった。


 ベアトリスの顔が曇りだしたから……


『ええ……全然、変わったわ。私の別荘の近くには結構大きな街があったし、小さな町や村も結構あった……5千年の間に皆、消えてしまったのね……』


 寂しそうに話すベアトリスへ、俺は沈んだ気持ちを変えようと、説明してやった。


『ああ、さっきも言ったが、ここはヴァレンタインという王国の最南端。オベールという貴族の治める地だ……ほら、街道の少し先に町があるだろう?』


『ええ、あそこね……』


 俺とベアトリスの視線は、エモシオンの町へ……

 草原を走る街道を南に行った場所。

 ボヌール村よりはずっと大きな町とその奥の丘に、ちんまりした白い石壁の城館がそびえている。


 だが……

 あまりにも自分が住んでいた時とは違う光景……

 寂しさから、みるみる元気を失くして行くベアトリス……

 

 そんなベアトリスを、何とか励まそうと、俺は一計を案じた。

 

 お前はひとりじゃない!

 と告げる意味で、俺の出自をカミングアウトするのだ。

  

 管理神様、許して下さい。

 この時代で、自分はたったひとりだけ……

 そんな孤独に染まり、絶望的な気持ちに陥りかけている、この子を元気付ける為なんです。


『…………』


 遂に無言になってしまったベアトリスへ、俺は言う。


『ベアトリス、聞いてくれ』


『…………』


 ああ、駄目か!

 反応なしだ。

 じゃあ、直球勝負!

 単刀直入に言おう。


『死んだ俺も、この世界へ初めて来た時、生前に住んでいた場所とはあまりにも違って吃驚したよ。今のお前のようにね』


『へ? な、何?』


 さすがに、ベアトリスは驚いた。

 目を丸くしている。

 信じられない言葉を聞いた、自分の耳を疑うように。


 そんなベアトリスへ、俺は更に言う。

 真面目な表情で。


『ベアトリスと同じだって言ったんだよ』


 はっきり告げたのに、ベアトリスはまだ信じられないらしい。

 再び、尋ねて来る。


『え? ケン、私と同じって何? 今、何て言ったの? 死んだとか、生前にって言った?』


 よし!

 ここで、ど真ん中に豪速球だ。


『ああ、確かに言った。実は俺、お前みたいに一旦死んだ』


『えええええええっ!!!』


 絶叫するベアトリス。

 不謹慎だが、驚愕する表情も可愛い。


 ここは、『おとぼけキャラ攻撃』が最も有効だろう


『あれ? 驚いた?』


『お、驚いたわよぉっ! 当たり前でしょ!』


 噛みつくように叫ぶベアトリスを、俺は華麗にスルー。

 しれっと、言ってやる。


『俺、転生者なのさ。死んでから、生まれ変わって、この世界へ来たんだよ』


『な、何、それぇ!』


 驚きっ放しのベアトリスへ、俺は笑顔を向けてやる。


『まあ、誰もが転生するとは限らない。だから気休めかもしれない。だけど……お前とは、またいつか会える。そんな気がするよ、ベアトリス』


『…………』


『だって、5千年の時を経て、こうして会えたんだから』


『…………』


 自分で言っておいてなんだけど……

 5千年の時を経て……俺とベアトリスは出会った。

 

 言葉で言うのはとても簡単だけど、何て不思議なのだろう。

 偶然?

 否、違う!

 運命というか、確かな絆を感じてしまう。


 だから、俺は聞いてやる。

 同意を求めて。


『ベアトリス、お前もそう思うだろう?』


 とうとう……

 俺のペースに巻き込まれたのか、ベアトリスは吹き出してしまった。

 幽霊王女は、面白そうに笑ってしまった


『あははっ、もう! ケンには呆れたわ……』


『へえ、そうか?』


『そうよ! でもケンは、私を吃驚させてばかりなのね。とても楽しいわっ!』


 やった!

 ベアトリスに素敵な笑顔が戻った。

 俺が、『自分と同じ』だと知って元気を出してくれた!


 よっし!

 じゃあ、帰還しよう。


『ははは! じゃあ説明しながら帰ろう。あそこがボヌール村だ』


『はいっ!』


『あの村に、ベアトリスを待つ俺の家族が居る』


『私を待つ?』


『ああ、俺は心で話せる。念話という。さっきその念話で連絡した。ああ、ひとつ訂正! 俺の子供達はまだ小さいから、幽霊のお前を紹介したら、怖がり大騒ぎになる』


『…………』


『だから……残念ながら伝えられないが、ウチの嫁達は皆、楽しみに待っている、お前の帰りを』


『私の帰りを……楽しみに待っている……』


『ああ、そうさ! 帰ろう、ベアトリス、俺達と一緒に!』


『はいっ!』


 大きな声で返事をしたベアトリス。

 彼女の碧眼は、嬉しさと期待できらきらと輝いていたのである。

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