第3話「意外な事実」

 ベアトリスは……

 俺と従士達へ『事情』を話し出した。

 ゆっくりと。

 それは、重く辛い話であった。


『私は16歳で……不治の病にかかってしまった。余命1年と言われたわ』


『…………』


『医術も魔法も全て手を尽くした、お父様とお母様が必死になって私を治そうと、お金など関係なく、ありとあらゆる最高の治療をしたの……でも……駄目だった』


『…………』


『生き延びる事を諦めた私は……療養していた帝都の王宮を出て、……王家の持つ私専用の別荘へ来た。お父様とお母様の目の前に私が居れば、日々衰えて行く姿を見せ、悲しませてしまうから……』


『…………』


『私の別荘は、帝都の王宮よりずっと大好きな場所だったの……子供の頃から、死ぬなら別荘が良いって決めていた』


『…………』


『このお墓のある場所を中心にして、ここら辺一帯は私の別荘の敷地よ。5千年経っているからかもしれないけど、すっかり様子が変わってしまっているわね』


 ベアトリスはそう言うと、懐かしそうに周囲を見渡した。

 一面の森を、愛おしく見つめたのだ……


 え? 

 ここが別荘!?

 さすがに、俺は驚いた。


『え? べ、別荘って!? この森が!』


『うふふ、今は建物も庭もない、ただの森よね……そして、何もないって事は……もしかしたら、違う国の違う地名になっているかもしれないけど……』


『…………』


『当時はね、洒落た白壁の別荘が建っていたのよ……とっても広い庭もあった』


『…………』


 衝撃の事実。

 この西の森は……

 ガルドルドの王女、ベアトリスの別荘だった……


 俺が軽く息を吐くと……

 ベアトリスは「にこっ」と笑う。


 幽霊だけど……

 心を読める俺には分かる。

 いつもの通り、相手の心の奥底までは読まないけれど……

 彼女の放つ波動、魔力波オーラで分かるのだ。

 この子は……嘘をついていないと。

 

 ベアトリスの話はとてもとても辛い……

 なのに……

 彼女は何とか、前向きに話そうとしてくれている……

 

 俺は凄く切なく、且つ申し訳ない気持ちになったが……

 ベアトリスに対し、何かしてやる為には、ある程度、彼女の話を聞くしかない。


 俺が話を続けるよう、目で促すと……

 ベアトリスは、優しく微笑み、話を続けてくれた。


『私の気持ちを知った、お父様とお母様は……最後の望みを叶えてくれた。私が死んだら、この別荘をそのままお墓にする事を決めた。別荘の建物の真下、地下深くに玄室を作り、私を葬り、魔法で封印するって……』


『…………』


『余命を知って、死ぬのは尚更怖かった。だから死後の想像はいっぱいしていたわ』


『…………』


『やがて……私は死んだ……一瞬だけ、意識がなくなった』


『…………』


『良く言うわよね。死んだら天に召され、魂は創世神様の下へ行く筈だって……』


『…………』


『でも違っていた。私の魂は、何故か身体に留まったままだった……身体の機能は全部止まったのに……そして、そのまま眠りについた……長い眠りに……』


『…………』


『眠っていた私は、何故か目覚めた。誰かに呼ばれたの……明るい男の人の声で……お~いって』


『…………』


 ん?

 明るい男の人の声が起こした?


『ベアトリスよ、目覚めなさ~い。そろそろ天へ還る時が来たよ~んって……もう5千年も経ったよ~んって……』


 そろそろ天へ還る時が来たよ~ん?

 もう5千年も経ったよ~んって!

 おいおい、もしや……


 俺は『ベアトリスを起こした超本人』が誰なのか、何となく分かったが……

 そのまま、黙って話を聞いていた。


『全然聞いた事のない声だった。何故、私の名前を知っているのか? とても不思議だった……』

 

『…………』


『起きたけれど、当然身体は失くなっていた。だから魂のみの私は……お墓の中で、ふわふわと飛びまわり、飽きたらまた眠った』


『…………』


『何回か、それを繰り返して、ある日……封印されている筈の扉が開いている事に気付いた……』


『…………』


『そしてこの穴を通り、地上へ出て来た……そういう事よ。生きていた頃の話は省略したけれど……それが全部』


『……成る程な』


 話を理解し、頷く俺へ、ベアトリスは呼び掛ける。


『ねぇ、ケン』


『おう、何だ?』


『私には分かるの……あと数日で私の魂は徐々に消滅するって……』


『ええっ!? そ、そう……なのか?』


 ベアトリスの魂は……あと数日で消える。

 しかし、ベアトリスは達観しているらしく、表情は明るかった。


『うん! 分かるよ、消えるって! でも大好きな場所も、もう一度見れたし、もう心残りはないわ』


『そうか……』


『大丈夫! 最後に創世神様が、私の望みを叶えてくれたのよ』


『望みが叶ったのか?』


『うん! それはね、ケン達に会えた事!』


 ベアトリスはきっぱり言うと、じっと俺と従士達を見つめている。

 そして今度は、悪戯っぽく笑う。


『だって、徐々に消滅なんて嫌でしょ? だからケンに、葬送魔法でカッコ良く送って欲しいの』


『…………』


『ケン、お願い! お墓に居る奴らを追い出したら、私を天へ送って』


 懇願するベアトリス……

 俺は彼女の望みを叶えてやる事に決めた。

 でも、ひとつだけ、確かめたい事がある。


『なぁ、ベアトリス……』


『ん?』


『ひとつ聞いて良いか?』


『ええ……良いわ』


『ベアトリスの大好きな場所って……どこだ?』


 そう!

 最後なんて言わせず、俺はベアトリスの大好きな場所へ、また連れて行く。

 彼女を喜ばせる!

 そう、決めていた。


 しかしベアトリスから出た答えは、俺にとって全く想定外であった。


『ハーブ園! この森にあるの、知ってる? 以前は庭の一部だったのよ』


『え? ハーブ園?』


『そう! 私ね、ハーブが大好きなの!』


『…………』


『庭師の爺やと、御付きの婆や、そして侍女達と一緒にい~っぱい植えて、一生懸命に世話をしたのよ!』


『…………』


『その後……病気になってから、ここへ来ても……頑張って世話をしたわ。……身体が全く動けなくなるまで……ね』


『…………』


 ああ!

 何と!

 何という……事だ。

 

 リゼットが見つけた、あの素晴らしいハーブ園は……

 自然に、出来たものではなかった。

 

 今、俺達の目の前に居る、若くして死んだ亡国の王女が丹精込めて、育て上げたものだったんだ。


 そのハーブ園のお陰で、俺とリゼットは出会い……

 ボヌール村へと導かれた。

 

 記憶を手繰った俺は……

 更に切なくなって、胸がいっぱいになって行く……

 

 ベアトリスの大切な『宝物』を、俺達家族は、しっかり受け継いでいた。

 そして彼女の遺したハーブは俺達家族へ、素晴らしい夢、未来への希望を与えてくれた。  

 たくさん、たくさん幸せを与えてくれたんだ!


 そう!

 俺達と、ベアトリスには運命の繋がりがあった。

 

 この出会いは、けして偶然じゃない。

 今度は俺が……

 否、俺達家族がベアトリスへ恩返しする、尽くす番なのだ。


『…………』


『ケン、どうしたの? 急に黙って……目が赤いよ? 泣いてる?』


 そんなベアトリスの質問を、俺は華麗にスルー。

 今度は俺から、きっぱり言ってやる。


『分かった! ベアトリス、お前の願いを叶えてやる、全てな!』


『本当? 嬉しい!』


『ああ、任せろ!』


 最後ともいえる自分の望みが叶うと知り……

 目を輝かせるベアトリスに対し、俺は大きな声で元気よく約束をしていたのである。

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