第28話「お子様軍団の決意」

 エモシオンを出て、暫く経ってから、改めて御者がレベッカから俺に交代。

 御者席の背中にある小窓から漏れて来る、愛する家族達の声を聞きながら、俺は馬車を走らせる。


 帰りの旅も順調だった。

 俺達は先を行く商隊の最後方で、「とことこ」のんびり走るだけだもの。


 天気も良いし、吹く風も爽やかだし……

 何も問題はない筈だった。

 途中までは……


 でも好事魔多し。


 俺の、そしてクッカ、クーガーの索敵魔法がまたも敵をキャッチしたのである。

 だが今度の敵は、人間ではない。

 魔物である。


 誰もが『最弱』と馬鹿にしがちではあるが、数が揃えば人間には結構な脅威となる。

 その敵の名とはゴブリン、数は70を少し超える……


 俺は念話でクッカ、クーガー、レベッカ、ミシェルへ同時に伝え、情報を共有する。

 段取りを確認し合うと、タイミングを見て、お子様軍団へ伝える事とする。

 

 俺は暫し、御者をクーガーと代わって貰う事にした。

 ベイヤールがけん引しているから、本当は御者なしで走れるけど、さすがにそれって変。

 タイミングを見て、馬車を止め、素早くクーガーと入れ替わる。


 こうして、馬車は一瞬だけ止まり、すぐまた走り出した。


 クーガーと入れ替わりで、また俺が馬車の車内へ入って来て……

 タバサとシャルロット、そしてフィリップが特に嬉しそうに笑う。

 3人に釣られ、レオとイーサンも白い歯を見せた。

 

 少しだけ雑談をし、いろいろ冗談も出て、お子様軍団が全員大笑いしたので……


「お前達、ちょっと良いか?」


 と声を掛けた。


「何、パパ」


 とすかさずタバサが聞いて来た。

 またもにっこり笑う。

 ああ、まるでお人形さんのような端麗な顔立ち。


 ああ、我が娘ながらタバサは可愛い。

 超が付くくらい可愛い。


「パパぁ」


 と、シャルロットも負けじと甘えた声で、身体を寄せて来る。


 うん!

 シャルロットは、タバサとはタイプ違いの金髪碧眼、少々小悪魔タイプだろうか?

 負けず劣らず可愛い!


 むうう、こんな可愛い天使たちを怖がらせるのは本意ではないが、仕方がない。


 俺は軽く息を吐き、


「ちょっと、深呼吸をしろ」


 と命じた。

 子供達が大きく深呼吸をしてから、俺は言う。


「良いか? 落ち着いて聞いてくれ……また敵なんだ」


「「「「敵!」」」」


 さすがに吃驚する、お子様軍団。


「敵……」


 話は聞いているのだろうが、まだピンとは来ていないらしいフィリップがワンテンポ遅れて繰り返す。


「ああ、俺とママ達の魔法で事前に察知した。約1㎞先にゴブリンの群れが居る。結構な数だ」


「ゴブリン!」

「怖い!」


 とタバサとシャルロットが言えば、


「俺、負けない!」

「そ、そうだ!」


 と、レオとイーサンが絞り出すように声を出した。

 そしてふたりとも腰に下げたナイフの柄を「ぎゅっ!」と握った。

 ちなみにこのナイフは、俺とレベッカが合作した例のものだ。


「商隊の魔法使いは、まだ気付いていないが……多分この前と同じ展開になるだろう。レオ、イーサン、戦う準備をしろ」


「はい!」

「はい、パパ!」


「…………」


 フィリップは呆然としている。

 おそらく、魔物と……いや、実戦自体が未経験だろう。

 でも念の為、


「フィリップ、一応聞く。まだ実際に戦った事はないな?」


「は、はい! 兄上、戦うどころか、魔物なんてまだ見た事も……」


「ならば馬車で待機して、レオ達と一緒に女子を守れ」


「は、はいっ!」


「よっし、フィリップ、良い返事だ。全員、改めて聞いてくれ。今度の敵は人間じゃない、魔物だ。人間と違うのは、相手は俺達を餌だと見ている。殺して喰う事しか考えていない」


「「「「「餌!」」」」」


 またも子供達が一斉に叫ぶ。

 今度はフィリップも一緒に声をあげた。


「レオ達は見ていたから分かるだろうが、この前は敵を全員殺さず、何人かは生け捕りにした。人間だからだ」


「「「「「…………」」」」」


 人間に対して、魔物に対して……

 それぞれの戦い方の区別なんて、まだ分からないかもしれない。

 子供達は無言で聞いていた。

 

 しかし、それで良い。

 少しずつ話を聞きながら、経験を積みながら、皆学んで行くのだから。


「ようは相手と状況を見て戦えという事。だけど相手の正体や意図が分からず、危険を感じたら迷うな。ママ達が殺されてから悔やんでも遅いぞ」


「「「はい!」」」


 うん!

 良い返事だ。

 男子達からは、凄い気合の波動を感じる。

 3人共、普段狩りくらいはしていたから、血がたぎって来たのだろう。


 と、思ったら、


「パパ、私達も戦う!」

「そう! 戦う!」


 と、タバサとシャルロットが力の入った声で叫んだ。

 多分、いつも守られるだけというのが、嫌なのだろう。


 俺は、愛娘ふたりの頭を優しくなでてやる。


「分かった! でも今回は俺達に任せろ。村に帰ったら戦い方を教える」


「はい、パパ!」

「教えて、パパ」


 うん!

 素直で良い子達だ。


 そうこうしているうちに……

 商隊護衛の魔法使いも、ゴブリンの待ち伏せに気付いたらしい。

 

 行きの時と同様、前方を行く商隊からは、ざわざわとした動揺の声……

 そして、対応を相談する切迫した声が、混在して聞こえて来たのだ。


 二度目とはいえ、緊張する我がお子様軍団。

 そしてフィリップは初めての体験。

 エモシオンでは近年平和が続いてる。

 城館では『敵襲』なんて経験がないだろうから。


「あ、兄上!」


 新たに襲った恐怖からか、

 フィリップがいきなり、「ひしっ!」と俺にしがみついた。


「男の子なのに情けない!」なんて、言わないで。

フィリップは、僅か6歳なんだから。


 俺はフィリップを優しく抱き締め、告げる。


「大丈夫! フィリップ、皆が居る。こんな時こその家族であり、仲間だ。全員で力を合わせて、乗り切るんだ」


「……うん」


 俺の胸に顔を埋めたまま、フィリップは頷いた。


 大丈夫!

 大人の階段を上ったお前だ。

 こんな階段、また簡単に上れるさ。


 俺はフィリップを抱く手に力を入れる。


「良いか? いずれ、お前が一人前に戦えるようになった時、大好きな人をしっかり守ってやるんだ」


「はい! 兄上!」


 今度はしっかりと顔をあげ、フィリップは返事をした。

 俺を真っすぐにみる眼差しには、彼の強い意思が宿っていたのであった。

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