第29話「戦うか、否か」
馬に乗った男がひとり、停止した俺達の馬車の傍に居る。
商隊の護衛を務める、冒険者クランのメンバーだ。
男の表情は……申し訳なさそうというか……
はっきり沈痛と言って良い。
「ケン様、また……敵の襲撃がありそうです……今度は魔物かと」
先に俺から伝えているから、子供達は騒ぎこそしなかったが……
改めてメンバーから魔物と聞き、表情を硬くしている。
しかし俺達家族はもう、襲撃の察知は勿論、状況も完全に把握していた。
でも、それは内緒。
お子様軍団にも口止めしてある、家族だけの秘密。
だから、いかにも驚いたように俺は聞く。
「おいおい、今度は魔物か?」
「はい……ですが、相手の正体が何かは、今のところ不明です。強力な奴かもしれません。あと言い難いですが、数も相当居ます……行きの際に襲って来た人間の比ではありません……ざっと4倍近くかと」
「おお4倍?……じゃあ少なくとも50か60は居るか? むむ、相当やばいな」
「ええ、我々も上位ランカーですから、それくらいの数なら多分……負けはしません。だが……まったくの無傷では済まないでしょう」
負けはしないが、無傷では済まない。
つまり全滅はないが、大きな怪我も覚悟しろ。
下手をすれば、『犠牲者』も出るやもしれない。
だから事前に伝えておきますよ。
……そういう事だ。
「成る程……」
これらのセリフで、今回の護衛を担う、冒険者クランの性格が分かる。
自分達の実力を、いたずらに盛ったりしない。
下手に嘘を言って、相手をぬか喜びさせない。
厳しい現実を、はっきり言うタイプなのだ。
まあ、カルメンの仲間だけあって……誠実と言って良いクランである。
そして、メンバーは一番大切な要件を切り出して来る。
「不安がらせるような事ばかりお伝えして、心苦しいですが……ぜひ今回も助力して頂ければと。ウチのリーダーもそのように申しております」
俺の答えは、もう決まっている。
だから即答してやる。
「分かった、今回も加勢しよう」
「おお、それはありがたい! いつもいつもで申し訳ないですが、ケン様、何卒宜しくお願い致します」
メンバーは喜びに顔をほころばせた。
何度も何度もお辞儀をすると……
馬を駆って去って行った。
という事で……
やはり行きの時と同じメンバーがやって来て、俺に加勢を頼んで来た。
当然了解したが、子供達の顔は青ざめている。
俺が魔法で見抜いたり、前回の戦闘で仲良くなり、リーダーから聞いて再度認識したのだが……
現在同行している冒険者クラン所属の魔法使いは、俺達ほど精度の高い索敵魔法を使えない。
今回も、結構な数で構成される魔物の襲撃という『事実』だけは察知出来た。
だが、相手の種類、正確な数など、状況が完全に把握出来ていない。
その為、使いの男は危機感いっぱいな様子で、依頼に来たのだ。
確かに冒険者は10名、魔物が70~80では圧倒的に敵が有利だ。
相手も分からないのに、自信満々で「大丈夫勝てますよ」と言い切る方がおかしい。
「油断をするな」という戒めもあるに違いない。
冒険者も襲撃者がゴブリンだと知れば、このように警戒はしない。
彼等は、相手がオークまたはオーガの可能性もあると想定して、あのように緊張したのだ。
俺だって敵がオーガとか、それ以上の強さを持つ魔物だったらこんなに悠長には構えない。
さすがに逃げはしないが、先に魔法か何かで手を打っている。
今回はじっくり考え、今迄の経験に照らし合わせ、嫁ズとも相談した。
冒険者と一緒に戦って勝てる!
そう判断した。
子供達だって事前に襲撃を知り、戦いを覚悟をした。
だが鬼気迫った真剣なクランメンバーの表情を見た子供達、特に女子達は絶望に近い不安に陥ってしまったようだ。
「パパ! やっぱり駄目、本当に行っては駄目!」
「逃げよう、パパ!」
と、タバサとシャルロットが必死に俺を引き止めれば、
「いや、逃げない! あの人達を見捨てちゃいけない! パパは戦う! 俺達も戦う!」
「そ、そうだ! 戦うんだ」
と、レオとイーサンが叫んだ。
男子組のママ、クーガーとレベッカは性格的に凄く嬉しいのだろう。
頼もしそうに、我が息子を見守っていた。
「…………」
そして、子供達の中で唯一、黙っているのはフィリップ。
どうやら、俺が何と言うのか、どう判断するのか気になるらしい。
じっと俺を見つめていた。
意見がまっぷたつに分かれたか……
よっし、じゃあ俺の答えを言おう。
それは……
「うん! 女子の気持ちも男子の気持ちも分かる。状況によってはどっちも正しい」
「「「「え?」」」」
俺の解答が意外……だったのだろう。
子供達は呆気に取られていた。
微笑んだ俺は、話を続ける。
「こういう場合、考え方と状況の判断による。これは俺の基本的な考え方だが……一番大事なのは、お前達家族なんだ」
子供達は、挑むような眼差しを投げかけて来る。
納得のいく答えが欲しい!
そんな気持ちが現れていた。
じゃあ言おう。
まずは、女子の気持ちを肯定した答えである。
「もう逃げるしか方法がない、そうじゃないと家族を助けられない……そう判断したら、あの人達を置いてでも逃げる。お前達の命が助かるのなら、俺は悪者にでも何でもなる」
「…………」
タバサとシャルロットは当然納得し、頷いていた。
一方、そんな俺の言葉に対し、納得、理解出来ないのであろう。
睨んで来るのはレオとイーサン。
小さな身体が、大きな正義感に満ち溢れている。
嬉しくなった俺は、今度は男子の気持ちを肯定する。
「だが! 戦って切り抜けられる! 考え抜いて決めたら戦う。今回の敵を考えて、俺とママ達は家族が無事で戦いにも勝てる、そう判断した」
子供達は、女子も男子も全員黙って見つめていた。
俺は微笑み話を続ける。
「今一緒に居る商会の人達はボヌール村の商品を買い、クラリスママの絵を認め、俺達の生活を支えてくれる。そして冒険者達はカルメンと親しい仲間だ……助けようと思う」
「うん! 助ける! やっぱり俺のパパだ」
「そうだ!」
レオとイーサンは満足そうに拳を突き上げた。
今度はタバサ達が顔をしかめていた。
そしてフィリップは……どっちともといえる表情だ。
俺は子供達の様々な気持ちを受け止めながら……
戦いの準備を始めるよう、家族全員へ指示をしたのであった。
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