第25話「大人への階段②」

 俺には分かる。

 多分フィリップは、自分の気持ちを持て余しているのだろう。

 パパとママは大好きなのに、つい意地になるって感じで……


「フィリップ、お前、少し会わないうちに、話し方が大人になったと思ったら、気持ちも大人になって来たんだよ」


「え? 僕が大人に?」


 不思議そうに尋ねる、フィリップ。

 やはり間違いない、俺には分かった。

 彼は大人への階段を、しっかり上り始めたのだと。


「ああ、俺にもお前と同じ時があった。親と一緒に外出するのが、恥ずかしいなって思う時期がな」


「え? ど、どうしてそれをっ! あ、兄上にもあったのっ!?」


 俺のズバリな指摘に対し、フィリップは凄く反応した。

 やっぱり、案の定だ。


「うん、あったぞ」


「そ、そうなんだ……」


「ああ、俺はな、小さい頃、父と母が離婚。つまり結婚をやめて別れたんだ。俺は母に引き取られ、母と、母の祖父母……おじいちゃんとおばあちゃんに育てられた」


「…………」


「話を戻すと、俺も今のお前より、もう少し後の年齢になってから、そうなった。母親に誘われても、一緒に出掛けるのを断っていたもの。祖父や祖母に対しても同じだ」


「…………」


 フィリップは、黙って俺の話を聞いていた。

 

 でも今迄と違い、ホッとしている。

 このもやもやした気持ちが、けして自分だけじゃなかったと知り、ようやく安心したのだろう。

 表情が明るくなって来た。


 俺はここで首を振る。

 親と一緒に居たくない、出かけたくないって……

 大人になる際に出る、仕方のない感情なのだけど、こだわり過ぎちゃいけないって。


「でもな、そんな気持ちはつまらない事さ。意地を張り過ぎた馬鹿な俺は、母と一緒に出掛ける機会がどんどん減って行き、気が付いたら全然なくなってた」


「…………」


「……やがて母は重い病気に掛かり、亡くなったんだ」


「え? 兄上のママが?」


「ああ、呆気なく死んだ。死ぬなんて全く思っていなかった。人間はあっさり死ぬんだと初めて知った」


「…………」


「俺はな、優しい母が大好きだった。居なくなってみて初めて分かった。凄く……後悔したんだ」


 ……そう、母は俺が大学に入ってから、まもなくして死んだ。


 死んでから、俺は大いに悔やんだ。

 大恩ある母に対し、何も報いなかった事に。


 それだけじゃない。

 信じていた父から裏切られ、息子の俺を一生懸命育てる事に人生をささげ、あっさり亡くなった母が、とても哀しかったから……


 俺は遠い目をして、今は亡き母を思い出していたのである。

 話を聞き、黙っていたフィリップが、ぽつりと言う。


「兄上……凄く後悔したの……ですか?」


「ああ、したよ。フィリップ、聞いてくれ。こういうことわざがある。親孝行したい時には親はなしってな……まさに俺の事さ」


「…………」


 幼いから諺の意味が理解出来たか、分からないが……

 自嘲気味に語る俺を見て、何かを感じたのだろう。

 フィリップは、再び黙り込んでしまった。

 結構なショックを受けているのかも。


 でもこれは、しっかり伝えないといけない。

 だから俺は、話を続ける。


「今でも思うよ、もっと母に優しくしていれば良かった。生きているうちに親孝行しておけば良かったなぁって」


「…………」


 フィリップはじっと俺を見つめていた。

 俺が、自分の両親の話を、この子にするのは初めてだ。

 じっくり聞こうという気になっているかもしれない。


「俺自身、親になったから余計にそう感じる……今は亡き母へ、タバサ達、可愛い孫の顔を見せてあげられたら、きっと喜ぶだろうってな」


「…………」


「お前だってそうさ。俺には、こんなに可愛い弟が出来ましたよって言ったら、凄く喜んでくれた筈さ」


「ぼ、僕が!? 可愛い弟?」


 フィリップは想像したのだろう。

 俺が自慢気に、自分を紹介してくれる姿を。

 嬉しそうに微笑んでいる……


「ああ、そうさ! だから残念なんて言うな」


「…………」


「今日という日はな、お前にとって素敵な記念日だったと俺は思う。素晴らしい親孝行をした日なんだ。絶対に忘れちゃ駄目だぞ」


「…………」


「父上と母上とお前、3人で手を繋いで堂々と町を歩くなんて、いろいろと制約のある領主の息子には滅多に出来ない事だ」


「…………」


「お前が大人になったら、良き思い出となり、かけがえのない宝物になる筈さ」


「宝物……」


「ああ、素晴らしい宝物だ! 例外はあるけど……人間はな、基本的に年を取った者から順番に死んで行くんだ。父上と母上はお前より先にこの世を去る……二度と作れない思い出は大切な宝物なんだ」


「…………」


「今言っても、全部理解出来ないかもしれない。けれど、俺はお前に……辛い思いをして欲しくない」


「…………はい」


 最後に俺の想いを伝えると、フィリップは分かってくれたみたい。

 いつもと違って、小さい声ながら、肯定の返事をしてくれたから。


 でもフィリップには、まだ悩みがありそうだ。

 魔法使いの俺には、彼から伝わって来る波動で分かる。

 実はこちらが、俺が最初から感じていた事なんだ。


「よし! この話はおしまい。だがフィリップ、もうひとつ、あるだろう?」


「え? も、も、もうひとつ?」


 俺がにこっと笑うと、何故かフィリップは慌ててしまったのである。

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