第26話「大人への階段③」

 さあて!

 可哀そうだけど、これこそ単刀直入に言ってやろう。

 

「ああ、タバサさ」


「ええええっ!?」


 俺がズバ~ン! と超が付く豪速球を投げ込むと、フィリップは目を真ん丸に。

 唇がわなわな震え、顔もみるみるうちに真っ赤に……


 やっぱりビンゴか。

 フィリップは……タバサを好きになったんだ。


 きっかけは、最初の挨拶の時だろう……

 緊張し、あがっていたフィリップを、タバサがすかさず助けた。

 さりげないフォローが、彼の心へ「ぐっ!」と来たに違いない。


 親馬鹿だけど……分かる!


 タバサはクッカ似で金髪碧眼の美少女。

 凄く可愛いし、まじめで頭も良い。

 いろいろな才能にも溢れてる。

 リーダーシップに優れ、しっかり者で弁が立つ。

 

 それでいて、性格も最高。

 クーガーとカルメンの件でも、優しさと気配りを見せた。


 もしも俺が同世代の男子だったら、絶対に惚れてる。

 いや!

 シャルロットやララ、フラヴィに惚れないってわけじゃない。

 それぞれタイプが全く違うから。

 

 俺が言う意味って、タバサは一歩先に、『大人』になったって事。


 ほら、女子は……男子より成長が早いというじゃない。

 好みのタイプというよりも、そんな大人っぽい、しっかり者の女子に憧れる初恋とか、貴方には経験ない?

 

 これって、良くある話だもの。

 俺とクミカが、まさにそうだったから。


「ははは! タバサなら、お前が好きになるのは分かる。でも……駄目だぞ」


「あわわわ……」


 俺からきっぱり言われ、フィリップは激しく動揺した。


 え?

 別に良いじゃないか、って?

 幼子おさなごの、恋路を邪魔するなって?


 仰る通り。

 でもね。

 俺がタバサ命の鬼父親で、単に彼女を嫁にやりたくないって事じゃないんだ。

 別の理由がちゃんとある。


 だけど俺が指摘する前に、ブレーキは別の人からしっかり掛けられていたみたい。

 それは、


「は、はい! は、母上からも、兄上と同じように言われましたっ! タバサちゃんを素敵だなぁって言ったら……結婚は絶対に駄目って」


 おお、イザベルさん、グッジョブ。

 俺は微妙な顔付きをして、頷く。


「うん、母上の言う通りだ。理由は簡単。義理とはいえ、お前は俺の弟。タバサは俺の実の娘だろう?」


「は、はい……そうです」


「つまりお前はタバサの叔父にあたる。血は繋がっていないが、ヴァレンタイン王国の法律では叔父と姪の結婚が出来ないのさ」


「…………」


 そう、叔父と姪は3親等。

 たとえ、血は繋がらなくとも、このヴァレンタイン王国で定められた法律では結婚が不可なのだ。


「分かっているだろうが、シャルロットもお前と血が繋がっている姪だから、結婚は当然駄目。という事で、今のうちに言っておくけど、俺の娘は全員が結婚相手の対象外だから……惚れるなよ」


 血縁をフィリップには内緒にしている、ソフィの娘ララの事もある。

 俺は念の為、予防線を張ったのだが、フィリップは大きなショックを受けたようだ。


「うう……辛いです。タバサちゃんは可愛いから。でも兄上、この不思議な気持ちって一体?」


「うん! それがお前の初恋だ。今日はやっぱり記念すべき日なんだよ」


「は、初恋!? な、何ですか、それ?」


 呆然とする、フィリップ。

 まだ6歳だから、恋も何も知らないんだ……

 俺はつい微笑ましくなる。


「ああ、人を好きになる気持ち。それを恋と言う。初めてだから文字通り、初恋だ」


「うう……初恋」


 はは、フィリップ。

 お前今日、三段跳びくらいで、一気に階段を駆け上がり、大人になっているんだ。

 恋をした日に、いきなり失恋じゃあ、とても辛いだろうが……頑張れよ。


 心の中で、エールを送った俺は、フィリップを励ます。


「いきなり駄目になって辛いだろうが、これも素敵な思い出だ。魅力的な女子は他にもたくさん居る。頑張れ、フィリップ」


「ううう……」


 犬のように唸り続けるフィリップへ、俺もネタばらしをしてやる。

 初恋をしたのは、けして自分だけじゃないって、安心させてやる為に。


「お前はもうすぐ7歳か。ちなみに俺の初恋は5歳だった……」


「え? 5歳? 僕より早い! そ、それで、兄上の初恋はどうなったのですか?」


「それはな……おっと! 今はまだ秘密……ボヌール村でじっくり教えてやろう」


 うん!

 そろそろ今夜の話をクロージングしよう。


 例のボヌール村留学の話は、まだフィリップへ伝えてはいないのだ。

 俺から直接伝えるようにと、オベール様達からは言われていた。


 教えるタイミングとしては、今が最高である。

 でもフィリップには、まだ話が見えない。

 可愛らしく、首を傾げる。


「え? 兄上? ボヌール村で教えるって?」


「ああ、フィリップ。お前さえ良ければボヌール村へ連れて行く」


「ほ、ほ、本当ですか!?」


「うん、もうお前の父上と母上のOKは取ってある。1か月くらいボヌール村の、俺の家で暮らしてみないか?」


 またも目を丸くするフィリップ。

 例えで言っても絶対に理解不能だろうが……

 いろいろな話を聞いた今夜の彼は、上がったり下がったり無理やりジェットコースターに乗らされているようなものだろう。


「きゅ、急な話で驚きました……」


「ははは! 俺の子供達と今日みたいに勉強しながら、働きもする。いっぱい遊びもする。村の生活をたっぷり体験するんだ」


「わぁ! す、凄い!」


「前もって言っておくが、お客さんにはしない。容赦なく、こき使う。暮らしは今よりはだいぶきついし、食べ物も質素だ。これは食べられないなんて、好き嫌いを言ったら、俺が怒るし、ドラゴンママもゴオッと火を噴くぞ」


 俺の説明を聞いて、やっと話が見えたようだ。

 フィリップは嬉しそうに笑う。


「あは!」


「でも、村の暮らしは、間違いなくお前にはプラスになる。どうだ?」


「行きます! 絶対に行きます!」 


 即座にOKし、身を乗り出すフィリップ。

 そして、


「兄上、ありがとうございます! 宜しくお願いします!」


 誰が見ても文句なしと、太鼓判を押すくらい……

 大人への階段を上ったフィリップは、しっかりと礼を言っていたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る