第5話「察知」

 俺達のエモシオン行きは通常、ボヌール村を出て、途中で転移魔法を使っていた。

 すなわち、魔法により行程の途中を大幅にスキップしていたのだ。


 転移魔法の到着地点は、死角になる場所を選んでいるとはいえ、エモシオン正門のほんの目と鼻の先……

 さすがにそんな所では、敵とか賊は居ない。

 それ故、昔のように……

 旅の道中、俺達が魔物、山賊や強盗、追いはぎに襲われるなんて殆どなかった。


 加えて、最近は、新たにオベール家副従士長となったカルメン・コンタドール姉御率いる精鋭部隊が、街道沿いを念入りにパトロールしていた。

 だから宰相の俺は、敵の出現が著しく減っていたと報告を受けている。


 しかし、魔物は自然繁殖に加え、謎めいた異界から無限に湧き出るという。

 それに人間の賊だって、湧き出る魔物と一緒でゼロにはならない。

 本来持つであろう、人間の『誠実さ』を信じたい俺にはとても残念な話だ。


 なので、御者席の俺は周囲を警戒しながら進んでいる。

 索敵の魔法を発動しながら……


 この索敵魔法をユウキ家で使えるのは、俺、クッカ、クーガー。

 まずレベル99の俺は、今迄の経験もあり、もう完璧に使いこなす。

 数キロ離れていても、敵の存在をキャッチする。


 クッカ、クーガーは、女神、魔王から人間に転生した事により、以前よりだいぶスケールダウンしたが……

 上位魔法使いくらいの能力は有していたので、結構なレベルの索敵魔法を使いこなせる。

 俺が不在でも、敵襲を事前に察知出来るのは大きい。

 ちなみに魔法使い見習い中のサキは、まだ索敵を未習得である。


 今回のエモシオン行きは、商隊について行く『まともな旅』をしていた。

 いつものように、転移魔法は使わない。

 だから、敵に襲われる可能性は大いにある。


 そしてこういう時には……やはりお約束と言うか、人間の賊の襲撃があったのである。


 まず俺が、街道の先で待ち伏せしている賊の存在をキャッチした。

 家族を驚かせない為、まずは念話でクッカ、クーガーへ伝える。


『お、敵だ』


 こんな時、クッカ、クーガーは慌てない。

 人間は勿論、人外も含め、もういろいろな敵と戦って、百戦錬磨であるから。


『ああ、そうですね』


 とクッカが言えば、クーガーも、


『うん! 確かに待ち伏せしているな』


 ふたりの言葉を聞いた俺は、更に索敵の精度を上げる。

 敵の……詳しい情報が入って来る。


『距離はここから約3キロ先、人数は約20人。剣やメイスで武装している、弓矢も持っているな……多分傭兵崩れか、元冒険者だ』


 こんな場合、俺達家族だけであれば、悪即斬。

 直接手を下さなくとも、奴らを魔物が居る場所へ、逆転移魔法で放り込めば済む。


 しかし今回は王都の商隊&冒険者クランと一緒の旅。

 大事な子供への『教育』もある……

 凶暴な敵が跋扈する、この世界の厳しい現実を教えておかなければいけない。


 まだ幼い子供に殺し合いを見せるの?

 ……という非難はあるかもしれない。

 しかしここは俺の前世ではなく、異世界。


 自分の目の前で母や妹、恋人が無残にも乱暴され、挙句の果てに殺されてもおかしくない世界だから。

 そんな時、ただ怯えたり、臆していてはならないのだ。


 さっき話した時にさりげなくレベルを見たが……

 商隊の護衛は上位ランカーで構成されたクランであり、相当腕の立つ冒険者達である。

 人数は10人。

 襲って来る敵の半数だが、全然不利にはならない。


『商隊の護衛は、結構頼りになりそうだぞ』 


『じゃあ、旦那様。ある程度は任せて大丈夫そうね。敵の攻撃魔法と弓だけには注意しなきゃ』

『ああ、クッカの言う通りだな。どうする旦那様』


 珍しく意見が合ったクッカとクーガーへ、微笑みながら俺は言う。


『大丈夫! もう作戦は出来ている。俺の索敵によれば敵の魔法使いはふたり。このふたりは高位魔法使いじゃない。油断はしないが、怖れる事もない。弓は長弓で要注意。遠くから打ち込めるから。でもたった3張り、俺が直前に魔法で弦を切って使えなくしてやる』


『成る程! さすがはクッカの旦那様ですよ。で、タイミングを見て、助けに入ると』


『うん! 秘密がばれないよう上手く手加減をしながら戦うって寸法だよね』


 うん、さすがクッカとクーガー。

 俺の意図がバッチリ読めてる。


『ああ、そうさ! それに良い機会だから子供達へ、家族を守る為に身体を張るって事を教えたい』


『うふ、とても良いと思います』


 とクッカが褒めてくれ、クーガーは悪戯っぽく言う。


『そうだな! ところで護衛の冒険者へ、事前の警告はしてあげるの?』


 事前の警告。

 そう、冒険者クラン所属の魔法使いも索敵を使ってる。

 だから事前に気付くだろうけど、俺達の魔法に比べたら精度が劣る。

 

 だから、さりげなくリーダーあたりに報せておこうと思ってる。

 いわゆる勘が働くって奴だ。


 俺の作戦では最初に護衛達に『仕事』をして貰い、頃合いを見て、助けに入る作戦。

 なので、大サービスするつもりはない。

 だが、カルメンの知り合いらしい彼等との付き合いを考え、少しだけ助けてやろうと思う。


『ああ、彼等の中に魔法使いが居て、索敵の魔法を使っているから、襲撃前に察知はすると思うけど、念の為、リーダーへも虫の知らせみたいな感じで送っておくよ』


 ここで俺の言葉に反応したのが、クッカである。

 『虫』という言葉に……

 クッカは、相変わらず虫が大嫌いなのだ。


『駄目! 旦那様、たとえを使うのなら、絶対に虫なんて使わないで!』


 愛する嫁の抗議に、俺は逆らわない。


『ははは、分かった。胸騒ぎ、もしくは不穏な空気を感じさせておくよ』


『うふ! それならOK!』


 俺の優しさを感じ、喜ぶクッカへ、クーガーが突っ込む。


『クッカ、もうずいぶん田舎暮らしをしているのだから、いい加減虫くらい慣れろ』


 しかし!

 クッカは負けてはいない。


『あら! 慣れたわよ、カブトムシに』


『ふん、たったそれだけか?』


『何よ、たったって! 偉そうに! クーガーだって、ゴキブリは大嫌いじゃない』


 思いがけない喧嘩友達の反撃。

 クーガーは顔をしかめ、口籠る。


『むう! ゴ、ゴキブリは……嫌だ』


『でしょう?』


 勝ち誇るクッカ。

 元魔王は何と!

 ゴキブリだけは大嫌いなのだ。


 でも、いい加減、俺が仲裁をしてやろう。


『ははは、そこいらで良いじゃないか? そろそろレベッカとミシェルにも教えよう』


『『は~い』』


 タイミングばっちりな俺の提案を聞き、クッカとクーガーは、即座にOKの返事をしていたのであった。

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