第4話「出発」
村民一同の見送りを受け、俺達は出発した。
すぐ前方には商隊の馬車が見える。
俺達は最後方だ。
正門を出てから暫く、草が踏み固められた、まるで獣道のような狭い村道が続く。
走り続けると……やがて街道が見えて来る。
村道よりはましだが、単に土が踏み固められただけの道。
道幅は、馬車が並んで2台走れるくらい……
街道へ入り、向かって左側に曲がり、ひたすら南下する。
そんなこんなで村を出て約6時間で、目的地のエモシオンに到着する、という行程。
エモシオンへ向かう道は、俺や嫁ズには見慣れた風景だが……
旅行初体験のお子様軍団にとっては、見るもの全てが感動するらしい。
まあ、はっきり言って見えるものは村から見るのと変わらない。
見上げたら青い空。
周囲は、所々森が点在する広大な草原なんて見慣れている筈。
でもわくわくしているのだろう。
うん!
旅に出て、馬車から見る風景というシチュエーションが重要なのだから。
御者席の小窓が開いた、
背中越しに長女のタバサが話し掛けて来る。
お子様軍団は俺の真後ろの席に乗っているのだ。
「パパ、エモシオンに着いたら、絶対洋服屋さんへ連れて行ってね」
「ああ、良いぞ。ママも一緒にな」
「うん! ハーブ屋さんにも行く」
タバサは俺とクッカが一緒に付き合ってくれると分かり、嬉しそうだ。
彼女がご機嫌なのは、理由がある。
最近母のクッカが、洋服作りを志願し、愛娘と一緒に頑張っているから。
母娘が一緒に励む洋服作りは、とても良い影響をもたらした。
何と!
タバサがハーブ作りの面白さにも目覚めたからだ。
自分からママにせがんで、村のハーブ園へ行ったりもしている。
と、ここで、
「俺、別に村から出なくても良いのに……パパやママと、狩りやナイフ作りをやりたい」
この声は、長男のレオ。
いかにもつまらなそうに、ぽつりと呟いた。
少し前から、自分の事を『俺』って言うようになった。
クーガー似のレオは寡黙で狩りが好き。
前にも言ったけど、鍛冶の仕事にも興味を持ち始めている。
傍らでは苦笑する母のクーガー。
いつものようにドラゴンママとして雷を落とさないのは、自分もそう思っているからだろう。
仕方ない。
パパの俺が、今回の旅の趣旨を少しずつ教えよう。
「おいおい、ただ町へ行くだけじゃないぞ、オベール様に挨拶するのさ」
「パパ、オベール様って、領主様?」
「そう、領主様だ」
「ふ~ん……」
「他にも旅に出た理由はあるぞ。村の外についてもっと勉強して貰うんだ。ところでレオ、村の外は危ないっていうのは知っているな?」
「うん、分かる。怖ろしい魔物や狼が人を襲うから危ないもの」
「おお、その通り、正解だ。ただ他にも危ない奴は居る、人間だ」
「に、人間?」
「ああ! 今回出会うかどうかは分からないが、もし出たらそいつらの事を教えるぞ」
「人間なのに敵? 悪い人?」
「ああ、敵で悪い人だ。俺やお前を容赦なく殺して、ママ達やタバサ、シャルロットを捕まえて、遠くの国へ奴隷として売る奴らだ」
「な!」
「そんな、とんでもない事を仕事にしている奴らが居るんだよ」
俺が説明したら、レオは拳を握り締め、憤る。
「うう、ゆ、許せないっ!」
「だろう? 最近は現れないけど、ガストンおじいちゃん達が村の櫓に居るのは眺めが良いだけじゃない。魔物やそんな奴等が現れないか見張る為だ」
「そ、そうなんだ! 高くて気持ち良いからじゃないんだ! じゃあ、パパ。俺達は、ガストンおじいちゃん達のお陰で襲われないの?」
本当は……
俺やクッカ、クーガーがふるさと勇者として、時折村の近くで魔物を討伐しているからと言いたいが……それは内緒。
大変で地味な仕事を続ける、レベッカ父達に花を持たせなきゃ。
「ああ、そうさ。おじいちゃん達が頑張っているからだ。そして俺達が村の外に出て、こうして旅をしていると、隙を狙って襲って来るぞ。だから注意しないといけない。もし敵が現れたら、お前はママやタバサ達を守れ。俺が出て行って奴らを倒す」
「わ、分かった!」
レオが噛みながらも返事をし、
「パパ!」
次に俺を呼ぶのは次男のイーサンである。
「もし敵が出たら、僕もレオと一緒に戦うよ」
レオと一緒に戦うか……
次男のイーサンは、俺とレオの会話を聞いていたようだ。
「よし! イーサン、良くぞ言った」
ママのレベッカが満足そうに言い放った。
息子には立派な戦士になって欲しいレベッカには、嬉しいリアクションなのだろう。
前向きなのは良い事だから、俺も笑顔を浮かべながら返してやった。
「おお、イーサン、頼むよ」
「うん!」
と、元気に返事をしたイーサンは更に、
「ねぇパパ、エモシオンに着いたらアンテナショップを見たい。いろいろな店が見たい」
「OK! 市場も回ろうな」
「うん! 楽しみ!」
イーサンは狩りも好きだが、それよりも商売に興味があるみたい。
最近は率先して、大空屋の手伝いをしている。
すると……
「私もイーサン兄と一緒。おばあちゃんに会った後、お店い~っぱい見たい」
と言い放ったのは、ミシェルの娘シャルロット。
ママ似で、大空屋に居るのが大好き。
今回はイザベルさん、つまりおばあちゃんに会えるという事でこちらも上機嫌。
うんうん。
じゃあ、シャルロット、お前に重要な役目を与えよう。
「シャルロット」
「はい! パパ!」
「おばあちゃんに会って、お店を見て、最後にリゼットママ達へのおみやげも買おう。シャルロットにも選んで貰う」
「ほんと? おみやげ、私が選ぶの?」
「ああ、良いのを選んでくれよ」
という父娘のやりとりの
何故に?
「あははっ」
「おいおい、何だよ?」
と、俺が尋ねると、
「だって、初対面のシャルロットから、いきなりおばあちゃんって呼ばれて、母さんとフィリップがどんな顔するかと思ってね」
「え? い、いや、大丈夫だろう?」
確かに、息子と同じ年齢の女の子から、「おばあちゃん!」って言われたら……
イザベルさんがどんな反応をするか……
それにフィリップだって、自分のママが、おばあちゃんと呼ばれたら複雑だろう……
まあ、イザベルさんは大丈夫。
「は~い」って笑顔で、爽やかに応えるだろう。
だって本当の孫じゃないか。
怒る方がおかしい。
そしてフィリップの方は……血縁関係をちゃんと説明してやろう。
それで解決!
と思うんだけど……万が一の事もある。
ちょっとだけ心配だ……
俺がつらつら考えていたら、ミシェルが言う。
「もしも母さんがむくれたら、旦那様がケアしてね。あの人、旦那様の事が好きだから」
え?
ミシェル、俺に丸投げ?
「おいおい……そういうのはオベール様の役目だろ?」
「うふふ、お願いね」
悪戯っぽく笑うミシェルは俺の『抗議』を華麗にスルーし、念を押して来たのであった。
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