第5話「貫いた忠義②」

 いきなりだけど……

 何かをやろうとする時って、『思い切り』が必要だ。

 野球で言えば、狙い球を決めたら、三振を恐れないフルスイング。

 あれこれ考え過ぎたら、迷って何も出来なくなる。


 でもそれは、自分自身に関わる事が前提だと思う。

 

 相手にもよるけれど……

 自分の行動が、直接他人の人生を左右する事が事前に分かっていたのなら、じっくり考えてから物言いをし、行動に移さなければならないかなって。

 

 まずは、様々なパターンを想定してから、その先を考える。

 前世で言えば、将棋のプロ棋士と一緒。

 いわゆる、何手も先を読むべきだと。


 結果が、自分の考えた通りになるかは分からないが、軽はずみはいけない。

 あらゆる可能性を考え、手を尽くす事をすべきなのだ。


 「それは違う」という場合も、意見もあるかもしれない。

 所詮、自分は自分、他人は他人だと……

 確かに、それも一理ある。

 

 でも、人間はひとりじゃ生きられない。

 全てに、因果関係がある。

 情けは人の為ならず

 私見だが、俺はそういうふうに考えている。


 今回、アンリ、エマへ重大ともいえる秘密を告げたのは、ふたりが単に村民ではなく、俺達の『新たな家族』になるから。

 心を許し合い、差し障りなく生活したいからだ。

 アンリとエマの、性格や考え方を分かった上で伝える。

 俺達からの深い信頼を知って、ふたりは意気に感じてくれると思う。


 そして、デュプレ3兄弟へ同じく秘密を告げる事を決めたのは、彼等自身の人生を見つめ直して欲しい為……

 かつてオベール様へ、グレースことヴァネッサの行く末を教えた事にも通じる……


 アンリとエマの方は、これまでにいろいろなやりとりをして、大体、未来への設計図が出来上がっていた。

 だから、さして問題はなかった。

 

 しかしステファニー以外、俺達家族と付き合いの薄い3兄弟は、果たしてどうなるのか?


 なので俺は、いろいろなパターンを想定した。

 ソフィことステファニーの現状を知ったら、彼等がどう変わるかと?

 何を望み、どう行動するかと。

 

 もし3兄弟が、あのフェルナン・モラクスみたいに暴走したら?

 同じように、使いたくない魔法を使うしかない。

 でも、「このままじゃいけない」とようやく決心したんだ。


 ちなみに、何故すぐに真実を言わなかったのか? という疑問もあるだろう。

 正直、7年以上も引っ張って、彼等には申し訳なかったと思う……


 だが、事が事だ。

 簡単に、ステファニーの無事や俺の能力をさらけ出したりは出来ない。


 俺達家族の込み入った事情、もし告げたなら引き起こされるであろう、様々な影響もある。

 それ故、優先順位を付けさせて貰った。

 申し訳ないが、俺は幸せを家族の安全第一に考え、どうするのか散々悩み抜いたから。

 

 実際、オベール家の宰相を務めるまで、デュプレ3兄弟の人となりを、俺は詳しく知らなかった。

 存在だけは知っていたから、ソフィから聞いて、兄弟達の気持ちは想像出来た。

 当然、気にはなっていたが、反面、長い時間が解決してくれるとも思っていた。


 しかし、今回アンリとエマへ告げるのなら、彼等にも……

 と、思い直し、熟考した上、各所にも相談したのである。

 そうしたら全員が、「あの3兄弟だけには告げた方が良い」と賛成してくれた。

 

 オベール家宰相となり、彼等3兄弟のの上司になるなんて、全く予想もしていなかった……

 上司と部下という、お互いの人間関係がしっかり出来ていた事も後押しした。

 最後は、俺自身が彼等の人となりを見て、家族の意見も入れて、判断を下したのだ。

 

 考え抜いて決めたら、願った。

 ステファニーへの想いを心の底へ仕舞い込み、一心にオベール家へ仕えるデュプレ3兄弟へ……


 おこがましいかもしれないが、俺は彼等に気持ちをリセットして貰い、人生を考え直して欲しかったのである。


 閑話休題。


 アベル、アレクシ、アンセルムのデュプレ3兄弟は、7年前、俺が初めて会った時から変わらない。

 

 基本的に、超が付く無口。

 必要且つ、最低限の事しか話さない。

 滅多に冗談も言わないし、上席へ媚びへつらう事もしない。

 新参である宰相の俺なんて勿論、主オベール様の機嫌さえ取らない。


 3人とも、くそが付く真面目な男。

 愚直、無口、無愛想という言葉を、そのまま人間にしたような存在なのだ。

 

 俺は頭を下げて、開口一番。


「まず、お前達に謝る。本当に済まなかった」


「…………」

「…………」

「…………」


 しかし、やはりというか、3兄弟は無言である。

 まあ、俺がいきなり謝ってもわけが分からないだろう。

 

 仕方なく、俺は話を進める。

 まだ前振りだ。

 

「凄い緊急事態なのと、いろいろな状況をかんがみて仕方がなかった」


「…………」

「…………」

「…………宰相、俺達も忙しい。何かあるのなら、ズバリ言ってくれ」


 長男、次男が無言と来て、3男のアンセルムがぽつり。

 相変わらず、はっきり言う。

 俺でも回りくどいと思う。

 でも導入部分としては、これくらい必要な話だ。


 しかし!

 相手は、喰い付いて来た。

 ならば、直球勝負!


「了解! じゃあ言おう。ステファニー様の件だ」


「な!」

「何!」

「え!」


 ほら!

 ステファニーの事となれば、やっぱり凄い反応だ。

 どこかの草食動物みたいに表情に乏しい3兄弟の顔が……激変していた。


 全員、はっきり言って怒っている。

 心の琴線、または逆鱗に触れるなという、真剣な表情だ。

 

 長男のアベルが言う。


「宰相、言っておくが、俺達はつまらない冗談が嫌いだ。……普段の付き合いで、3人共どんな性格か、もう分かっているだろう?」


「…………」

「…………」


 そして、アレクシとアンセルムも、無言で俺を睨む。

 事が事だけに、凄い殺気が籠っている。

 無理もない。


 ステファニーの件を、簡単に口にするな!

 って事だ。


 7年もの間、何の手がかりもなし……

 さらわれたステファニーの、生存を信じてはいても、無事では済んでいない……

  

 主の安否を危惧する自分達の心へ、受ける痛みを、血を流す傷を……

 悪戯に弄ぶなど、絶対に許せない……

 そう思っている筈だ。


 でも俺だって真剣。

 だから、ズバン、ズバン、直球を投げ込んでやろう。


「いや、俺だって、くだらない冗談は嫌いだ。じゃあ単刀直入に言おう」


「…………」

「…………」

「…………」


「ステファニー様は生きている。俺がドラ息子の妾になる直前で救い、ボヌール村へかくまって無事だ。ずっと幸せに暮らしている。オベール様もイザべル奥様もご存じだ」


「ななな!」

「ま、まさか!」

「ば、ば、馬鹿なっ!」


 俺は一気に、且つ簡潔に事実を述べてやった。

 対してデュプレ3兄弟は予想通り、とんでもない現実を理解出来ず、絶句していたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る