第14話「女は明日に生きる、男は思い出に生きる②」

 グレースが敢えて、エモシオンには行かない。

 オベール様と、会いもしないのは……

 実は、俺を含めた『家族の為』なんだ。

 

 確信出来る。

 はっきり言える。

 グレースはもう、全然平気。

 エモシオンへ行っても、前夫であるオベール様に会ったとしても。

 

 また、お前の惚気のろけと言われそうだが……

 何故ならば、今は俺だけを愛しているから。

 過去の、オベール様との愛の交歓は……

 『単なる良き思い出』と化しているから。

 

 そして、オベール様の、現在の奥方イザベルさんもそう。

 もし愛する夫と、グレースがふたりきりで会ったって、多分気にしないと思う。

 オベール様を心の底から信じているのは勿論、グレースは現在俺の妻。

 夫の単なる元嫁として、何とも思っていない。


 では、グレースは何故、エモシオンへ行かないのか?

 答えは簡単。

 問題はグレースではなく、『オベール様の方』にあるからだ。

 俺には、容易にシーンが想像出来る。


 もしもオベール様が、今の美しく可愛い、慈母のようなグレースに会ったら……

 懐かしさと切なさで、胸が一杯になり、心が震え……

 全身が、ふるい思い出に満ちてしまう。

 

 そして、絶対に思うだろう。

 グレースと、もう一度やり直したいって。

 当時のふたりの愛は、とても深かったのだから。


 生まれ変わったグレースを見て、激しい衝動にかられたオベール様は……

 領民に対する主君という強い立場から、俺と別れて側室になれって……グレースへ強引に迫るかもしれない。

 貴族令嬢だったグレースの元の身分を考え、「お前さえ良かったら正室にする」とか……つい放言してしまうかも。

 

 もしそんな事になれば、もう取り返しがつかなくなる。

 性格的に、現奥方イサベルさんは即離婚を申し出るだろうから、絶対に。

 そしてフィリップを連れて、ボヌール村へ帰ろうとすると思う。

 でもオベール様は離婚は承諾しても、大切な跡取り息子フィリップだけを手元に残そうとして、凄く揉める……

  

 こうなると更に、『こじれ』は連鎖的になる。

 弟フィリップの心を傷つけられ、夫の俺と母をないがしろにされたミシェルは、「許さない!」と猛烈に怒るだろう。

 母を真剣に愛してくれるからこそ、亡き父の思い出を無理やり仕舞い込み、笑顔で結婚を祝ったのだから。

 実の娘であるソフィでさえ父へ激しく憤り、イザベルさんにも同情し、絶対に黙っていないだろう。

 グレース本人だって、求婚をきっぱり断って、ボヌール村へ戻って来る。

 勿論、俺も、どんな手を使ってもオベール様から家族を守る事となる。


 結果……今の素敵な人間関係が壊れてしまう。

 四面楚歌のオベール様は、また『ひとりぼっち』になる……


 こうなると、ボヌール村と領主オベール家の良好な関係も完全に崩壊し、全員が不幸になる。

 単なる妄想……で済めば問題ないが、「可能性がゼロじゃないぞ」って、俺の予知スキルも言っている……


 でも、何故、男がそうなるのか?

 愚図愚図と、未練がましくしたり、情けなくへたれてしまうのか?

 

 片や、女性は何故、大丈夫なのか?

 

 あくまで俺の私見だし、全部が全部にあてはまるわけじゃない。

 嫁ズと、日々のやりとりで、学んだだけなんだが……

 

 基本的に女性は今は勿論、『明日』に向けて生きているからじゃないだろうか。

 つまり、とうに過ぎ去った昔の事など、けして振り返らないんだ。

 

 だけど……男は違う。

 ずっと『旧い思い出の中』に生きていて、事あるごとに過去を振り返る…… というか、思い出を極端に『美化』しちゃうから。

 俺が、今は亡きクミカの事を、いつも思い出すのはその為だ。


 そして、オベール様に関して言えば……

 記憶の中で極端に美化されたグレースが、リアルで目の前に現れたら、とち狂ってしまうのは当然といえるかも。


 それをグレースも分かっている。

 だから、オベール様とは会わない。

  

 ……ごめん、グレース。

 気を遣って貰って……

 女性ってやっぱり、男に比べたら、ず~っと『大人』なんだ。

 

 そして……ありがとう、グレース。

 もしベルを連れて、エモシオンで家族全員と祭りを楽しめたら、とても幸せだろう。

 人一倍家族を愛し、触れ合いを大切にするお前なのに……

 それなのに、「ぐっ」とこらえ、我慢してくれて……


 だから俺は、優しいお前の『夢』を叶えてあげたい。

 精一杯、手助けをしてあげたい。


『分かった。また王都の白鳥亭へ旅行と修行に行こう。お前の女将修行……手伝うよ』


『旦那様、ありがとうございます! エモシオンで行われるお祭りの日、私は村でお留守番してます』


『申し訳ない』


『いえいえ、とんでもない。たまにはのんびりさせて貰いますし、子供達と遊んでいますから』


『そうか!』


『はい! でも、良いお話をありがとうございます。ベルの子育てが落ち着いたら、私、また王都へ行って、アマンダさんと再会したいわ。もっといろいろ宿屋の仕事を習いたいの』


『うん! 行こう。俺もアマンダさんには、ぜひ会いたいよ。料理のお礼も言いたいし』


『そうですよね! ああ、今から凄く楽しみです。まだまだ覚えなくちゃいけない仕事が、たくさんあると思うから。実際に働いてみて分かりましたけど……女将って……奥が深いんですよ』


『じゃあ、とてもやりがいがあるな』


『はい! 私、大空屋の宿部門の女将になりますから。ボヌール村が大好きだから、大空屋が良いんです! ミシェルちゃんとも、既に話がついてます』 


 やっぱりグレースの将来の夢は、宿屋の女主人。

 それもどこか他の場所じゃなく、ボヌール村の大空屋で、仕事をする事なんだ。


 「さて! これで一件落着!」と思ったら……終わりではなかった。

 グレースの方からも、俺へ話があったんだ。


『旦那様、私からも。実は、サキちゃんの事で相談が……』


 サキの事で相談?

 え?

 あの悪戯娘いたずらむすめが?


『え? あいつ、また何かやったの?』


 俺がそう聞いたら、グレースは苦笑。


『もう! 違いますよ』


『違う?』


『ええ、あの子……寂しいんですよ』 


『寂しい?』


『ええ、この前、私とベルが、サキちゃんにお世話して貰って、一緒に寝た時に』


 ああ、この前の家族会議の時か……

 それで?


『ベルが寝てから……私の事、ママって呼んで良いかって、そっと聞いて来たんですよ』


『…………』


『良いよって、OKしたら……ママぁって甘えていました。……私の胸に顔を埋めて、サキちゃん……泣いていましたよ』


『な、泣いてた?』 


『ええ、自分が死に、この世界へ転生して……元の世界に居るお母さんが恋しいみたい……あの子は、もう故郷へ帰れないじゃない……可哀そうだわ』


 ああ、前言撤回!

 女子だって……思い出に生きる事もある。

 今のサキは……そうなんだ。

 グレースに対し、遥か遠い世界に居る実の母を感じ……つい思い出してしまったのだろう。


『分かった! あいつの事、ケアするよ』


『うふふ、大変でしょうけど、テレーズちゃんの時と一緒ね』


『だな!』


『そう……旦那様には、あの子が愛する夫以外に、頼もしい父親とか、カッコイイ兄貴とか、そんな役目も必要みたい』


『了解!』


『旦那様だけじゃない、私も、サキちゃんのママになるから……優しくしてあげましょう、あの子に……』


 ああ、ありがとう、本当にありがとう、グレース。

 今のお前は、ユウキ家全員の、素敵なママかもしれない。

 

 アンテナショップで俺と他の嫁ズが出払い、グレースが『留守番』する際……

 レベッカ父副村長のガストンさんに、門番の休みを取って貰い、ユウキ家の昼の留守宅を頼む事にした。

 お願いすれば、孫のイーサンは勿論、お子様軍団と遊ぶのが大好きな『じいじ』は嬉々としてやって来る筈である。

 夜に関してはグレースに戸締りをしっかりして貰い、ケルベロスとジャンに護衛を頼むつもりだ。


 俺はそう告げた上で、優しく微笑むグレースを抱きしめ、「そっ」とキスをしていたのだった。

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