第20話「熱い抱擁×2」

 手を挙げて、発言許可を求めた俺は、


『ジュリエット……いや、ヴァルヴァラ様、俺からもお願いがあります』


 そう言うと、先程のサキ同様、ジュリエット――ヴァルヴァラ様へ深く頭を下げた。


『一体、何だ? ケンよ、いきなり仰々しいぞ』


『いえ、仰々しくはないです。お願いなんですから』


『お願い?』


『はい! 俺からもお願いします。サキを、俺の居る世界へ連れて行く許可を下さい。彼女を絶対大事にしますから』


『ふむ……お前には、何か考えがあるようだな? 良い! 具体的に申してみよ』


『はい! ヴァルヴァラ様が与える可能性には到底及ばないと思いますが、サキにはいろいろなチャンスをあげたいんです』


『ほう! チャンスか』


『ええ! サキにあげるチャンスとは、具体的に言えばスキルです』


『ふむ、スキルとな』


『はい! 例えば、ハーブを育てるとか、洋服づくりとか、絵を描くとか、職人としての技を習得するとか……いろいろあります』


『ほう! 面白そうではないか?』


『はい! その件で、先日家族会議をしました。ボヌール村にはもう光がさし始めています。日々生きる為に、農作業しか選択肢がない……そんな状況では、全然なくなっています』


『おお、確かにそうだな……以前の、あの村とはえらい違いだ』


 ヴァルヴァラ様は、ボヌール村の現状――すなわち俺達の状況を知っているようだ。

 躊躇なく頷いたから。

 それって、逆に話が早い。


 俺は更に熱を入れて、話を続ける。


『ウチの嫁ズも気合が入ってます。自分の新たな可能性を見つけたいって。だからサキにもぜひ、自分の可能性をいっぱいいっぱい見つけて欲しいんです。王宮魔法使いに比べれば、凄~く地味かもしれないけれど』


 ヴァルヴァラ様へ、これからの『サキとの暮らし』を話す俺。

 

 サキは「じっ」と、話す俺達を見ていた。

 何か言いたそうに唇が動いている。


 軽く息を吐いた俺は、改めてサキへ向き直る。

 

『サキ、聞いてくれ。暫くウチで暮らしてみて、俺の家族と折り合うようであれば嫁になってくれれば良い。それまでお前を抱きはしない。俺と暮らすのがきついようであれば、無理はするな。俺より素敵な男はたくさん居る』


『そんな!』


『変な誤解をするなよ。俺は、お前が嫌いなわけじゃない、大好きさ』


『ケン!』


『だから、もし嫁にならなくても、お前の面倒はしっかり見てやるぞ』


『え!?』


『お前が住んでみて、村での暮らしがきついなら、村から少し離れた場所に、このルトロヴァイユによく似たエモシオンという町がある。そこに今度オープンするカフェ付きの店があるから、そこで働いても良い』


『…………』


『俺の身内が働く店だし気心は知れてる。俺達の前世にあったカフェよりはずっと地味だけど、ハーブティが美味い素敵な店だ。スタッフは皆良い人ばかりで、お前を大事にしてくれるだろうし、多分楽しく仕事が出来る』


『…………』


『エモシオンでも満足出来なかったら、王都でもどこでもお前が気に入りそうな町を探してやる。お前が、一番幸せになれそうな町をな、当然仕事もだ』


『…………』


『その代わり、少しは頑張れよ。もし何か困った事があったら、俺や嫁にすぐ相談すれば良いさ。家族全員、全力でフォローしてやる』


『…………』


『折角転生させて貰えたんだ。この異世界で人生楽しまなきゃ損だぞ、なあ、サキ……』


 俺が同意を求めた、サキの顔は……

 くしゃくしゃになっていた。

 大粒の涙が、目にいっぱい溜まっていた。


『あうっ!』 


 サキは小さく叫び、俺に抱きついた。

 そして、


『ケン、大好きっ! 大好きっ! 大好きっ!』


 俺の名を呼び、たくさん愛を告げると、


『わああああああ~ん!!!』


 「ぎゅっ」としがみつき、俺の胸の中で、号泣してしまった。

 

 当然ながら、サキは悲しい涙を流したのではない。

 彼女が元居た世界から、遥か遠く離れたこの異世界で……

 自分が、けして孤独ではない事を実感した、感極まった嬉し涙である。


 ふと、視線を感じたので顔を上げると……

 固く抱き合う俺とサキを、ジュリエット……ヴァルヴァラ様は優しく見守っていた。

 そして……

 とても羨ましそうに、サキを見ている気が、「俺にはした」のである……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 抱擁を解いた俺とサキは、改めてヴァルヴァラ様へお願いをした。

 幸い、ヴァルヴァラ様は少し考えた後、サキの『移籍』を許可してくれた。


 この許可さえ貰えれば、晴れてサキは俺の居る世界へ住む事が出来る。

 俺とサキは顔を見合わせ、喜ぶ。


『ヴァルヴァラ様、ありがとうございます!』

『ありがとうございます!』


 ふたりで礼を言うと、ヴァルヴァラ様は優しく微笑んでくれた。


 だが……

 無邪気に喜ぶサキを見ながら、俺は少し心配になる。


 サキへ告げた通り、天界のことわりはそう簡単に変える事が出来ないからだ。

 そもそもサキは、今居るこの世界で生きる事が義務付けられている筈。

 もしも『移籍』が、ヴァルヴァラ様の管理者権限を大きく超えていたら、彼女へ大きな迷惑を掛けることになる。


『ヴァルヴァラ様』


『何だ?』


 呼び掛けた俺へ、ヴァルヴァラ様は微笑んでくれた。

 でもどことなしに、少し寂しそうな気もする。


『あのぉ……必要なら、俺、管理神様へ土下座でも何でもしますよ』


『申し入れ』をした俺に対し、ヴァルヴァラ様は苦笑する。 


『ははは、馬鹿者。そんなのは要らぬ心配……』


 ヴァルヴァラ様はそう言い掛けると、「じっ」と俺を見た。


『ふむ、ケン……お前、何でもやると言ったな』


 立ち上がったヴァルヴァラ様は、俺に手招きをした。

 一体、何をする気なのだろう?


 すると、


『サキ、悪いが……お前の夫を借りる』


 ヴァルヴァラ様はそう宣言すると、俺に近付いた。

 そして、何と!

 いきなり俺の背へ両手を回し、しっかりと抱きついたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る