第18話「サキの将来」

 唇を噛み締め、黙り込んだサキ……

 そんなサキを見て、ジュリエットは、大きくため息をついた。

 そしてまた、鋭い視線を投げかける。 


『はっきり言おうか、サキ。お前の持つ、魔法使いとしての才能は中々だ。上手く開花すればこの世界でどこかの王家か、上級貴族のお抱え魔法使いくらいにはしてやれる』


『え?』


 神様が才能を認めてくれた!

 その上、素晴らしい未来も提示してくれた。

 ずっと、厳しい事を言われ続けていたサキが……

 ジュリエットから、思いがけなく嬉しい話をされて、目を丸くして驚いている。


『ジュ、ジュリエット様。私……そんな凄い魔法使いになれるのですか?』


『うむ、そこそこのな』


『そこそこ? って……あまり、たいした事ないのですか?』


『馬鹿者! 人間にしては、まずまずだという誉め言葉だ。単に言葉のうわっつらだけではなく、もっと理解力を持てっ!』


『は、はいっ! ジュ、ジュリエット様、ご、ごめんなさいっ!』


『…………』


 ジュリエットは、サキの謝罪を聞いても無言だ。

 不快そうな表情で、首を横に振る


『サキ!』


『は、はいっ!』


『お前は本当に言葉遣いがなっておらん! ごめんなさいではないわ、愚か者っ! 申し訳ありませんだろうがっ!』


『はい! 申し訳ありませんっ』


『ふむ、宜しい……まあ、真面目に勤めあげれば、お前は顔もそこそこ・・・・可愛いから、主家の息子あたりに見初みそめられ、結婚する事になるだろう』


 ジュリエットから結婚という言葉が出て、サキは更に驚く。


『私が……結婚! 王様か貴族と……するのですか?』


『そうだ! 王家か貴族のような上流階級の家へ妻として入れば、大勢の使用人がかしずく、安全で贅沢な生活を送る事が出来る……お前の前世以上の暮らしだ』


 ジュリエットが話すのを聞きながら……

 俺は考える。


 何故だろう?

 ジュリエットが、サキに対して、ここまで容赦ない『口撃』をするなんて……

 ラウル同様『弟子』にするとはいえ、ちょっと、きつすぎるのではないかと思う。

 もしかして、同性だから厳しいとか?

 

 だけど……

 ジュリエットの提案自体は……

 サキが立派な魔法使いになるのは、大いに……『あり』だと思う。

 

 臨時で代理の俺と違い、一流プロ?のサポート女神さまに、長きに渡って面倒を見て貰える。 

 将来だって、しっかりシミュレートされている。

 俺についてボヌール村へ来るよりは、苦労が全然少ない。


『ケ、ケン……私、どうしよう?』


 迷ったらしいサキは、俺に相談を持ちかけて来たが……

 

『サキ、どうするのか、選ぶのはお前だ』


 と、俺はきっぱり突き放した。

 優しいと思っていた俺が、一転、凄く冷たいと思ったのだろう。

 サキは戸惑い、泣きそうになってしまう。


『ううう……そんな! ……ケンに、アドバイスして欲しいのに……』


 悲しそうなサキを見て、俺は予感した。

 ここで完全完璧に突き放したら……

 サキは、「俺に裏切られた」という、絶望に近い感情を持つかもしれないって。

 紡いで来た、ふたりの大事な絆を、俺が一方的にばっさり切る事となるから。

 

 その結果、サキは人を信じる事に対し、疑問を持ってしまうかもしれない。

 更に彼女は再びこの異世界で深い孤独を感じてしまい、生きる事への前向きさを失うかもしれない。


 それは良くない。

 絶対に良くない。

  

 ならば!

 あくまでも、サキの自主性を引き出す形で……こう言おうって。


『じゃあ、サポート神の前担当として、俺が最後のアドバイスをしよう。あくまで個人的な参考意見だが』


『ケンの個人的な意見を? 本当? 嬉しいわ!』


 俺からアドバイスして貰えると知って、サキはこぼれんばかりの笑顔となった。

 何だか……何故か、この笑顔がとても懐かしい気がする。

 切なくなる。


 だから俺は、つい噛んでしまう。


『サ、サキ。もしも俺がお前の立場なら……』


『うんっ! ケンがもし、私だったら?』


 聞き直すサキに対し、俺も自分に鞭を打つ。

 サキに最後の助言を、しっかりと伝える為に。


『ああ! 俺ならば、自分の考えを無理やり曲げたり、他人の意見に流され変えたりして、後悔するよりも……自分で考えて最後に決めた意思を通すよ。もし上手く行かなくても、その失敗を将来の成功のかてとして素直に受け入れる』


『ケンならば、自分の意思を通す……もし上手く行かなくても……駄目でも失敗を将来の成功の糧として……素直に受け入れるの?』


『そうだ! 失敗を素直に受け入れた上で、乗り越える事が出来れば……自分が行くべき道はおのずと見えて来るだろう。後悔するって文字通り、後で悔やむって事だ。その時は、もう取り返しがつかないって事が殆どだから』


『うん、分かった! 私、後悔だけはしたくないっ!』


『だな! サキ、絶対に後悔だけはしないようにしろよ』


『そうよね! ……ケンの言う事はところどころ難しいけど……何となく分かるの。前を向こうって気持ちになるわ』


 サキは「じっ」と俺を見る。

 俺もサキを見て思う。


 うん、大丈夫。

 お前は確実に成長している。

 俺と出会った時とは、全くの別人だ。

 だから引き継ぎをしたら、心置きなく送り出せる筈……

 

 でも俺は……大切なものを、永遠に失ってしまうような気がする。

 わけの分からない不安が、喪失感が……激しく湧き上がって来る。

 何故?

 ……何故なんだろう?


 もしもサキが……

 ヴァルヴァラ様と、この世界に残ったとしたら……

 元の世界へ戻る俺は、もう二度と、サキには会えない。

 

 サキとは、出会ったばかりの他人の筈なのに……

 

 俺は思わず、大きなため息をついたのであった。

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