第17話「覚悟」

 俺をしっかり見つめながら、サキは言う。

 彼女なりに熟考した、将来の決断を。


『は、はい! サキは……ケンに、貴方について行きたい。誰も知り合いの居ないこの世界より、大好きなケンの居る世界で暮らしたい』


 何となく、分かる。

 昨夜お互いの身の上を話してから……サキは変わったって。

 サキ自身嬉しそうに、「自分はもうひとりじゃない」とも言った。


 自分は、もうひとりじゃない……

 そう思う気持ちが、良く分かる。

 孤独ではないのが、どんなに嬉しい事かと。

 

 俺は思う。

 本当の孤独とは、誰も、自分の存在を認識してくれない事。

 一個の人間が、まるで砂漠の中の一粒の砂のように目立たなくなり、誰にも知られず埋もれて行く事なんだって。

 

 異世界へ来たばかりの俺とサキは、そんな孤独感を持っていた。

 

 ようく考えてみて欲しい。

 未知の異世界って……誰も自分を知らない。

 知らない人しか居ない。

 ……誰も自分を知らない世界って、凄く怖ろしい。

 

 だから俺は……

 周囲が俺を知らない都会を、本能的に恐れるのかもしれない。


『サキ……』


『昨夜、ケンから話を聞いて分かった……だから私も自分の事を全部話した。私を、サキを一番理解して、大事に慈しんでくれるのはケンだから』


 やはりサキは、俺について行きたいようだ。

 自分を知る、理解しようとしてくれる俺を欲している。

 孤独が嫌なのだ。

 

 サキの真面目な言い方からして……

 昨夜お互いにじっくり話し、今の俺の話も聞いた結果、彼女なりに良く考えたのだと思う。

 しかし、俺とサキのやりとりを聞いていたジュリエットが、思い切り挙手をした。


『ちょっと待った、サキ! それでは全く答えになっていないぞ』


 全く答えになっていない!?

 一生懸命考えた答えが、決意が、頭から否定された。

 それも神様から!?

 驚いたサキは、懸命に抗議する。


『全く!? こ、答えになっていないって? ジュリエット様! な、な、何故ですか?』


 答えを求め、追いすがるサキに対し、ジュリエットはきっぱりと言い放つ。


『サキ、お前は今迄、相手から与えて貰うだけの人生を送って来た。ケンと出会ってからも、彼から優しさを与えられてばかりだ』


『え? 私が与えて貰うだけ?』


 さすがにジュリエットは……否、ヴァルヴァラ様は女神だ。

 サキの本質をしっかり見抜いていた。

 そして更に、


『ああ、その通り! 人を愛する事もそうだ。何が、白馬の王子様だ! サキ、お前はな、自らケンを愛そうとする気概に欠けているではないか?』


『ケンを愛する気概……って。そ、それならば私は……優しいケンが大好きです。彼は私と同じ転生者で苦労しています。だから彼の気持ちに共感出来ます。それじゃあ、いけないのですか?』


 ジュリエットの指摘に対し、サキは懸命に主張する。

 相手に対する自分の気持ちは、嘘や偽りがない事を伝えようとする。

 

 しかし……

 気持ちが偽りではない事は、神様から見れば当たり前。

 大した事ではない。

 本当に大事なのは、相手を理解しようと努力し、考えた上で、具体的に何をしてやれるかなのだろう。


 案の定、ジュリエットはサキの『主張』を認めようとしない。


『駄目だな、サキ。いくらお前が美辞麗句を並べ立てても、私には口先の言葉だけにしか聞こえぬ』


『そんなぁ!』


『いや、これ迄の言動を見てもよく分かる。お前に尽くしてくれたケンに対する尊敬の念が全然足りぬ。今の言葉でも分かるぞ。ケンを頼ってばかりだ、相手に対し求める事しかしておらん』


 まるで、速射砲のように繰り出される『一斉口撃』に、サキはたじろいでしまう。


『そ、それは……』


 口籠るサキへ、容赦なくジュリエットは『口撃』を加えて行く。


『一方通行みたいに求めるだけの、いびつな愛ではケンが不幸になる。私が気に入ったケンを、お前みたいに不出来な小娘が原因で、不幸にするわけにはいかぬ』


『一方通行って……私がケンを好きなのが、いびつな愛……なのですか?』


『違うのか?』


『い、いびつな愛なんて! ち、違います! わ、私は真剣ですっ! ケンが好きなんですっ!』


『ふむ……そこまで言うのなら……サキ! 改めて聞くぞ。お前の覚悟を申してみよ』


『私の覚悟……覚悟ですか……』


『そうさ! お前が、ケンを愛する覚悟だ。サキ、お前は昨夜、ケンから聞いた筈だぞ。彼の居る世界……辺境の農村生活はとても辛い』


『辺境の農村生活は……辛い』


『サキ、論より証拠。お前は先ほど原野でゴブリンを見ただろう? お前が住もうとしている村の周囲には、あのように怖ろしく人を喰い殺す魔物が大量に跋扈し、村民は毎日死の恐怖に怯える。時には食べ物も充分にない、苦しく貧しい生活でもある』


『う、うう……』


『今迄みたいに、あれが嫌とか、これが嫌なんて、我が儘など言えず、日々泥まみれになって働く。そんな辛い日々を送る中で、伴侶となるケンを慈しみ、敬い……そして助けながら懸命に生きる。そんな覚悟がお前にあるのか?』


『…………』


 確かにジュリエットの言う通りだ。

 ぬくぬくと何不自由なく、我が儘に育って来たサキが、ボヌール村での暮らしに耐えられるかどうかは分からない……

 

 サキと境遇が近いのは、元貴族のソフィやグレースであろう。

 だが、ソフィ達には、乗馬や狩猟を経験していたという『素養』があった。

 前世で普通の学生だったサキは、この異世界へ転生し、生活魔法こそ使えるようになったが……

 そういった『特技』は一切ない……


 迷い悩むサキは、ジュリエットの投げかけた問いかけに答えられず、ずっと無言になってしまったのである。

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