第16話「離れたくないっ!」

 何と!

 サキは半べそをかいている。

 

 おいおい、どうした? サキ。

 俺だって悲しいけど……仕方がないじゃないか。


 だがサキは、またもや叫ぶ。


『い、嫌ぁ! 嫌ですぅ! ケンと離れたくないのっ!』


『ふふふ、どうしたサキ。そんなに取り乱して?』


『だって! ジュリエット様! ケンと離れるなんて! 二度と会えないなんて! 嫌なんですっ!』


『ふっ……出会いもあれば別れもある、それが人生だろう?』


 絶叫するサキを見ても、ジュリエットこと戦女神いくさめがみヴァルヴァラ様は動じない。

 それどころか、含み笑いするくらいだ。

 しかし、動じない事以上にとんでもなく凄いのが、ヴァルヴァラ様の使う魔法である。


 まず、サキの絶叫に近い悲鳴が、念話というのが凄すぎる。

 そもそも念話とは意識して使うものであり、感情の高ぶったサキは、肉声で叫んでも不思議ではない。

 

 更にこの騒ぎが周囲から見事に「スルー」されている事も凄い。

 

 宿屋の1階、俺達が居る食堂には、他にも数組の客が居たのに。

 俺達は基本念話で話しているから、確かに大声は伝わらない。

 しかし、取り乱すサキの様子を見れば、『異変』に気付く筈なのに、客達はこちらを見ようともしない。

 『我関せず』という感じで、お構いなしなのだ。


 俺は何となく、『都会の無関心』を思い出してしまった。 


『嫌ぁ!!!』


『サキ……いい加減にしろ!』


 まだまだ、取り乱しているサキ。

 もう頃合いと見たのか、ジュリエットが小さく叫び、「キッ」と、サキを睨む。

 瞬間、サキが「へなへな」と脱力し、椅子へ座り込んだ。


 俺には何も、魔法発動の気配を感じなかったが、ジュリエットが無詠唱&無動作の魔法を使ったらしい。

 

 さすがA級女神。

 今迄に見た事のない凄い魔法だ。

 多分、対象者を落ち着かせる『鎮静』の効果があるのだろう。

 

 あと、非難を受けそうなので、念の為言っておくけれど……

 ジュリエットことヴァルヴァラ様からは、サキを害する意思を感じないので、敢えて俺は「そっ」と見守っていたのだ。


『サキ、落ち着いたか?』


『はい……ジュリエット様、もう大丈夫です』


 ジュリエットの呼び掛けに対し、サキは力なく頷いた。

 魔法が効いているせいか、先程の混乱ぶりが、嘘のように大人しい。


『どうだ、サキ? 私の声がちゃんと聞こえるか? その様子だと、お前はケンを相当慕っているようだな?』


『当たり前です……ケンにもう二度と会えないって、言われたから……』


 先程の『一期一会』の例え通り……

 サキはここで別れれば、俺とは二度と会えないと知って、酷く取り乱したようだ。

 ジュリエットが、俺に向き直る。


『ケン、サキに言葉をかけてやれ』


『分かった、ジュリエット』


 俺はサキに近づき、正面から見据える。

 彼女も俺へ、縋るような眼差しを投げかけて来た。

 とても信じられない、事実を受け入れたくないという雰囲気だ。


『サキ、どうした? 落ち着けよ』


『ケン、教えて? 何故!?……どうして!? ここで、さよならなの? もう二度と会えないの? そんなの嫌!』


『サキ……』


『どうすれば、この異世界で生きていけるか、いろいろ教えてくれたのはケンだよ』


『…………』


『楽しい魔法を教えてくれたのも、パパとママが居なくて、とっても寂しいサキを支えてくれたのもケンだよ。襲って来た怖い魔物や、変な男に絡まれそうになって、危ない所を助けてくれたのも、全部ケンなんだもの』


 切々と訴えるサキ。

 これは俺に対する想いが、本当にマジだ。


『…………』


『昨夜、身の上話を聞いて、ケンの気持ちが良く分かった。私も、サキも全く同じだから……』


『サキ……』


『この世界で、私はたったひとりぼっち。ケンが頼りなの!』


『…………』


『サキのね、白馬の王子様はケンなんだよっ! だから絶対に離れたくない! 離れたくないのっ!』


 ……サキの気持ちは、良く分かる。

 俺だって、転生した時は不安で不安でしょうがなかったから。

 昨夜、添い寝をして、お互いの身の上話をしたのが、俺への気持ちを加速させたようだ。

  

 しかしサキの将来の事を考えたら、もう少し話して、彼女自身にしっかり考えさせなくてはならない。

 サキの人生の為には、果たしてどの道を選ぶのがベストなのか?

 そして最終的に方針を決めるのは、サキ自身なのだから。

 

 だから俺は、改めて言う。


『サキ、俺が最初に話した事を覚えているか? 思い出してくれ、サポート神の役目に関してだ』


『……お、覚えているわ。ええっと、ちょっと待って……ああ、そうよ! この世界で生きて行くのは、あくまでも私だって』


 これまでのサキなら、面白半分に「覚えてな~い」とか「分からな~い」と言うだろう。

 ふざけて、本気にせず笑うだろう。

 

 しかし、今のサキは『本当に本気』になっているのが分かる。

 真剣な表情で、喰い付くように、俺を「じっ」と見つめて来るのだ。

 

 だから、俺は嬉しくなった。

 サキが『生きる事』に真面目になってくれたから。

 彼女の、サポート神としての『役割』をしっかり果たせそうだから。


『その通りだ』


 俺の力強い言葉を聞き、サキは一生懸命記憶を手繰たぐる。

 必死に思い出す。

 そして、俺の方へ身を乗り出して叫ぶ。


『ええと、ケンはこうも言ったわ! 私が主体! 私の意思で行動は決定されるって。ケンやジュリエット様は単なる補助役なんだって』


『偉いぞ、サキ、正解だ。ならば、今お前はどうしたい?』 


 自分で意思決定するルールは理解した。

 後は……考え、最後に決断するだけだ。


 さすがに、すぐ決められないのか、サキは口籠る。


『わ、私は……』


『一応言っておこう。神様のことわりというのは容易に曲げられない。人間が泣こうがわめこうが、簡単に変えられるものじゃないんだ』


 そう!

 サキは、転生者。

 転生した先は、この異世界。

 サポート担当女神は、ヴァルヴァラ様。

 これらは全て天界、すなわち創世神様の決めたことわりだ。


 しかし……

 俺が自分の住む世界へ、一方的にサキを連れて行くのは、これらのことわりを破る事になる……

 そんな事、普通は許されない。

 もしも無理やり決行すれば、反逆者のレッテルを貼られる。

 大袈裟かもしれないが、あの冥界奥へ堕とされた大魔王と同じ扱いを受けるだろう。


『…………』


 悩んで、考え込んでいるらしいサキへ、俺は言う。


『でも、サキ。犯罪とか悪い事を除いて、自分が本気で、こうしたいと思ったら、はっきりと言うべきだ。思いっきり主張するんだ。そして一生懸命頑張るべきなんだ。その結果、希望が叶うか、叶わないかはまた別の問題だ』


『自分が本気で、こうしたい…………』


『どうする? サキ・ヤマトはこれから、どうしたい?』


 俺の話を『全て』聞き、促されて……

 サキは遂に、決断を下したのであった。

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