第14話「再会という名の町」

 ヴァルヴァラ様が擬態した姿、金髪碧眼の美少女ジュリエットは、本当に機嫌が良い。

 ずっと「にこにこ」していて、今にもこぼれんばかりの笑みだ。


『ケン、この前一緒に冒険した時みたいにな、ざっくばらんな物言いで頼む』


『分かりまし、いえ、……了解、分かった』


 ここで遠慮していると、ジュリエットの機嫌がどんどん悪くなる。

 なので、いつもの俺の物言いに変える事にした。


 案の定、ジュリエットは目を輝かせ、言う。

 

『ふむ、ケン! その打てば響く言い方、嬉しいぞ。そういえばお前は、この町の名前の意味を知っているか?』


『この町? ルトロヴァイユ……ああ、そういえば再会って意味だっけ?』


『そうだ! 再会だ!』


『成る程……でも再会なんて、あまりにも都合よくないかな?』


 俺は首を傾げる。

 とりあえずサキを、一番適した町へ連れて行く事ばかりに集中して、町の名前の意味を深く考えていなかったが……

 

 ジュリエットは「にやにや」笑っている。

 何か、含みがある笑いだ。

 あ、もしかして!


『ふふふ、今頃、気が付いたか、この愚か者めが』


『何か、悪戯しましたね?』


『当たりだ! ケンよ、私とお前の再会を祝して、この町の領主に、さくっと名前を変更させておいた』


『…………』


『良いか、ケン。私達が今居るこの世界は全て私が管理している。管理者権限を使い、周囲に邪魔をされずこうやって気軽に話すどころか、町の名を簡単に変えるのも楽勝なのだ』


『もう……呆れて、モノが言えねぇや』


『はっはははは! 今のセリフは、お前からの誉め言葉だと受け取っておこう』


「にこにこ」しているジュリエットと対照的に、サキは元気がない。

ジュリエットの圧倒的な存在感、そして俺との別れを知らされたからだ。


 久々に会った、ジュリエットと話は弾む。

 さすがに、天界の具体的な話題はなかったが……

 「日々仕事に忙しい」とか、「また俺と飲みに行きたい」とか、他愛もない話題で盛り上がった。


 やがて……

 宿の従業員が、朝食を運んで来た。

 ライ麦パン、ベーコン、スクランブルエッグ、そしてコンソメスープというシンプルなメニューだ。

 パンの焼きたてを含め、美味しそうな香りが俺の鼻腔をくすぐった。

 不思議な事に、人間へ戻った途端、俺は猛烈に食欲が湧いて来た。


『ふむ、食べるとしよう』


 ジュリエットの『合図』で、俺達3人は食事を開始した。

 しかし……サキは俯いたまま、朝食を食べようとしない。


『…………』


『おお……どうした、サキ』


 ジュリエットが、サキへ声を掛けた。

 これから任される、人間の転生者への気遣いであろう。

 

 でも以前のジュリエット、すなわちヴァルヴァラ様なら……

 気遣いなど絶対にせず、冷たく突き放していたかもしれない。

 俺が感じた通り、猛々しいだけの戦女神いくさめがみはやはり変わったのだ。


 だがサキは、ジュリエットの呼び掛けに対し、返事をしない……

 というか、出来ないのだろう。


 少しだけ、「イラっ」とした波動が伝わって来た。

 俺が見ると、ジュリエットの眉間に怒りの皺が寄っている。


『…………』


『これ、サキ! 返事をせぬか』


 業を煮やしたジュリエットから一喝され、サキは「びくっ」と身体を震わせる。


『は、はい!』


 怯えながらも、サキがジュリエットを見たのがきっかけで、ふたりの会話は始まった。


『サキ、一体どうした? お前の望み通りになったではないか?』


 ジュリエットは、いきなり前振りなく言った。


『え? ジュリエット様、わ、私の望み通り? ……ですか』


『そうだぞ、サキ。お前はA級美女神であるこのヴァルヴァラを、とても心待ちにしていたのだろう? ケンのような平凡顔のB級神など全く要らぬ………そう申していたではないか?』


 あ~あ……

 俺と会ったばかりの時の、サキの暴言は……全て『筒抜け』だった。


 直接言われた俺は、何とか我慢したが……

 多分ジュリエットは、『どこか』で見て聞いていて、サキの言動に相当憤ったらしい。

 皮肉っぽい言い方に、はっきりとした怒りが表れていた。


 こうなると、ただでさえジュリエットに対し、「びくびく」していたサキは、一気に追いつめられてしまった。


『そ、それは……』


『それともお前は嘘をついたのか? ケンを……神を散々冒涜ぼうとくした上、真っ赤な嘘を付くなど、絶対に許さぬぞ』


 あ~、ヤバイ。

 俺が心配した通りだ。

 サキは怯えて完全に口籠り、言葉を失ってしまう。


『ううう……』


 ああ、もう放っておけない。

 俺はふたりの会話に、無理やり割り込む。


『ジュリエット……済まない、その子は……サキは、俺と同じで超が付く不器用だから』


『ケ、ケン!』


 サキは驚いて、俺を見た。

 微笑んだ俺は、ウインクし、サキへ軽く手を振ってやった。

 「心配するな、任せろ」って。


『ふん! お前同様、凄く不器用だというのか?』


『ああ、そうなんだ』


 釈明する俺を見たジュリエットは、少しばかり残念そうな面持ちだ。

 多分、サキという『不埒者』を「俺の代わりに叱ってやる」という気持ちだったのだろう。

 それを俺が、逆にかばったから……


 だけどこのままでは、サキが縮こまってしまう。

 それじゃあ、とっても可哀そうだもの。

 だから更に、サキをフォローしてやる。


『サキ、聞いてくれ。俺も初めて会った時、ジュリエットを凄く怒らせてしまったのさ。怒ると怖いんだよ、この人は』


『そうだったの……』


 ここでジュリエットが、俺とサキの会話へ割り込んで来る。

 

『おお、そうだったな。初めてお前に会った時、折角誉れ高き勇者に育ててやると言った私に対し、勇者なんてポイとか、ほざきおった』


 ジュリエット……

 いや、ヴァルヴァラ様。

 やはり、貴女は変わられました。

 厳しい中にも、温かい慈愛を感じます。

 

 俺の振りに対して、サキを叱るのをやめ、話題を「がらり」と変えてくれましたから。

 ありがとうございます!


『ええっ? 勇者なんてポイ? こんなに真面目なケンが、ジュリエット様に対して反抗したのですか?』


 あれ?

 サキも反応?

 彼女から、強い感情の波動が伝わって来る。

 「俺の事を、もっともっと知りたい!」という感情が。

 

 厳しさと優しさを、兼ね備えた女神へ変貌したジュリエットは心得たもの。

 快くサキを許し、会話へ参加させてやった。


『おお、サキ。ケンはな、最初は本当に反抗的で生意気な奴だったぞ。まるで勇者など不要、ゴミ箱にすぐ捨てろと言わんばかりの、とんでもない態度だった』


『そんなに、ですか? じゃあ……今の私なんか、まだ可愛いものなんですね』


『その通り! まだまだ可愛いものだ』


『うふふ……』


 ああ!

 サキが……やっと笑ってくれた。

 これならふたりは師匠と弟子で、無事にやって行けるだろう……


 片や、ジュリエットも表情がほぐれている。


『ははははは! 聞け、サキ。私はな、とても不愉快になって、思い切り、ケンを睨んでやったんだ』


『うわ! 睨んだ! ジュリエット様が? とっても怖そうです』


『おう! 私のひと睨みで、さすがに虚勢が消え、怯えていた。つまりその時のケンは、お前達の言うガクブル状態だった』


『……ぷっ』


 和やかな、サキとジュリエットの会話を聞き……

 俺は「ホッ」として、とても嬉しくなったのであった。

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