第13話「引き継ぎ」

 翌朝……

 

 起床した俺は、すぐ『異変』に気付いた。

 傍らでは、肌着姿のサキがまだ「すやすや」眠っている。


 異変……それは、俺が幻影ではなくなった事。

 何と!

 身体が、実体化していたのだ。


「おおっ」


 吃驚して、思わず大きな声が出た。

 その俺の声で、サキも……起きた。


『うううん……ケン、おはよ……って! あ、貴方、だ、だ、誰っ!?』


 実体化した俺を見て、サキは驚いて目が真ん丸。

 俺が別人だと指摘する、サキのこの驚きよう……

 そうか!

 幻影でなくなったのと同時に、擬態していた顔も、元に、素顔へと戻ったんだ。


『俺さ、ケンだ』


 慌てて、ケンだと主張するが……

 サキは「ぶんぶん」と首を振る。


『う、嘘! 顔が違うわ!』


 しかし『冷静沈着』のスキル発動!

 俺の中で、最適な対応が為される。


『本当だよ、これが素顔さ。その証拠にお前の学校の名前を言おう』


 正確にサキの母校の名を言い、更に……


『俺のフルネームはケン・ユウキ。ボヌール村在住。現在村長で、嫁は8人、子供も8人。お前が一緒に悲しんでくれた、今は亡き恋人の名はクミカ』


 と、言えば……

 サキは驚いたまま、今度は首を縦に動かす。

 うん! 説得成功。


『わ、私の学校の名前、合ってる! それにクミカさんって! さ、さ、昨夜、ケンに聞いた名前通りじゃないっ!』


『当たり前さ、俺はケン本人だもの』


『で、でも! 信じられないっ! 顔が!』


『どうやら、幻影が解けたのは、何か理由があるみたいだな』


『理由……』


 俺が考え込んだのを見て、呆然としたまま、サキは呟くが……

 急に「ハッ」として、俺を見つめる。

 頭の中が整理出来て、現状を認識したのだろう。


 もう俺が幻影ではなく、『現実』に存在するという事を。


 感動して、サキの目が「うるうる」している。

 涙が「どっ」と溢れて来ている。


『う、嬉しいっ! もうまぼろしじゃないのよねっ! やっとケンを抱きしめられるっ、抱きしめて貰えるっ』


 サキは安堵と歓喜の声を上げ、俺にしっかり抱きついた。

 俺も、サキを優しく抱きしめる。


 幻影の時から、見るだけで分かっていたが、サキの身体は相当華奢だ。

 昨夜聞いた。

 容姿が全く変わった俺が羨ましいって。

 

 転生しても、あまり姿が変わらないのは、本当につまらないって……

 一応髪は綺麗な栗色で、外人風の可愛い顔になっていると、俺は思うけど……

 サキの要求は厳しく、望むレベルは高いのだろう。

 

 口を尖らせたサキは、いかにも残念そうに嘆いていた。

 もっともっと胸が欲しいの……と。

 年頃の乙女らしい悩みを打ち明けてくれたから。


『ケン! キスして!』


 ああ、やっぱり来た!

 でも困った!

 この流れは……ここで、もしもキスをしたら……

 サキの気持ちは『確定』してしまう。

 恋人関係になる。


 誤解のないように言うが、俺はけしてサキが嫌いではない。

 健気で愛おしいと思う。


 だけど、これでは完全に『消去法』だ。

 異世界転生して不安なサキは、身近に俺しか頼れる相手が居なかったから……

 他に選択肢がなく……俺を、恋人にしようとしている。


 サキ自身は「それで良い」と言うかもしれないけど……

 果たして、本当に彼女は幸せになれるのか?


 それに俺は所詮、神様の代理。

 サキの正規担当である女神ヴァルヴァラ様が来たら、引き継ぎをして、この異世界を去る。

 完全に、居なくなるのだ。

 以前、あのアールヴの美少女フレデリカに、辛い別れを告げたように。


 サキに強く抱きしめられながら、俺はふとフレデリカの事を思い出した。

 今考えても、胸が酷く締め付けられる。

 ……あの時は、フレデリカを、とても悲しませてしまったから。

 同じ辛さを、もうサキに味合わせたくない。

 サキへ、キスをするのに躊躇があった、その瞬間。


『ケン!』


 俺を、呼ぶ声が心に響く。

 念話、それも別の女の声である。

 この声は、管理神様同様、すぐに分かった。

 ……金髪碧眼の美少女ジュリエットの声……すなわち戦女神いくさめがみヴァルヴァラ様だ。


『久しぶりだな、ケン。……すぐにサキを連れて降りて来い。引き継ぎをするぞ! 階下の食堂で待っている』


 そうか!

 読めた!

 俺の身体が幻影ではなくなり、実体化したのはヴァルヴァラ様が来たあかしなんだ。


『え? だ、誰!?』


 どうやらヴァルヴァラ様の念話は、サキにも聞こえていたらしい。

 更にヴァルヴァラ様は、サキにも呼びかけをする。


『ふむ、お前がサキか?』


『は、はいっ!』


 「びしっ」とした、凄みのあるやや低い声。

 サキの身体が、「びきっ」と硬直した。


『私が、お前の新たな担当となるヴァルヴァラだ。いい気になってケンとキスなどしたら許さぬぞ! さっさと下へ降りて来い!』


『わ、分かりましたっ!』


 俺は無言で、肌着姿のサキに服を着るよう、促した。

 そして宿泊していた2階の部屋を出て、ヴァルヴァラ様の待つ階下の食堂へ降りたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ヴァルヴァラ様は、どちらの姿で待っているのか?

 本来の?

 それともジュリエット?

 または、全然違う姿なのか?

 

 気になったが、降りてみれば……

 やはりというか、以前会った事のある、金髪碧眼美少女ジュリエットの姿であった。


 ヴァルヴァラ様いわく――ジュリエットは、アールヴ美少女フレデリカなんかより、遥かに美しい!

 そう自ら豪語しただけあって、地味な宿屋では相当目立つ存在である。


 普通なら、宿泊客の男達からは注目を一身に集めるだろう。

 しかし何か魔法がかかっているらしく、周囲の男共はジュリエットを全く見ようとしない。


 同様に宿の中年女性女将も、部屋から俺と出て来たサキを、全く咎めようとしない。

 「お客様、勝手に男を連れ込んで! 私、聞いていませんよ!」とサキを怒るところなのに。

 まあ怒られたら、俺が魔法で何とかしようと思っていたが……


 さすが、ジュリエット。

 完璧な仕事ぶりである。


 一方、サキはといえば、驚愕していた。


「き、綺麗な人……」


 「ぽつり」と呟くサキ。

 ジュリエットのとてつもない美しさに、圧倒されてしまっている。

 すかさず、ジュリエットの教育的指導。


『サキ、肉声はNG! 念話オンリーだ』


『は、はい!』


 俺とサキは、ジュリエットの居るテーブルに座った。

 すると、ジュリエットは俺をじっと見る。

 サキへの教育が悪い! と、てっきり叱られると思ったら……


 意外? にもジュリエットは満面の笑みを浮かべる。


『ははははは! ケン、また会えて嬉しいぞ』


『ご無沙汰しています』


『何と! 他人行儀な! ケン! 私とお前はそのような仲ではあるまい』


 自分には徹底して、厳しい物言いをする金髪碧眼の美少女が、俺には笑顔。

 思いっきり相好を崩す様子を見て、サキは呆気に取られていたのであった。

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