第15話「絶叫」

 「ホッ」とした俺は……

 サキへ、駄目押しのフォローをする。 


『サキ、冷める前に朝メシ食え! とっても美味いぞ! がっつり食べろ。但し、ぶくぶく太っても責任は取らん』


『うわあ、ケンったら、ひっど~い! ぶくぶく太ったら責任取ってよぉっ! うふふふふっ』


『…………』


 ず~っと、元気のなかったサキが一転。

 昔の俺がしでかした、『ジュリエットへの無礼さ』をネタにして、心の底から嬉しそうに笑う。

 

 そんなサキを、ジュリエットは黙って「じっ」と見つめていた。

 そしてちょっとだけ落胆したように、ため息をつく。


『ケン、ちょっと良いか?』


『はい』


『急に話が変わるが、お前には教えておこう、ラウルの事だ』


 ラウルか……

 懐かしい名前だ。

 確か……

 ヴァルヴァラ様からは『銀の剣』を授かり、俺からは『勇気』を貰ったって、凄く喜んでいたっけ。

 ……今頃どうしているのか。


 俺はつい軽い調子で聞く。


『ああ、ラウルかぁ、あいつ、元気っすかね?』


『いや、残念だが、もう死んだ』


 あっさり、ラウルの死を告げるジュリエット。

 衝撃の事実を知らされ、混乱する俺。


『え? ええっ!? し、死んだ? な、何故!』


『いや、心配するな、敵や魔物に殺されたとかではない。ラウルは無事、天寿を全うしたのだ。85歳で安らかに眠った』


『は、85歳!?』


 え?

 85歳!

 ふう、ならば、まだ納得する。

 医療があまり発達していない、回復魔法頼みのこの異世界では、

 「結構長生きした」と言って良いだろうから。


 安堵した俺に対し、ラウルの死を告げたジュリエットは満面の笑みだ。

 素質ある可愛い弟子を、無事に育て上げ、大成させ、役割を果たすべく活躍させた。

 最後は、天寿を全うさせ、結果素敵な人生を送らせた……

 サポート女神として最高の『達成感』がにじみ出ている。


『ふふふ、詳しい説明は省くが、あいつの行った世界はこちらと時間の流れが違ってな。お前と別れてから、結構な時間が経ったのだ。まあ、天界から見れば、ほんの一瞬だが』


『な、成る程……あいつ幸せな一生を送ったのですね』


『うむ、幸せな人生だったと思う。任せた村を完璧に守り、村民に尊敬され、家族にも恵まれた……嫁が5人、子供は10人、孫が5人、ひ孫が2人と言ったところだ。レベルは残念ながらお前の99には届かず、年齢と同じで85止まりだったが……』


『あ、あの、すみません、ジュリエット様……ラウルさんって誰ですか?』 


 俺とジュリエットが、『ラウルの話』で盛り上がっていると、

 サキが「おずおず」という感じで会話へ入って来た。

 

 でも驚いた事に……

 質問した相手が、聞きやすい俺ではなく、ジュリエットなのだ。

 今後の『ふたりの関係』を考えると、何か、「ホッ」とする。


『うむ、ラウルとはな……』


 ラウルを、全く知らないサキへ……

 ジュリエットは、既に亡くなった『弟子』の素性と生涯を説明した。


 ある国の若き王子であった事。

 卑劣且つ愚劣な兄の仕組んだ、汚い陰謀に巻き込まれた事。

 しかし、性格が誠実で真面目過ぎて、敢えて兄を恨まなかった事。

 俺やサキの体験した『異世界転生』とはまた違う、

 『異世界転移』で新たな人生を歩んだ事。

 新たな人生において選んだ役割が、俺と同じく、

 辺境の村を守る『ふるさと勇者』であった事など……


 ラウルの人生を聞いたサキは、驚いて目を丸くする。


『凄い……ラウルさんって、波乱万丈な人生を送った方なんですね』


『ああ、確かに波乱万丈な人生だな。おお、そう言えば、あいつ……たったひとつだけ心残りがあると申しておった』


『ラウルさんの心残り……』


 ラウルの心残り?

 それって、何か?

 

 俺も気になった。

 思わず、聞き耳を立てる。


『ふむ、それはな……兄のように慕っていたケンに、また会いたいという望みが、叶わなかった事だ』


『え!?』


 俺は吃驚した。

 ラウルが、俺を兄のようにだって?

 そんなに俺の事を?

 ……俺だって、弟みたいに思えて、いつかは「よぉ、元気か?」って会いたいと思っていたのに。


 俺は遠い目をしながら、ふとサキはと見れば……

 同様に驚いていた。

 そしてジュリエットは、意味深な事をサキへ言う。


『覚えておけ、サキ。人間が次元の違う世界へ、再訪する事は滅多にない。ケンとラウルの出会いは、まさに一期一会であったのだぞ』


『え? あ、あの、一期一会……って? 一体何でしょう?』


 サキはこの有名な諺を知らなかった。

 「きょとん」としている。

 

 ヤバイ!

 と思ったら、やっぱり。

 ジュリエットの怒りが、否、教育的指導がさく裂する。


『サキ! この馬鹿者め!』


『ひぃ!』


『呆れるぞ、お前という奴は。元居た世界のことわざさえ知らぬのか? 有名な言葉なのだぞ?』


『す、済みませんっ!』


『今後は私と、そのような事もしっかり学ぶのだ。良いか?』


『わ、分かりましたっ! ご、ごめんなさいっ!』


 サキが反省したと見て、ジュリエットは大きくため息をつく。


『はぁ……仕方がない。サキ、ようく聞け! 一期一会とはな、簡単に言えば一生に一度の出会いであるという事だ』


『え? 一生に一度!? ……なのですか?』


『そうだ、サキ。断定は出来ぬが……お前とケンも、多分そうなるだろう』


『えええっ!? 私とケンがっ!!!』


 サキは驚くが……

 ジュリエットの言う通りだろう。

 

 俺は、自分の力では、以前行った事のある異世界へ行く事は出来ない。

 ラウルに会えなかったのもそのせいだし、あのアールヴ美少女フレデリカに会う事ももう二度とないだろうから……


 時間や次元の壁を超える。

 それこそ神の領分であるのだから。

 いくら「神に近い力を持つ」と言われても、俺には不可能な事がたくさんある。

 レベル99の力も、けして全知全能ではないのだ。


 だがサキは……

 『厳しい現実』を突きつけられ、大ショックを受けたらしい。

 俯いて「ぶつぶつ」と呟いている。


『ケンに……会えない……もう二度と会えない……』


 そんなサキへ、ジュリエットは言う。


『どうした、サキ。B級神のケンなどより、A級女神の私の方が育成能力に優れておる。お前を立派な一流魔法使いにして、富と名誉を与えてやろう』


『私が立派な一流魔法使いに? ……富と名誉……』


『おお、上手く行けばお前は、どこぞの国の王子と結婚出来るやもしれぬ。子供の頃、白馬に乗った王子様が迎えに来たらと、夢見ていただろう?』


『う! 白馬の王子様……うううっ、確かに素敵……』


 ジュリエットが告げたのは、どうやら図星のようだ。

 昔のサキには、『白馬の王子様願望』があったんだ……

 まあ、女子が幼い頃持つ夢としては、想像に難くない。


『ふふふ、サキよ。このジュリエットに万事任せておくが良い』


 笑顔で「ポン」と軽く、胸を叩いたジュリエットであったが……


『で、でも! い、嫌ぁ! 嫌です!!!』


 サキはいきなり身を乗り出し、ジュリエットへ大声で叫んだのであった。

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