第17話「運命の分岐点」
オベール様から熱心に頼まれた事もあり、俺はアンリを預かる事にした。
但し、最終決定する前に、アンリには念を押した。
俺はオベール家の宰相を拝命してはいるが、貴族ではなく、所詮平民である事。
本分はボヌール村の村長代理であり、仕事の配分も村の方が遥かに上である事。
月に1回から2回くらいしか、このエモシオンに来ない事……などだ。
宰相の仕事、村長の仕事以外の、現場の仕事及び雑用も数多い。
承知の上で俺と働くのなら、「これは嫌」とか、「あれは出来ない」とか、えり好みは一切禁止という事も伝えた。
アンリは、俺の出した条件をしっかり復唱して、不明な点は確認して来た。
その上でも、俺の実質的従士を希望したのである。
更に簡単な説明をしていたら、あっという間に夜も更けてしまった。
俺はスキルも含めて特異体質だから平気なのだが、アンリは常人。
それに長旅の疲れもあるから、無理やり寝るように命じた。
何か、俺と話すのが楽しそうで、残念な顔をしていたが。
いつもの宿泊部屋に戻ると、嫁ズはまだ寝ないで全員が起きていた。
やはり、俺とアンリの話が気になったようである。
詳しく説明すると、明け方になってしまいそうだったので、ざっくり話す。
昼間の受け答え等を含めた態度、女性救出に協力した事もあり、アンリに対する嫁ズの印象は概ね良かった。
もしレベッカが居れば、アンリがそこそこイケメンであったから、更に嫁ズの好感度が増しただろう。
「あんな子が、ボヌール村へ来てくれれば良いのにね」
「確かに!」
「若くて丈夫で強くて、性格も真面目で、物事に一生懸命取り組みそう」
「旦那様、思い切って誘ってみたら?」
「そうですよ」
とか、言う始末。
確かに俺も、否定はしない。
新たに村へ来てくれる人が、全てアンリみたいなタイプで良いとは思わないが、ひとつの理想形である事には間違いない。
でもいくら騎士に幻滅して、俺に仕えるからって、すぐ村民にするというのは性急。
基本は騎士を目指して修行しに来たのだし、王都で貴族として暮らしても来た。
片や俺達って、基本は農民。
普段、やっている事、生活環境も全く違う。
それにアンリとは今日会って、第一印象は凄く良かったけれど、暫く一緒に過ごしてみないといけない。
ある程度時間を共有しないと、本当の『人となり』は分からないだろう。
お互いの相性だってあると思うし。
ああ、もう日付けが変わってしまった。
新村民候補誕生の期待に目を輝かせる嫁ズに対し、俺はしっかりブレーキをかけながら、就寝を促したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝……
俺と嫁ズは、オベール様一家と、大広間で朝食。
当然だが、アンリも同席していた。
改めて、昨夜の話の顛末を話したら、オベール様はホッとしていた。
イザベルさんも同じ表情をしていたのは、アンリの事情と気持ちを知っているからだろう。
昨日軽く伝えておいたが、アンテナショップの候補も3番目に見た全員一致の店舗でOKを貰った。
このように、話自体は順調だが……
昨日の救出騒動で少し『予定』が押している。
やるべき事を整理し、午前はボヌール村、午後はオベール家の用事をこなす事に決めた。
うん、今日も頑張ろう。
朝食後、お茶を飲んでいたら、昨日助けた女性が顔を見せた。
昨日オベール様達へは感謝を伝えると共に挨拶したので、俺とアンリへ改めてお礼が言いたいのだそうだ。
女性は年齢が俺と同じくらい。
20歳を少し超えていた。
ウチの嫁ズでいえば、雰囲気が少しクラリスに似ている。
背は小柄。
茶色の髪でセミロング。
優しい垂れ目をしていて、可愛らしい感じ。
「おはようございます! 改めまして! エマ・クロワゼと申します。昨日は、危ない所を助けて頂き、本当にありがとうございました。助けて頂いたばかりか、手当てまでして頂けるとは……本当に感謝しております」
おお、「はきはき」していて、言葉遣いも丁寧。
俺の第一印象グッド。
え?
新たな嫁候補?
いや、さすがにそれはない。
皆で更に話を聞いたら、エマさんはやはりエモシオンへ来たばかり。
町を見ながら歩いていたら、いきなりあの男共に絡まれたそうだ。
でも良かった。
助ける事が出来て、こうして無事で。
必死に抵抗した為、奴等に殴られ、蹴られ……
本当は結構な怪我をしていたのだが、俺が「さくっ」と回復魔法でかすり傷程度の軽症にしておいたのである。
なので、本人も不思議がっている。
「あの……私、こんなにすぐ元気になるなんて……」
しかし、こんな時にはオベール様がナイスフォロー。
俺が何かしたって、薄々感づいているのだろう。
「まあ、良いじゃないか、
そして、イザベルさんも、
「そうそう! それより、これからの事を考えなくちゃ。エマさんは何か、あてがあるの?」
「いえ、私……とりあえずこの町へ来て、仕事と住む場所を探そうかと」
「ならば、ちょうど良いわ。夫とも話したのだけれど、ウチの使用人として働かない? この城に住み込みで」
おお、エマさん、良かったじゃないか。
イザベルさん、昨日少しエマさんと話をして、第一印象が良かったとみた。
当然、エマさんは吃驚。
「え? 私が? 領主様の使用人ですか?」
「そうよ! この後に時間を貰って、貴女の事をもう少しお聞きしたいわ。その上でお互いに合意したらって事で」
「そ、それは! 雇って頂けるなら、本当にありがたいのですが……良いんですか?」
「ええ、だからとりあえずお話ししましょ」
「あ、ありがとうございます! 奥様」
にっこり微笑むイザベルさん。
口に手をあてて、嬉しい
俺と嫁ズ、そしてオベール様もアンリも顔がほころんでいる。
エマさんの運命の道は……
俺やアンリという分岐点により、地獄から天国へ行く道へ変わったのだから。
これで俺も、自分の仕事に集中出来る。
嬉しそうに話すエマさんを見て、俺は「ホッ」と安心していたのであった。
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