第16話「アンリの本意」

「これで、私の話は終わりだ。後はケンとアンリ、ふたりで話せば良い」


 オベール様はそう言い残すと、さっさと書斎を出て行ってしまった。

 笑顔のアンリは相変わらず、俺を見つめていた。

 苦笑した俺は、まずアンリの真意を聞きたい考える。


「アンリ、いろいろ聞くぞ、単刀直入に」


「はい! 何なりと」


 俺の問いかけに対し、打てば響くという返事。

 こいつ、やっぱり気持ちが良い受け答えをする。

 好感度が、更にアップだ。


「さっき……お前は騎士に拘らないと言ったな、王都に住まう騎士爵家の三男なのに何故だ?」


「はい! 私は騎士の真実を知ったからです」


 え?

 騎士の真実?

 何だ、凄い哲学的な切り返し。

 意味ありげな言葉だけど、一体何だろう、それ。


 なので、思わず俺は聞き直す。


「騎士の真実?」


「ええ、本来騎士とは崇高な精神を持ち、全ての人々の為に、戦う者としてあるべきです」


「まあ、そうだろうな」


 俺は騎士の精神を思い出す。

 忠誠、公正、勇気、武芸、慈愛、寛容、礼節、そして奉仕の精神を騎士は尊ぶのである。


 だが、アンリは首を振る。


「しかしこの国の、特に王都在住の騎士は違います。庶民の懇願など一切無視し、王族と上級貴族の為にしか働かない。または己の私利私欲の為のみでしか動かない」


「え? そうなのか?」


「はい! 私の父も含め、奴等は腐っています。騎士という皮を被った偽善者です」


「…………」


「オベール家へ来たのは、地方の騎士ならば、ある程度戦う者として負うべき義務を果たしている。ようは王都の惰弱な奴等に比べれば、まだましだという事からです」


「ううむ、お前、言い方きついな」


「ええ、嫌というほど、王都の奴等の醜い姿を目の当たりにしましたもの……お世話になるクロードおじさんには申し訳ないのですが、残念ながら真の騎士はもう滅んでいると思います。だから私は敢えて騎士に拘らないのです。実は、お前の将来だから自由にしろと父からも言われています」


 アンリが騎士に拘らない理由は、よく分かった。

 父親の了解も貰っているなら、問題ない。

 だけど、自分のお父さんも騎士なのに、普通はここまで言うだろうか?


「…………」


 俺の無言の問いかけを感じたのだろう。

 アンリは寂しそうに笑う。


「自分の父までをあしざまに言う……こいつはとんでもない奴だと、ケン様は思われているでしょうね」


「……まあな」


「実の父をおとしめるなどとんでもない、確かに自分でもそう思います。創世神様の教えに反した私は、死後、必ず冥界へ堕ちるでしょう。ですが、果たすべき役割を忘れた騎士はもっと罪深い、更に深き冥界の底へと堕ちるでしょう」


 こいつ……

 本当に真面目だし、自分を客観的にも見ている。

 ……じゃあ、次の質問だ。


「成る程、お前が騎士に拘らない理由は分かった。では次の質問だ。何故このエモシオンへ来た。騎士になるにしろ、ならないにしろ、王都の方が将来への選択肢がある筈だ」


「ケン様の仰る通りです。王都に残って将来を模索すれば、騎士以外の道もいろいろとあったでしょう」


「では何故だ?」


「クロードおじさんです」


「オベール様か」


 やっぱりだ。

 話してみて分かったが……

 アンリの口調から、実の父よりもオベール様へ、深い愛情を感じる。

 本当に、いろいろと『ワケアリ』なんだな。


「はい! 私如き半人前が力になれるか分かりませんが、少しでもおじさんの助けになりたい……だって、お気の毒でたまりませんから……」


「気の毒……か」


「はい! 御存じでしょうが、王都で行方不明になったステファニー様は相変わらず所在不明です。……おじさんには、絶対に言えませんが……事件が起きてから長い時が過ぎました。残念ですが、もう生きてはいないでしょう」


「…………」


 またも、俺は黙り込んだ。


 アンリは『真実』を知らない。

 オベール様とは固く約束をしたから、当然なのだが。


 そう!

 ステファニーは生きている。

 

 ソフィと名を変え、俺の嫁となって、ボヌール村で幸せに暮らしている。

 オベール様とも、ちゃんと会っている。

 ステファニーの子供……すなわちオベール様にとって、可愛い孫まで生まれている。

 そうアンリには言ってやりたかったが……それは出来ない。


 複雑な俺の顔を見て、同意してくれたと思ったのだろう。

 アンリの話は、続いて行く。


「その余波で二度目の結婚も破綻し、当時のクロードおじさんは荒れに荒れていました。まあ無理もありません、家族がばらばらになり、ひとりぼっちになってしまったのですから……」


「…………」


「私もすぐ伺いたかったのですが、10歳やそこらでは、ここまでひとり旅をする事は出来ません。なので住み込み修行が終わり、この年齢になるまでじっと待っていました」


「…………」


「幸い、クロードおじさんは立ち直り、3度目の結婚をしました。そしてフィリップ様もお生まれになって、漸く幸せを掴む事が出来ました。今日お会いした時、イザベル奥様と仲睦まじいおじさんの笑顔を見て、私は凄く嬉しかった」


 アンリはそう言うと、晴れやかに笑った。

 波動で分かる。

 嘘なんかじゃない。

 本当に良い奴なんだ、こいつ。


「…………」


「ここへ来るまで、私はおじさんと、ずっと手紙のやりとりをしていました。生き甲斐や、支えとなったのがイザベル奥様であるのは勿論ですが、ケン様……貴方も支えだと、いつも書かれていたのですよ」


「奥様と俺がオベール様の支え? そうだったんだ」


「はい! これから言うのがエモシオンへ来た本当の理由かもしれません。私はクロードおじさんに会おうと決めたのと同時に、ケン様にも興味が湧きました。何故だかおじさんは、ケン様の事を曖昧にしか教えてくれませんでしたので、この町へ来たら絶対、お会いしようと思っていたのです」


「…………」


「私は騎士爵家に生まれ、成り行きで騎士への道を歩んでいます。それは果たして歩むべき自分の正しい人生なのか? ずっと自問自答して生きて来ました。クロードおじさんに会い、そしてケン様に会えば、何か新たな道が開けるかもしれない、そう考えていたのです」


 ……話が見えて来た。

 エモシオンへ来たのは、アンリの『自分探しの旅』って奴だったんだ。


「そうか……で、俺に会ってどう思った? それが俺に弟子入りしたい理由だろう?」


「はい! ケン様は強くて優しい。そこまでは当たっていましたが……」


「そこまでは当たっていた?」


「はい! ですがそれ以外は……私の予想とは全く違っていました。何を考え、どう動くか、全然分からない、予測がつかない、今迄に出会った中には居ない方だと……だから、わくわくしたのです」


 アンリはそう言うと、また碧眼をキラキラさせて、俺を見つめたのであった。

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