第15話「オベール様の理屈」

「は? 弟子?」


 いきなりの申し入れに、「きょとん」とした俺が聞けば、アンリの奴、更に駄目押し。


「はいっ! ぜひぜひケン様へ、弟子入りさせて下さいっ」


 やっぱり、俺の聞き間違いではなかった。

 アンリの奴……本気なんだ。

 戸惑う俺は、再び確かめようとする。


「……おいおい何、馬鹿な事を……「おお、構わないぞっ」言って……え?」


 ああ、途中で話をさえぎられた。

 何だよ!

 オベール様ったら、試合の時同様、また勝手にOKしちゃっている。


 あの……

 俺は確かに貴方の家臣だけど、事前に何の相談もないじゃないですか。

 やらなきゃいけない仕事だって山積みだし、現状でアンリの世話をする余裕はない。

 ……少々、無茶振りじゃあないですかね?


 まあ、ここで俺が騒いだり、拒否したりしない方が良いのは分かっている。

 なので、我慢して、大人の対応だ……


 但し、ちょっと声が冷たいかも。


「……オベール様、後でゆっくり話しましょう」


「おお、ケン、どうした? 何か怒っているのか?」


「いいえ、別に……ところで、アンリ君の弟子入りって、何か理由があるのでしょう?」


「ああ、あるぞっ」


 あるぞって、あっさり認めて……

 もう、相変わらず能天気なオベール様。


 嫁ズも、「はあ?」という感じで、オベール様を見ている。

 ミシェルなんて、「お父さん、一体何を考えているの?」という非難の眼差しだ。

 俺がいっぱい『仕事』を抱えているのを知っているから。


 更に別の視線を感じたので、見れば……

 オベール様の奥様、ミシェル母でもあるイザベルさんだった。

 何か、「許してあげて」って感じで、苦笑している。

 やっぱり何か、ワケアリのようだ。

 でも、大した問題ではないと見た。

 もし本当にヤバイのなら、夫の暴走に対し、イザベルさんも黙ってはいないだろうから。


 気が付けば、もう時間は夕方遅い……

 昼食が遅かったが、夕食は時間通りに摂るみたいだから。

 飯食った後に、オベール様とアンリから話を聞かないといけない。


 俺はとりあえず、アンリの『弟子入り』を了承し、場を収めたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 夕食後、オベール様の書斎……


 俺は嫁ズには断って、男同士3人の話し合いにして貰った。

 イザベルさんも分かっているらしく、了解してくれた。


 男同士にしたのは、俺の勘。

 嫁ズやイザベルさんをないがしろにするわけではないが、込み入った話のようだから、最初は気楽な少人数でと考えたのである。


 さあて、詳しい話とやらを、聞こうじゃないか?

 理不尽な無茶振りを理由に、きっぱり断っても良いけれど……

 ただ、引っかかる。

 オベール様とアンリ、ふたりの真面目なキャラを考えたら、悪意から来ているとは思えないもの。


 一方的に決められはしたが……

 この場は話し合いだから、当然穏便にやりたい。


「ええっと、まずお聞きしますが、どうして俺なんですか? 俺は騎士じゃないし、またすぐにボヌール村に戻る身です。アンリ君の師匠には不向きだと思いますが」


 俺の問いかけに対し、アンリが『理由』を話そうとする。


「ええっと……」


 しかし、オベール様が理由を話そうとするアンリを押さえて、


「ちょっと、待った。まず、私から話そう」


「はい、クロードおじさん」


 アンリも素直に聞き入れて、オベール様に任せるみたい。

 オベール様はアンリへ頷くと、口を開く。


「ケン、アンリはな。彼が小さい頃から良く知っている。後輩の子なんだが、私は実の息子のように思っている」


 実の子……

 そこまでオベール様に言わせるなんて、本当に可愛がって貰っているんだ。

 俺だって、アンリは嫌いなわけじゃないし、第一印象では好ましい子だと感じている。


「成る程」


 俺が返すと、オベール様は話を続ける。


「うむ、そしてアンリとは最近までずっと魔法鳩で、手紙のやりとりをしていてな。ケンの事もいろいろと伝えていた」


「俺の事を……ですか?」


「ああ、ケンは領内在住のとても優秀な村民で、平民だが宰相にしようと思っていると。文武両道、全てにおいて秀でているとな」


 そりゃ、褒めすぎですって……

 いくら息子と思う人でも、外部の人へ、あまり誇大広告はやめましょうよ、オベール様。


「…………」


 無言になった俺に構わず、オベール様は話を続けて行く。


「どちらにしろアンリは、間を置かず王都から出て、武者修行をするつもりだったから、良ければウチへ来いと言った」


「…………」


「アンリはすぐ了解して、旅立つ前に手紙を寄越し、ケンに引き合わせて欲しいと頼んで来たのだ」


 俺にねぇ……

 まあ、興味を持つのは当たり前かも。

 父親代わりの人が、そこまで褒めちぎる家臣に会ってみたいと思うのは、自然な気持ちだから。


「ええ……話は見えて来ました」


「うむ、それで私は言った。お前が気に入れば、ケンに仕えれば良いと」


 え?

 何それ?

 俺に仕えるって?


 ここで一気に、話が飛躍した。

 だって、アンリの目的は騎士修行でしょ?

 一人前の騎士になる為に、エモシオンへ旅をして来て、オベール家に仕えるんでしょ?

 そもそも、俺は騎士じゃないって分かっている筈なのに。

 

 なので、ここで俺は疑問を呈す。


「全然、話が……見えませんが」


 さすがにオベール様も、話すタイミングを分かっていたみたい。

 ズバンと、直球を放り込んで来たのである。


「ああ、ここからが本題だ。アンリは一応騎士見習いという名目で来たが……実際、騎士になる事に、拘ってはいないのだ」


「え?」


 な?

 さすがに俺も吃驚。

 王都在住の騎士見習いが、わざわざこんな田舎へ来るのは不思議だと思っていたが……

 騎士に拘っていない?

 ならどうして?


 首を傾げる俺に対し、更にオベール様は言う。


「であれば、大丈夫だろう? お前の弟子にするなり部下にするなりして、騎士修行に限らず自由に使い回してくれ。村へ戻る際は、ここに残すなり、村に連れて行くなり自由にして構わん」


 いや!

 「であれば、大丈夫だろう?」って、違う!


 だ~か~ら~、オベール様の仰る理屈自体は理解出来ますけど……

 肝心の、アンリの本意が分からないんですって。

 王都の騎士爵家の三男なのに?

 だったら騎士にならないと、実の父親もうるさいだろうに。


「…………」


「ちなみに、今迄の話が全てではない。但し、この場で私へは聞かないでくれ。アンリから直接、聞くが良かろう」


 まだ、理由があると匂わせるオベール様。

 確かに、先ほどまでの話は、『弟子入り』のちゃんとした説明にはなっていない。


 でも何?

 この場では聞くな?

 アンリに、直接聞け?


 思わず、アンリの顔を見た俺に対し……

 アンリは笑顔のまま、再び頭を下げたのであった。

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