第16話「説得と号泣」

 またもや、黙り込んでしまったオベロン様……


 そんなオベロン様の誇りを尊重して、俺は敢えて彼の心を読まない。

 だから、はっきりとは言えないけど。

 表情を見る限り、気持ちの変化はあった。

 多分、反省はしている……と思う。

 そう、とりあえず……

 こちらの話を聞いてくれる気には、なっているようだけど。


 何回か経験した事があるけれど、こんな感じで自分が悪い癖に素直に謝れない人って多い。

 自分が間違った、やらかしたって自覚しても、まるで謝るのが一生の恥みたいに思っているようだ。

 多分、先に謝りたくない意地があるのだろうし、いろいろな価値観やしがらみにも囚われているのだろう。

 

 私見だけど、はっきり言って、つまらないプライドだ。

 

 だって、人間なんて、『完璧』という言葉からは程遠い生き物。

 いや、一生のうち、成功する方が少ないだろう。

 例えれば、野球の打率かも。

 3割なら大が付く成功、残りの7割が失敗。

 そう考えると、間違いと失敗の積み重ねが人生じゃないか。


 そして人間同様、妖精だって過ちを犯す。

 昔読んだ神話にもあったし……

 

 人間も妖精も、神様じゃあないんだから、しょっちゅう間違う。

 断言出来る。


 かと言って、素直に謝らないのは論外。

 よくある「もう一切を忘れよう」なんてのも進歩がない。

 忘れて気持ちを切り替えるのは、確かに大切。

 だけど、そのまま『忘れるだけ』では駄目だろう。

 

 大事なのは……いかに自分を省みれるかって事。


 だから、潔く「俺が悪い!」って言えて、尚且つ自分を変えようって努力する人は、何というか『器のでかさ』を感じる。

 そんな人、見てて凄く気持ちが良い。

 俺もぜひ、見習いたいと思ったから。

 

 今のやりとりを考えれば……

 俺は正しい理屈を言っていたと思うが、態度と方法が正しくない。


 可愛いテレーズの幸せを考えれば、いつまでも、俺が意地を張っていても仕方がない。

 だからここは、俺の方から折れるべきなのだ。


 と、いうわけで駄目押しである。


『再度、詫びる! オベロン様、本当に申し訳ない! ……俺のとった無礼な言動、許して貰えるかな?』


 そう言ったら、オベロン様も遂に意地を張るのをやめてくれた。


『……わ、分かった! 確かにそなたは戦いを仕掛けた余に対し、最初は対話を申し出た』


『ですよ! なのに、全然話を聞いてくれないから』


『うむむ、確かに! 話す事を嫌った余と戦いになり、そなたは一方的に勝利した。なのに謝るとは……そなたは紳士的で男らしいな』


 おお、今迄とはまるで逆に褒めて貰えた!

 それに俺への見方も、だいぶ変わって来たみたい。

 

『それは褒めすぎですよ。だって、話し合って、解決するならそれが一番良い。俺、基本的に戦いたくないもの』


『戦いたくないだと? 到底信じられぬ……そなたは、余よりも遥かに強いではないか……それに、全然勝ち誇らず、偉ぶらないとは……』


『偉ぶらないですよ、俺、単なる平民ですから』


『むう、どうやら余は、そなたを誤解していたようだ。よくよく考えれば管理神様のご指示により、我が妻を大事に預かってくれていたのに』


『そうそう、やっと話が見えたみたいですね』


『うう、なのに……余は……あんな振る舞いをして……ああ、自分が……恥ずかしい』


 ああ、やった!

 反省してくれた。

 これは、テレーズへの純愛復活の第一歩だ。


『オベロン様、貴方が分かってくれれば嬉しいですよ……テレーズに優しく接して、大事にもしてくれれば、俺は彼女をぜひ返したい。夫婦ふたり、幸せに暮らして欲しいから』


『…………』


 俺が嬉しくて、つい本心を吐露したら、またオベロン様は黙った。

 ここは、勝負だ!


『オベロン様、提案したい』


『提案? おお、余にか? 何だろう? 聞かせてはくれまいか』


『ええと、こうしてはどうでしょう? 今日はとりあえず、貴方には国へ戻って貰う。そしてちゃんと準備をした上で、明日にでもテレーズを迎えに来て欲しい』


『な、成る程! 余へ、ひと晩たっぷり反省しろと言うのだな?』


『いやいや、反省しろなんておこがましくて言えないですけど。ひと晩かけてテレーズへの接し方、考え方をもう一度思い直して欲しい。彼女が貴方にとってどんなに大切な女性かをね。そして管理神様の指示通り、テレーズの父親である商人を装って、村へ迎えに来て欲しい』


 俺は、一気に告げた。

 すると、オベロン様、圧倒されたように俺を見ている。


『……りょ、了解した。お前の言う事は筋が通っているし、管理神様のご指示もある』


『本当ですか? ありがとうございます。そうして頂ければ、俺、感謝しますよ』


『いや、そなたが感謝するなどとんでもない。それはこちらの言う事だ。余は反省し、行いを改める。何よりも余にとって、ティー、……い、いや! テレーズは大事な妻だからな。明日、改めてお前の村へ出向こう……』


『じゃあ、合意のあかしに握手してくれませんか? 俺みたいな人間とは嫌かもしれないけど……』


『そ、そんな事はない!』


 そう言うと、納得したらしいオベロン様は微笑んで、俺に手を差し出してくれたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 驚いた事に……


 さっき謝罪した俺みたいに、オベロン様は笑顔で深く深く一礼すると、スッと消えてしまった。

 多分、転移魔法で『国』へ戻ったのであろう。

 明日に向けて、しっかり準備をして来る筈だ。


 しかし仰天したのは、俺とオベロン様のやりとりを見ていたテレーズである。

 俺とオベロン様は念話、つまり心と心で話していたから外へ会話が聞こえない。

 

 話の流れで、オベロン様はテレーズに無断で引き揚げてしまった。

 だから、「交渉が決裂してしまった!」と、テレーズは思ったのだろう。

 真っ青な顔をして、すっ飛んで来た。


「ああ、ケン! ど、どうしてっ! あの人はっ?」


「おお、テレーズ、良かったな、話はついたぞ。明日、お前を迎えに来てくれる筈だ。」

 

 俺がそう言うと、驚いたテレーズは目を丸くする。


「え? 話はついた? 明日迎えに?」 


「ああ、ばっちりついたぞ。イケメンなオベロン様の事だから、明日、かっこよく『決めて』迎えに来てくれるんじゃあないか?」


 せっかく俺が念押しして教えたのに、テレーズは首を傾げている。


「…………」


「どうした? きょとんとして?」


「……何故? 不思議……信じられない……あの人は気位が異常に高いわ。ケンのような人間の言う事を素直に聞いてくれる人ではない……」


 あくまで懐疑的なテレーズへ、俺は首を横に振る。


「大丈夫! オベロン様は、やっぱりお前が愛する人だけの事はあるな。男らしくて、さっぱりしていた。潔く、自分の至らない点を認めていたぞ」


「まさか!?」


「安心しろ! 約束の握手もした。じっくり話してみて分かったが、あの方もお前の事を深く愛している。ただ、俺と一緒で凄く不器用なだけだ」


 俺は、きっぱり言い切った。


「あ、あああ……」


 全てが解決した事を知り、テレーズは……呆然としていた。

 嬉しさのあまり、言葉が上手く、出て来ないみたいだ。


 そんなテレーズを見て、俺も嬉しくなって笑顔が出る。


「良かったな、テレーズ。明日、国へ帰れるぞ。……これから、お前はとても大事にされる筈だ」


「あああああっ!」


 テレーズは俺をじっと見て、顔をくしゃくしゃにする。

 そして、思いっきり俺に飛びついた。


「わああああああ~ん、わあああああ~んんん!!!」


 今迄の様々な思いが押し寄せて来て、テレーズは感極まったらしい。

 

 俺の胸に顔を突っ込んで……クーガー、レベッカそして従士達が見守る中……

 号泣するテレーズの声は、ずっと湖畔に響いていた……

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