第14話「愛妻」

 テレーズの夫らしき男は、俺が空を飛んだのに吃驚している……

 まさか、『さえない』人間の俺が、上級レベルの飛翔魔法を使えるとは思わなかったんだろう。

 

 奴とは、まだ15mくらい離れていた。

 俺も今迄の戦い方から学んでいる。

 いきなり接近して、相手が泡食って『暴発』すると困るからね。

 まあ、もう数mだけ、近付くか……

 

 こうして俺は、テレーズの『夫』と正対した。

 そして、まじまじと奴の顔を見れば、 


 目が真ん丸、口ポカン。

 よだれまで、だらっと垂らしてる。

 空中で固まっちゃってる。

 カッコわるい。

 イケメン台無し!

 

 こうなっても、まずはやっぱり対話だろう。

 いきなりの暴力は、絶対反対主義!

 まあ、俺の言葉遣いは結構、喧嘩腰だけどね。


「おい、いきなり変な魔力出して、ウチの嫁をあんなに怯えさせるな。少しは落ち着けよ」


「…………」


 さっきテレーズへ呼び掛けた夫だが、またもや黙っていた。

 「お前みたいな人間は大嫌いだ!」という魔力波オーラを、強力に放っている。

 仕方ない、もう一度対話だ。


「嫁にはおいこら言えて、俺にはだんまりか? 平和的に話せないのかよ?」


 再び対話を求めると、黙ったまま、相変わらず例の殺気をぶつけてくる。

 駄目だ、こりゃ!

 

 こうなったら、ズバズバ言ってしまえ。


「おいおい、ずっと変な殺気出しやがって、普通に話し合いも出来ないのか? 馬鹿か、てめぇは?」


「き、き、貴様ぁ! さっきから余に向かって何だ! たかが汚らわしい人間の癖に、その口の利き方はっ! 無礼者めがっ!」


 あら? 話せるじゃない。

 やっと、俺に向かって喋った。

 

 でも、完全に切れたみたい。


 いつの間にか、口調が変わってる。

 テレーズのみやびな話し方と同じって事?


 でも『余』と来たよ。

 無礼者め! と来たよ。


 じゃあ、奴はやっぱり妖精の王様?

 もしや……

 でも……どんなに偉い奴でも関係ない。

 今の俺の中では、テレーズみたいな『可愛い嫁』を大事にしない、ただの『おいこらおっと』だ。


 またも強い魔力を感じる。

 どうやら、攻撃魔法を発動するようだ。

 奴から、破壊の意思が籠った魔力が放出されているから。

 

 ふうん、やっぱり話し合い無しで戦いに突入?

 なら、仕方がない。


 そんな事考えているうちに、奴は魔法を発動する。


「吹き荒れよ、暴風! この愚かな人間を粉々にせよ!」


「おっと、じゃあこっちも! 風の壁ウインドウォールだよ~ん!」


 奴から放たれた『暴風』は俺に向かって吹き荒れるかと思われたが……

 更に上を行く、俺の発動した強力な風の壁に当たった。

 呆気なく……四散する。


「な?」


「はっは~、俺も、結構、風の魔法が得意……なんだよ~ん」


 ありゃ、管理神様の口癖が移っちゃったかな?

 ……まあ、良いや。

 って、何だ、奴め、懲りずにもう一発撃とうとしてる?


「く、くそっ! ぼうふ……」


 あら?

 「くそっ」なんて、駄目じゃない。

 王族の癖にお下品な、いけない子。

 それに、また同じ魔法?

 俺には、通じないよ~ん。


 今度は魔法を発動させない。

 そう決めた俺は、相手の詠唱が終わる前に高速で飛翔。

 接近すると、軽~く拳を奴の腹へ打ち込んだ。

 当然、無敵の天界拳だ。


「がふっ」


 奴は見た目からしても、線が細い。

 あまり物理的な耐久力はなさそうだ。

 腹に俺の拳を受け、身体を折り曲げ苦しがった。


「あ、あなたぁ!」


 おお、テレーズが奴を心配して大声で叫んでる。

 意外な反応だ。

 見れば、泣きそうな顔になっている。


 散々浮気している上、ここまで馬鹿な傲慢夫なのに……

 テレーズったら本当に優しい……凄く良い嫁さんじゃないか。

 俺だったら、絶対大切にするのに。


 まあいいや、とりあえずは夫を確保っと。


「ほいっと、束縛よ~ん!」


「がっ、う、動けん! ぶ、無礼者ぉ!」

 

 あれ?

 何か叫んでいるが、無視、無視。


 束縛の魔法をかけると、奴の四肢が硬直し、完全に抵抗出来なくなった。

 そうなると、奴自身の飛翔魔法が解け、地上へ落ちそうになる。

 なので、首根っこを「ぐいっ」と、俺はひっつかんだ。


「あなたぁ~!」


 相変わらず大声で叫び、心配そうにみつめるテレーズへ、俺は笑顔で手を振ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 こうして……

 地上に降りた俺は、テレーズの夫を地面に転がした。

 全身、土にまみれた夫は、我慢出来ない屈辱からか俺を凄い目で睨んでいた。


「あなたぁ! あなたぁ!」


 俺が、にこやかに手を振っても無駄だった。

 愛する夫が無様に負け、捕虜のように拘束されたのを見たテレーズが半狂乱になっている。


 あんなにぐちぐちと、夫へ対する不満を言っていたテレーズだが……

 やはり夫婦というのは、他人には分からない『何か』がある。

 そう、浮気夫への深~い愛が、テレーズにはあったのだ。


 手を「ぶんぶん」振り回して暴れるテレーズを、クーガーが「がっつり」押さえつけている。

 最早、女魔王ではなくなったクーガーだが、以前あった凄まじい膂力はある程度受け継がれているのだ。

 そこいらの下手な勇者など、全然敵わないくらいの力が。

 なので、今テレーズは『本気』を出しているのだろうが、自由は……全く利かない。


「テレーズ、落ち着け!」


 俺は大声で叫ぶ。


「お、お願い! ケン、夫に! 夫に乱暴しないでぇ」


 叫び返す、テレーズ。

 ああ、……良かった。

 取り乱しているけど、ちゃんと話せる状態ではあるみたいだ。


 ならば、届け、俺の気持ち。

 テレーズ、俺はお前の優しい『父親』だから。

 頼れる『兄貴』でもあるぞ。

 お前の……『幸せ』だけを願っているんだもの。


「大丈夫! 俺を信じろ! お前の夫と俺、男ふたりきりで話す、サシでな」


「で、でも!」


 夫を見て、切なそうな目をするテレーズ。

 そんなテレーズを押さえながら、クーガーは言う。


「落ち着け、テレーズ、旦那様を信じよう」


「クーガー……」


「旦那様はお前の為にしっかり考えている。……思い出せ、旦那様が、今迄お前にしてくれた事を……」


「…………」


 黙り込んだテレーズを、再びクーガーは促す。


「聞き分けろ、テレーズ!」


「分かった……」


 テレーズはそう言うと、俺に泣き笑いの表情を投げ掛ける。

 そして、クーガーとレベッカに連れられて、少し離れた場所へ座ったのである。

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